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タラゴナに行った話(2) 高級ヨット鑑賞編

タラゴナはローマ時代から続く港町である。ローマ時代の町の名を Tarraco(タラコ)という。Tar は「野生の、荒々しい」、raco は「海岸線」という意味だそうである。それが歴史を経て統治者が様々に変わり、Tarraco Nova(タラコ ノバ)つまり「新タラコ」(美味しそうだ)となり、それが詰まって「タラゴナ」となったらしい。

さて、この歴史あるタルゴナ港にはプエルト デ タラコという名が付いている。プエルト デ タラコにはプライベート メガヨット(私有高級船)だけが着岸する区画がある。「プライベート メガヨットってどんなの?」とお思いであろう。こんなヤツである↓

https://mps.biz/

こんな船(だいたいルーセン社製の船)がゴロゴロ係留されている。この区画は、午前中以外は立入禁止である。というわけで、午前中にこの高級船区画に行ってセレブ気分を味わってきた。片手には船の位置情報アプリを備えて、である。

一番手前に留まっていた船は、落ち着いたクリーム色だが触ったら指紋が残りそうなくらいピッカピカに磨き上げられていた。船体には「アル ラヤ」と書いてある。船尾にはケイマン諸島の旗がかかっている。これだけでも「セレブの船や!」とわかるが、調べてみると元はロシアのオリガルヒ(振興財閥)がオーダーした船らしい。今はバーレーンの王族が所有しているそうだ。おおお、王族? じゃあ、このピッカピカの船の中にはロイヤル ファミリーのどなたかが乗っていらっしゃるんでしょうかね?

立ち入り禁止区域を進むと、立ち(?)並ぶルーセン社製の船の中でも、ひときわ目を引くメガヨットが目に入った。黒い。船体が黒光りしている。そして船室はダーク シルバー。朝のお掃除の時間らしく、これまた黒いポロシャツと白いバミューダを履いたお兄さんたちが、ズムズム言ってる音楽を大音量で流しながらウェイウェイした雰囲気で働いている。

船体の横に名前が無かったので、船の位置情報アプリで調べようと思って見たらなぜか表示されない。隣の船は表示されるのに、この黒い船だけが表示されないのだ。警察や海上警備隊の船はアプリで表示されないが、これが警察の船だとは思えない。後で調べようと思って写真だけ撮っておいた。

帰宅してあれこれ調べてみると、ルーセン社はこれまでに特注で作った船をすべて写真付きで公開しているようだ。しらみつぶしに写真を一つひとつ見てみる。……あった。黒い船は「クレセント」という名前らしい。しかし、web サイトの写真は実物に比べてショボく写っているし、ほかの船に比べて情報が少ない。更に調べてみた。その結果、この船はロシアのウクライナ侵攻に対して EU が行った経済制裁の対象になっていることがわかった。

二〇二二年三月十六日付けのロイター ニュースによると、同日、スペイン当局はタラゴナ港に停泊していたメガヨット「クレセント」を差し押さえた。「クレセント」は、ロシア国営石油会社ロスネフチのイーゴリ セチン CEO が所有すると言われ、プーチン大統領の側近であるセチン氏は、米国、英国、EUがロシアのウクライナ侵攻に対して二月二八日に発行した制裁リストに載っている。スペイン運輸省は、ヨットの所有権と所有者が制裁の対象となるかどうかを確認する間、ヨットを保留することにしたんだそうだ。(https://www.reuters.com/world/europe/spain-detains-yacht-suspicion-it-belongs-russian-oligarch-ministry-2022-03-16/)位置情報アプリに表示されなかったのはこのせいかもしれない。

Wiki には、このクレセントについての記事があって(https://en.wikipedia.org/wiki/Crescent_(yacht))、それによるとクレセントはケイマン諸島にある「ブラック ドラゴン ミネラルズ LLS」という会社が保有しているらしい。その会社の所有者が誰なのかというのが問題なんだろう。ケイマン諸島で登記されている会社というだけで胡散臭さぷんぷんだが、「ブラック ドラゴン ミネラルズ」って映画の悪役側の名前過ぎる笑 「ミネラルズ」って付いてるとこも石油会社と関係ありそうな感じが……。

差し押さえ中とはいえ、お兄さんたちがウェイウェイしながら掃除してたんだから、誰か利用してるってことなんだろう。そしてその費用は、ブラック ドラゴン ミネラルズが出してるに違いない。……ふむ、それは制裁になってるのか?

ちなみにクレセントのお値段は九〇八億円(二〇二四年三月二四日時点での換算)。このクラスの船は一週間借りるだけでも一億六千万くらいするらしい。一週間ですよ?

お金ってあるところにはあるんだなあ……。

クレセントはこんな船である。(下の方にスクロールすると内部の写真が見られる)
https://www.superyachtfan.com/yacht/crescent/#next

セチン氏はフランスでも船を差し押さえられていて、そっちの船「アモーレ ヴェロ」(百八一億円)はこちら。(ダイニングの写真がクレセントと同じなのはなぜ?)
https://www.superyachtfan.com/yacht/amore-vero/

これを書いているうちにわかったのだが、前述のアル ラヤもウクライナ侵攻の制裁措置関係で所有者が変わったそうだ。アル ラヤは三七八億円らしい。
https://www.superyachtfan.com/yacht/al-raya/#next

この記事を書いていて発見したことは、高級ヨットは売って終わりではないということだ。船を売るだけではなくて、キャプテンを始め、クルーや料理人、ゲストをもてなすウェイター・ウェイトレスも付いてくるらしい。もちろん、船のメンテナンス サービスも提供する。要はコピー機と同じビジネス モデルだ。長きにわたって儲かるように出来ている。

その一方で、高級ヨットで働かないかと誘われたはいいが、給料が十八か月も未払いだというケースもあるらしい。何百億ってヨットを買えるお金があるんだったら、スタッフの給料ぐらいちゃんと払いなさいっての。

4件のコメント

  • 個人用のクルーザー!?すごくデカくて豪華…。
    お金はなぜ同じようなところに集まるのでしょうね😅
    知らない世界を覗けて勉強になりました。
  • 船だけでも、世界の広い話ですね!お金の回り方までわかっちゃう!
    「おまえは知りすぎた……」とか言われてバンされないように気をつけなきゃ!(?)
  • 堀井さん、
    私も船を見に行っただけなのにいろいろ学ぶことが多くてびっくりしました。
    ブルームバーグの記事によると、差し押さえられたロシアのオリガルヒの船は世界中合わせると 13 隻あるそうです。こういう船に支援用の食料を載せてウクライナに運んだら攻撃されなくていいんじゃないのかなと思います……。
  • 正覚坊さん、
    大丈夫よ、表のインターネットで公表されている情報だけで書いてるから笑
    でもドラゴンって名前が付いてると、ロシア -> C 国 -> ケイマン諸島って感じで資本が移動してるのかな、とかいろいろ想像してしまいますね笑
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