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物語が始まらない『うどん』

「お前は!何回!うどんを嚙み切った!!」

 俺はなんで怒鳴られているんだ?
 仕事帰り、信号無視の車に轢かれそうになったところまでは覚えている。それと今、じいさんに怒鳴られているこの状況が繋がらない。

「おい!聞いているのか!何回、うどんを嚙み切ったか聞いてるんだ!!」

「知りませんよ、そんなの!」

 大声で返すと、じいさんはふんと鼻を鳴らした。

「お前の家は年越しうどん派だな?家訓も、太く長くなんてのじゃないか?」

 いきなり何言ってんだ。俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。
 確かに俺の家は祖父の代から年越しうどん派だし、家訓もうどんのように太く長くだ。なんで知っている?というか、それが今なんの関係がある?

「太く長くなんて言うがな、一息に啜らなきゃあ意味が無い。どうせ一気に啜って、口に入らず嚙み切ってたんじゃないのか?え?だからこんな目に合うんだ」

「なっ。うどんと俺が轢かれそうになったのは関係ないでsy」

「ある!!」

 じいさんは唾をまき散らしながら叫んだ。
 その迫力に思わず口ごもる。

「うどんは人生だ!嚙み切った分だけ、お前の人生が切れる。つまり今回みたいなことが起こるという訳だ」

「そ、それは困りますね」

 なにを言っているかまったく分からない。が、迫力に押され納得しそうな自分がいる。

「でも、今まで食べた回数なんて覚えてないですよ」

「だろうな」

 じいさんはまたふんと鼻を鳴らした。

「方法はある。蕎麦にしなさい」

「蕎麦?」

「そうだ。これからは年越し蕎麦にして、家訓も細く長くに変更するんだ。普段もうどんじゃなく蕎麦を食べるようにしろ。蕎麦に変えれば、今までうどんを噛み切った回数は関係なくなるというものだ」

「そ、そういうもんですかね」

「そういうもんだ」

 じいさんは初めと違い、孫に語り掛けるような表情で頷いた。


 以上が俺が年越し蕎麦を食べる理由だ。そして昼でも蕎麦を食べる理由でもある。
 俺は細く長く生き抜いてやる。

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