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三尸の虫の設定を『暗黒竜の渇望』で正式に取り入れました

三尸(さんし)って人間の体に潜む蟲でその人間の悪事を庚申の日に天帝に報告するという道教の思想で悪事は東岳大帝が記述し閻魔に報告するという仕組みになってるのですが大乗仏教が中国に伝来した時これが帝釈天つまりインドラと習合しそのまま日本に伝わりました。ただし当初は陰陽師の指導のもとで平安貴族だけに広まりました。鎌倉以降は上級武士の間で大人気となり江戸時代には庶民にも伝わりました。このため庚申講の日には寝ずに体の虫(三尸)を出させないというちょっとしたお祭りを江戸時代の庶民はやっていたのです。明治時代に迷信として明治政府に撲滅されました。とはいえ今でも庚申講の石碑はあちこちに残されております。青面金剛夜叉はこの三尸(しょうけら)をもち三尸を倒す瞬間を刻んだこの石仏は東京でも郊外に行けばあちこちに残っています。青面金剛夜叉は三面六臂で阿修羅そっくりなので阿修羅だ!と誤解する人も多いのですがこれは夜叉神です(しかも阿修羅像は日月を持つが青面金剛夜叉石仏は空に日月を浮かべる彫り方なので勘違いしやすいのだ)。青面金剛夜叉石仏の下に三猿(さんえん)と四夜叉という部下を置きます。なお日光東照宮では独立させます。三猿(さんさる)の見ざる・聞かざる・言わざるの意味は人間の些細な悪事を聞かない・人間の些細な悪事を見ない・人間の些細な悪事を言わないという意味で「ヒキコモリ」という意味じゃありません。アンチ三尸という意味です。仏教の三猿の教えは「些細な悪事なら赦す」という意味です。おそらく家康公もそういう教えを広めたかったのでしょう。

https://kakuyomu.jp/works/16817330647877241956/episodes/16817330647882042683


https://kakuyomu.jp/works/16817330647877241956/episodes/16817330647890348194
とはいえ三尸が人間の死体から生まれるという部分だけは嘘ですのでその部分だけはご了承ください。

なお「虫の知らせ」はこの故事から来ており人間が庚申の日に寝て要るときにこっそり人間の体から抜け出した三尸は天空に上りインドラにその人間の悪事を報告します。するとインドラはその人間の寿命を悪事の分だけ短くするのです。ゆえに60日に一回やって来る庚申の日は寝ずの日なのです。三尸というだけあって3匹居ます。

このように暗黒竜の渇望は民話伝承の知識も身に着きます。

また「特殊能力を持つ天帝」という意味のサンスクリット語を「シャクラ」と言いそれを漢訳したのが帝釈天となります。インドラ=シャクラ=帝釈天です。インドラは「シャクラ」という異名を持つ天帝なのです。

最後に三尸とはこういう蟲です。三尸を単体で呼ぶときは「しょうけら」ともいいます。

・上尸(じょうし)
人間の脳に寄生する蟲。首から上の病気を引き起こす。道士の姿になることも出来るが数センチの大きさ。皮膚は黒または青。
・中尸(ちゅうし)
人間の体躯に寄生する蟲。獣の姿になることも出来るが数センチの大きさ。主に成人病……最悪の場合は多臓器不全を起こして死亡させる。
・下尸(げし)
牛の頭に人の足の姿というグロい姿またはガマガエルの姿になることが出来る蟲。ただし数センチの大きさ。腰から下の病気を引き起こす上に性欲も引き出す。

寄生した人間が死んだら自由に動ける上に別の人間に寄生することも出来る。また道士が死体を自由に操る道具としても活躍する。道教では禁忌の術だけど。尸とは屍という意味で実はグロい言葉なのだ。道士が人間の死体を自由に操る状態の妖怪を「僵尸」(キョンシー)という。あのキョンシーの事である。道士は三尸を通して死霊術を扱うことも出来るのだ。死霊術にかかってる間はなぜか腐乱しない。しかし日本に伝来した時はこの「キョンシー」の設定がなぜか伝搬されなかった。もったいない。『暗黒竜の渇望』ではある意味採用しよう。もちろん死体を操るのは道士ではなく……。

三尸は人間を通して天帝の目となり耳となって人間の悪事を見る。ただし庚申の日以外は自由に動けない。人間は生まれた時から三尸に寄生されていると言われている。

明治以降の近代医学によって勿論否定された風習ですがこうやってみるといかにインドラ(帝釈天)が天部の王にも関わらずグロいか分かったかと思われます。なお帝釈天が主尊のお寺は庚申の日が縁日で参道のお店もバーゲンになります。

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