• 創作論・評論
  • 詩・童話・その他

純文学のうんたらかんたら

 純文学のうんたらかんたらって創作論がある。もう私はカクヨムにうんざりしてる。それを書きたい。私はずっと対話できる掲示板での創作論を訴えてきた。なのにエッセイへのレビューと言う形でしか意見が言えない。それは批判的意見は規約に触れるってなってしまうんだ。実際私はそれほど過激だと思わなかった意見で消されてうんざりしてる。当然その時の行動は反省している。悪法でも法は法。だけど、悪法自体への批判はやめない。要するにその話への批判的な話をしたい。

 途中ギャンブルと貯金の話があるけど、これが間違ってる。だから論全部成り立たない。ギャンブルは貯金じゃない。それは全額回収されないから。一度に大きく戻ってくるから貯金と同じ。それは違う。投資と回収の合計を割ったものが1以下なら儲からない。よってその理論なら文学はやめておけって結論になる。ここが間違ってるから話にならない…。そしてこれは悪口じゃない。真っ当な批判だ。

 悪口に突っ込むとしたら、文章の上手さより論は別の力が要求される。フィクションを書く力と全く違う。私がカクヨムの創作論に失望してるのはその根本の部分の力を感じる人が皆無だから。なろうでの批判を見ていた最近分かったけど、どうもなろうにはラノベ的作品やテンプレ的作品への批判が多い。そういった不満がカクヨムで爆発したと見ている。私はカクヨムはそれをプラスの方向にもっていけてないのもサイト失敗の大きな問題点で、なおかつそういった人達の怨嗟がカクヨムをますます薄汚れたものにしている。

 文学をやりたければやれば良い。ただそれは売れる売れないなら売れないだろうというだけ。ギャンブルですらない。文学とラノベ以外の一般小説を混同してはならない。同じネット不人気でもミステリーと文学は違う。ミステリーはネット以外では不人気ではない。それは何故か?ネットの読者がリアリズムの緩いファンタジーを好んでいるから。それに尽きる。それは一般的読者を綺麗に反映したものじゃない。どっちかと言えばオタク的読者。

 まずこれを知らないとスタートし無い。なのに誰もがこれに言及し無いから頓珍漢な創作論が目立つ。見ればスグこれ偏った読者だと気がつく。時代が全体的にライトな小説を求めてるのと、リアリズムが緩い物語を求めてるのは繋がりやすいが同一じゃない。

 売れる売れないじゃなくて、ネットでの評価が欲しい欲しくないなら、間違いなく文学はそういった期待に貯金として応えてくれる事は無い。だから何度もランキングを無視した質の評価をする別枠の評価基準を作るべきと私は答えている。それをまちぼうけの歌のようにまってるだけでギャンブルに勝てるなんて言うのは問題がある。ライトでオタクな作品は読者の多いランキングに任せて、文学は別口で評価を作るべき。多数に読まれるそこに価値がある作品じゃない。

 多くの人の間違いは、ランキングと言う評価と関わるなって姿勢を作れずにランキング批判をするのが間違っている。多数の人の好みの作品が評価されるに決まってる。それを覆すのは無理。自然の摂理に逆らうようなもの。多数派の価値と最初から切り離したほうが良い。

コメント

さんの設定によりコメントは表示されません