夢の中で亡きハハと喫茶店に来ていた。
床は螺旋状のゆるい階段になっていて、周りはガラス張りで外の光が入ってくる。そのガラスの壁に沿って、一段ごとにテーブルと複数の椅子が置いてある。
私はその階段をハハと二人で降りながら、空いているテーブルを探しているのだが、混んでいてなかなか見つからない。そのうちにハハもどこかに行ってしまった。
少し暗がりになっている場所にやっと丸テーブルが二つ空いているのを見つけて、そのうちハハも来るだろうと思い、とりあえず席に座った。しかし、何故か同じテーブルに背の高い女性が一緒に座った。
知らない人なのにどうして同じテーブルに座るのかな、と思い、少しムッとしながら、もう一段下のテーブルに移ろうとすると、その人も付いてくる。
「なんですか、同席したいんですか?」と聞いている間に、ガラスとは反対側の壁にあるテーブルにハハが座っているのに気が付いた。そのテーブルは奥に続く廊下のすぐ横にあって、廊下からウェイトレスが出てきてハハのテーブルに水を置いていた。
なんでハハはわざわざ別のテーブルに座るのだろう、とやはり不快に思いながらハハに話しかけた。
「探してたんだよ、どこに行ってたの? こっちのテーブルでお茶飲みたいの?」
ハハはしかめ面で首を振る。
「なんで? 一緒にお茶飲まないの?」
ハハは再び厳しい顔で首を振った。ハハにそんな風に拒否されたことが今までなかったので、私はとてもショックを受けて泣き出しそうになった。
「どうしたの? 私にこの女の人とお茶してほしいの?」
私は何故か同席したがるその女性を指さしながら聞いた。ハハは変わらない厳しい表情で再び首を振った。
私はひどく動揺して、喫茶店を出て行こうと階段を登り始めたが、またハハの所に戻って何か言い始めたところで目が覚めた。
* * *
目が覚めたと言っても、まだ夢現で、半分寝ながら「なんでこんな夢見たのかな」と考え始めた。すると、寝る前にカクヨムで今推されている『宵を待つ月の物語』を読んだのを思い出した(無料分だけだが)。
この話は、黄泉戸喫(よもつへぐい)がモチーフとなっている。黄泉戸喫とは、黄泉の国の物を食べることを指す。死んで黄泉の国に行ったイザナミを、イザナギが追いかけて帰ってきてくれと頼むだが、イザナミは「私は既に黄泉の国の食べ物を口にしてしまったので帰れません」と答えるのである。
それに思い当たって、ハハの態度に納得がいった。
ハハが一緒に居たということは、あの喫茶店は私の中の黄泉の国だったのだ。そして彼女は私にまだ黄泉の国の食べ物を口にして欲しくなかったのだ。ハハのあの厳しい顔は、彼女の最大の優しさだったに違いない。
まだ半分眠ったまま、黄泉の国からでも私を守ろうとしてくれているハハに、私は心から感謝した。
* * *
私はなぜだか最近、自分の人生はあと七年くらいかな、と思っていた。こういう考えが起きることはときどきあって、十二歳の頃は自分の人生は十四歳までかな、と思っていた。十四歳で死ぬと思っていたわけではないが、十四歳以降の人生を想像できなかったのだ。実際に十四歳の誕生日を迎えて、特に何事もなく中学生生活を送り、十五歳になって、「ああ、十四歳を過ぎても人生って続くんだ」と一人静かに感慨にふけったことを覚えている。
それと非常に似た感覚で、自分の人生はあと七年くらいかな、と考えていた。特に具合が悪いわけでも、抑うつ状態になっているわけでもない。七年で死ぬのは別にいいけど、それまでに今考えている話を全部書ききれるかな、というのが心配だったくらいか。
ハハによると、私はそれより長生きするようである。
ありがとう、お母さん。もうちょっとがんばります。
2024 年 11 月 22 日