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再会の資格

 いつしか呼吸を忘れて、けれども私は魚にもなれずに、海面の向こうで流れている景色を見上げていた。ぼやけて、不規則に揺れる過去の景色。


○ 。 ○ 。○ 。 ○ 。○ 。 ○ 。


 応募要項に『SF』がなくなってしまって、よくよく読んでみるとなにやら「『どんでん返し部門』への応募をご検討ください」と書かれている。『エンタメ作品』なる言葉を聞いた時の感覚よりもさらに、虚しいというか、手応えのない感覚。小さなため息が出て、それもどこかへと消えてしまった。
 難しいことではないのだと思う。分かりやすくて派手なスペクタクル、“映像”が求められている。白黒フィルムの入ったカメラしか持っていない私は大々的に宣伝されているその会場へとやってきた。受付のお兄さんに恐る恐る話を聞いてもらうが、「2コママンガでも作ったら? 参加賞はもらえると思うよ」と営業スマイルであしらわれてしまったのだ。光を捉えて50mmのファインダー枠に時間を閉じこめられるような腕前ではなくとも、自分が“場違い”であることは感じ取れてしまう。

――AIが、与えられた制限付きの感情範囲を超えるような“機微”を描く

 地上にいた頃の私は自分でそう言っていた。思えばこれも、“お題付き”の自主企画で生まれた作品を振り返った時に出た言葉だった。

 結局私は自分に課した宿題の一つがまだ終わっていなくて、そうこうしているうちに年を跨いでしまった。12個のタイトルに沿って描く12個の短編世界。そのうち10個目と11個目は企画の期限をとうに過ぎてしまってから、その1年も後にようやく書くことになった。どうにか見えた二つの物語には不思議なことにちゃんと『SF』と『ファンタジー』が描いてあって、これまた不思議なことに、これまでずっと描いてきたものの芯が、そこには僅かにでも込められているように思えた。タイトルの波形もきっと幸運な響き方をしていてその影響もあると思う。ただ何かを縛って描くことで転がり出るというのは一つ覚えておこうと思って。ところが次の、最後の12個目。このタイトルを前にして私は長いこと立ち止まっている。

『また会いに来たよ』

 素直に、“再会”と受け取った。すると問わねばならない。私は今まで誰に会っていて、誰ともう一度会えるのか。
 真っ先に思い浮かぶのはこの前段に描いた11の短編にもう一度会いに行くこと。けれどもこれでは「重さ」なり「厚み」なりがちょっと足りないような、そんな気がしてしまう。……というより、“階層”なのだろう。企画者様が後に12のタイトルを振り返っていたのを少し読みかけて慌てて引き返したのは、まだ私が10個目以降を書けていなかったから。つまりこれから言うことは単なる独り言なのだけど、この最後のタイトルは“1階層分だけ外にある”ように感じた。12の短編を一つの輪にして、また歩き出せるような、何か俯瞰的な視点から他の11に作用するような、あるいは自身は同じ階層にピースとして埋め込まれても、最後にパズル全体を絵として認識させるような。

 ひとつ、記録テープを拾い上げる。

* * * *

「翼露も灰鐔もよくできたレプリカだったよ。それじゃあ、私はこれで」

 こちらの主戦力2つを難なく叩き潰したKちゃんはそう言って姿を消した。一人この場に残ったナツの恰好をした存在は銀色の端末を拳銃のように握って、銃口代わりのアンテナをこちらへ向ける。

「あなたがハルカであるなら、私はナツの姿形をした上位の存在でなければならない」

 引き金が数ミリ分の時間を進める。
 ナツ一人分の定義が私からハルカ一人分の定義を奪い去って、そのまま“今いるところ”に帰ってしまう。
 残ったのが私なのだとしたらそれは誰で、では、相手はペンネーム『М』だろうか。それとも反対?

没。また会いに、には書けない。階層が上だから。

* * * *

――そう、役割とか、階層とか、そんな言葉たちを私は捕まえた。それは私がこのような状況に置かれた時に、真っ先に探るべきものであるように思えた。

――その繊細な解釈に 私の存在は支えられている

 きっとというかやっぱりというか、私もそうなのだ。そんな頼りないものに? ええ、その通り。
 Paranoid shooter.
 その美しい弾道のラインが頭から離れぬうちに、スパゲティになった磁気テープが埋め尽くした床のわずかな浮島に降りて手を伸ばしてV・H・Sを拾い上げる。スプールの歯車ギザギザに指を入れて、伸びきって破綻した何かを巻き取っていく。

 この宿題が終わらないまま、もう一つの宿題も終わったと胸を張って言うには少々心もとないのに、今度は“お花屋さん”を書こうとしている。途中まで描いた世界への責任は、私にある。それだけは何度も、身に染みるまで繰り返し言葉にする。命令形で言い直そう、繰り返し言葉にしなさい。


○ 。 ○ 。○ 。 ○ 。


 こっそりと息継ぎをして、また潜ろうとする。こうやって吐露する泡の形が『○○の××』なのはきっと、これが去年吸った空気だからだろう。ならば今吸ったこの空気は今年の空気。これがその“資格”を見つけて手に取るための良い刺激になると、良いのだけどと言いかけて口をつぐむ。

 海の底の時間の進みは海面の上にある世界のそれと違って、時折ひどくゆっくりになってしまう。映写機のハンドルを回せる人はたったの一人しかいなくて、投影された映像、その一コマもたとえ静止画になっていても少しずつ劣化していく。その愛おしい物語を未完のまま終えるのも、次のフィルムに入れ替えるのも、その人が行う。
 驚いたことに、魚になれない私にはこの仕組みに覚えが、手触りの記憶があった。

 わざと大きくため息を吐く。次の息継ぎがもっと早くなるように。大きな泡が海面へと上がっていくのを見て、しかし水底へと向き直る。魚になれずとも、その一人であれるならば。

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