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なろう作家の能力

 私がずっとなろう系は駄目にナルト見てるのは、なろう作家が多分新しい作品を作れないから。なろう作家の基本スペックはなろうランキングの上位者になるテクニック。これ以上のものがまず見当たらない。私から言わせれば特化したコースの勝利した競走馬でG1とか勝つ馬じゃないと思っています。彼らがG1で勝つのは全くの偶然です。それはなろうの成功者と言う肩書きは無価値だという点です。えらく馬鹿にしていますが、それはなろう系を逆に認めてるからです。その点においては間違いなく能力です。ただ水泳選手と陸上選手を比較するぐらい特殊。陸上選手=一般小説家がなろう系で活躍できるのか?は運が大きいです。必要とされるスキルが違いすぎる。逆に言えばなろう作家が一般小説で活躍できるか?はかなり怪しいです。

 同じ小説なのに何故こうも違うのか?それがゲームだと見てるからです。あれほどゲームを嫌ってたのに何故?それは抽象論ならなろう系はゲームの論法だと一言で片付けられます。ただそれは抽象論で創る事と繋がらない。その点具体で勝負してるなろう作家の強い反発を招くと思ってるからです。どっちにしても作らず評論ばかりしてる私が嫌われても当然とは思っています。自分の特性としてこっちの方が向いてると思ってそれでまあ良いかとは思っています。それでもゲームで片付けられたら実際彼らが持ってる高い能力はまるで分かりません。ゲームから小説って翻訳じゃなくて融合だと見ています。

 なろう系の嫌いな人の特徴はゲームならゲームに特化した面白さを求める人です。何でも芸術性を求めてしまうタイプはなろうに向いていません。作るときもおそらく拗れてしまいます。優秀だからこそ逆にうまく作れないのです。読者としても作家としてもイマイチだから評論できない。これは中途半端だから面白いニッチです。

 本来ならこんなものが巨大な市場になるわけが無い。しかしなってる何故か?それが現代のライトオタクと言うものだからです。過去のオタクと何が違うのか?で過去のオタクは上記の究極志向をの芸術性を求める傾向がある点です。根本的に違うのに好みが似てるから今のオタクと過去のオタクは同族嫌悪を起こします。しかし実際は微妙に違うんですよね。

 もう1つ重要な点でこの中途半端を支えるのがランキングになります。この中の上位だけは見るべきものがある点です。それでも根底は中途半端芸です。小説とゲームの合いの子を生み出してますからね。優れてるのに認められない。根底が高みを目指す刺激として足りないから。もっと言えばバランスですかね。でも多くの漫画物語ってこういうものなんですよ。だからオタク的文化として成立しています。漫画って基本バランスでその中で一部芸術性の様な特化した洗練された刺激があります。でも一部です。過去のオタクはこういった一部を取り上げて漫画アニメを評価してしまったから今とずれたと見ています。漫画は昔から何も変わっていません。一部の取り上げ方が芸術性からランキング上位に変わっただけです。(一般とオタクで分かれますけどね)

 これは言語で解き明かすのは根本的には無理です。なんとなく面白い多数決であり結果論に過ぎません。芸術系の人が何が面白いんだと突きつけてきたらなろうファンは逃げてください。根本的にはそんな所に面白さがありません。

 芸術系の人がこのゲームの流れを見たいならハンターハンター、カイジやワールドトリガーを見るべきだと思います。何故これらと同じゲームの面白さを物語にしてるのに異なるのか?と言うとそれは2次創作が抱える中途半端芸の上澄みを評価する事が一つの文化になってるからです。良い悪いを語る根本が違うと思っています。なろう系の大半の読者はずれたセンスなわけじゃなくて、60点から65点の作品を素直に楽しんでると思います。一部の人が熱狂的にファンになってると思います。何故か?それを答えることは出来ますが、あまり答えたく無いです。敢えて書くなら1つは現実逃避を高いレベルでさせてくれるから。それは本人が持ってるものであり多くの人と共有できるものじゃないです。だから一部だと見ています。次に読者の方を向いて作ってくれるサービス精神です。この当たり前が案外一般って出来て無いんですよ…。極端な形が能動的な読者が読み解いていく作家性です。それを単純に批判はしませんが、たんなる能力不足の人が作家性をこじらせると目も当てられない…。なろう系の魅力はオーダーメイドだと見ています。それぐらい細部に個人的好みが反映されるように多数の作品があります。一般を相手にしてる作品が勝てないのは当たり前です。

 一般の中に土足ではみ出してきたら私も批判しますが、逆に外からなろうを批判する事は出来ないと思っています。私はあくまで内側からこれは駄目になると見ています。結局具体的にゲームと小説が融合した最後の1つは分からないのですけどね。それは創る事に直結します。ただこれは分かっても良い作品が創れるか?と言うとそうじゃないです。今の上位ランカーは体で会得してるからです。その人に表面的な言語化しても創る事で適うわけ無いです。

 ただ何故私がなろう作家を馬鹿にしてるか?と言うと行き詰った時には無能になるからです。彼らには豊富な過去のテキストがあるから簡単に創れるわけです。それをはみ出して創ると能力は未知だと思っています。無能とは思っていません。未知であり過去の実績が全く意味が無いと思っています。過大評価になりがちなので無視したい相手になるだけです。その時私の言語化が始めて意味が出ると思っています。彼らが優秀な錬金術師なら私は科学者です。外の人に通用する言語化によってなろうと言う手本無しに創る指針を提供できると思っています。

 評論家って馬鹿にされやすいですが、本気で極めれば創る事と繋がります。次の時代、なろうの延命を創るのは難しいのでやらないですけどね。何度も書きますが次の時代はSAOの様な作品で、なろうの延命は魔法科の様な作品です。なろうテキストスタートに作らなくても良い作り方をしています。魔法科は結果的になろう作品と共通した部分を持ってるだけです。それは結果論です。そりゃそうでしょ。あれ電撃のなろう向けに創ったわけじゃなくて応募作なんだから。ありゃ天然ですが、それを狙って創れるならかなり能力が高いです。

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