知らないかもしれないけど鳥葬って別にゾロアスター教の専売特許じゃなくて実はチベット密教でも活仏向けに行われていたしどうも飛鳥時代・奈良時代に行われていた可能性が高い。それどころか松本清張氏の言うように飛鳥時代に酒船石を作ってゾロアスター教の神酒「ハオマ」を作っていた可能性がある。まだ「小説」の域は出てないとはいえ、考古学的には可能性は極めて高い。
https://kakuyomu.jp/works/16817330647877241956/episodes/16817330647878513558実はゾロアスター教徒がムンバイ辺りに逃げて来た時は鳥葬は腐敗してしてしまうので磨崖穴に入れてしまうのだ。もちろん鳥に食べさせやすくするが。
さて、ここからが問題で秦氏によってもたらされたゾロアスター教は密教に収斂されるのだが風習は鎌倉中期まで残ってたという。「鳥葬」はなんと遷都後も生き残ったのだ。
『徒然草』にある「あだし野の露、鳥辺山の煙」ってこれ「鳥葬」なんです。「西方浄土」に行けるとされていてどっからどう見てもゾロアスター教の影響なんですよ。ただし「鳥辺山の煙」とあることからだいぶ火葬に移行している。
『徒然草』だからR15に該当しないよね。だから中学生にも触れさせるよ。
ちなみに鎌倉時代だと上層階級はさすがに火葬になりはじめていたけど平安時代はむしろ上層ほど鳥葬だよ。よってやっぱり日本にゾロアスター教は伝わっていたのではないか。
ちなみに鳥辺山はかの清水寺の近所です。。。。東山区だし。なぜ「西方」極楽浄土なのに「東」山区でやっていたのかは疑問だけどね。