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物語が始まらない『一人称会議 後編』

「え、僕?」

 ねえ、そうでしょう?と話を振られて“ボク”はしどろもどろだ。

「たしかに、『俺』って言い方はちょっと威圧的というか、目上の人に対して使うものじゃないかな。と思う。た、ただ」

 “オレ”に睨まれて“ボク”は慌てて言葉を紡いだ。

「ただね、一人称を統一するっていうのには賛成だよ。今、主は『俺』『私』『僕』『自分』『みー』の五つを使っているでしょ?この状況はそのうち綻びが出ると僕は思うよ」

 “ボク”の意見を満足顔の“ワタシ”が引き継ぐ。

「そうよ、使い分けも特にはっきりしている訳じゃないじゃない?SNSの投稿とか日記とか、読む人に混乱を与えると思うわ。やっぱり私に統一するべきなのよ」

「なんで統一するのが『私』になるんだ」

 なかなか進まない話に“オレ”は苛立ちを覚え始めていた。
 そもそも“ボク”が統一賛成なのは、主が“ボク”を利用する場面に不服があるからだ。“オレ”を利用してほしいなんて微塵も思っていないことは知っている。
 “ワタシ”が自身を利用するように推してくるのにもうんざりしていた。

 そんな“オレ”をよそに“ワタシ”はかねてからの疑問を主にぶつけた。

「そもそもなんで私じゃダメなの?」

「‥‥‥家族の前で私って言うのが恥ずかしい」

「はあ?」

 蚊の鳴くような声で答える主に、“ワタシ”が目を見開く。

「あんた、いい加減にしなさいよ。思春期じゃないんだから!」

「家族の前で一番使っているのはみーだよね!?」

 はいはいはーいと手を上げて割り込んできた“メイ”に主はにっこりと頷き返す。これには「論外だ!」と“ワタシ”と“オレ”の声が重なった。
 二人に叱られ、さすがの主も眉尻を下げる。

「たとえば兄弟の婚約者にも『みー』って言うのか?言わないだろ?いい加減大人になれ。普段利用している一人称はふとした瞬間に出やすい。統一した方が良いんだよ」

 ふーと長い息を吐いた“オレ”は会議が始まったときよりずいぶんと疲れて見えた。後半は子どもを説得する父親のような言い方だ。
 逆に今使いやすいのは誰だと聞かれ、主はちらりと“ジブン”を見た。

「自分ですか?たしかに最近、呼び出される頻度が上がった気がしていましたが。自分は統一してくださって構いませんよ」

「なんで!?おんなじ三文字なのに!?」

 きーっと叫ぶ“ワタシ”に“ジブン”はさもありなんといった様子だ。

「いや、使いにくいだろ。人前で、自分、自分のこと自分自分ゆうてるけど、自分のこと自分てゆうのやめて自分、ってやるつもりか?」

「そこは臨機応変にですよ」

「それを!統一しろって言ってんだよ俺は!!」

「もういい!」

 突然、主が立ち上がった。

「統一しなきゃダメ?ラノベのキャラだって一文で三つ使ってる人もいたし、世の中使い分けている人もいるでしょ?もうこの話は終わり!以上!!」

 どすどすと足を鳴らして立ち去る主の背を一人称たちは見送るしかなかった。
 これにて今日の一人称会議は終わり。
 主は明日もまた五つの一人称を使い分ける。


 (´・ω・)来週は物語が始まらないシリーズお休みです(・ω・`)

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