SFディストピア小説『○九八四年』を遅まきながら、読了。
前置き長いが、サイムなる人物が登場して政治的言語減縮を語るあたりから、おもしろくなった。
言語を奪うことは思考を奪うこと──。
チープな娯楽を配給された労働者は、疑いなく労働に励み、戦争に向かう。
不満や反意をもつ者は暴かれ“大意”による粛正を受ける。
主人公の煮えきらない独白も、重複に次ぐ重複も、エフェクトと捉えれば読みきれる。
著作権が切れているので、翻訳者(出版社)によって印象が異なるのかも?しれない。
権力は二次的手段か、一時的目的か?
“純粋な権力”という、ぞっとするキーワード。
意志の集合である権力─強制あるいは集団ヒステリーか?─は不死身に新陳代謝する。
今年もあれこれ読みましたが、これが一番、印象深かった。
ときにフィクションは最大の防御壁となって現実を皮肉り、読む者を覚醒させるのだな。
ご興味ある方は是非!
よい、お年を~♪