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桜庭一樹「ライ麦畑のキャッチャー」

過日興味深く読んだ桜庭一樹さんの朝日新聞に連載した古典百名山の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の批評が見つかったので下記にシェアしておきます。
ノルマンディー上陸作戦に従事してPTSDの治療云々を紹介されていて、こちらも同じく膝から崩れ落ちた記憶が蘇りました。
今までEsther Lombardiの解説のように、
”Saving children from falling off a cliff, then, in his fantasy, can be equated to helping children keep their innocence as long as possible."
と、ここを理解していたのですが、目から鱗です。
村上春樹さんが訳書の最終頁で訳者解説を加える予定だったのがサリンジャーの要請と契約の条項により不可能になったのが残念、とありますが、これはまことに残念です。
どこかで、
”I ’d just be the catcher in the rye and all"
の真の意味の解説を聞きたいものです。

藤 英二 

【朝日新聞 古典百名山 桜庭一樹が読む「ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ」のシェア】
主人公ホールデンが、学校を退学になり、恩師や妹に会ったりと、あてどなく街をさまよう二日間の物語。彼は、一つのことに集中して努力したり、その結果をじっと待ったりができない性分だ。会話も、行動も、常に、動く、逃げる、嫌がる、の繰り返し。そんなホールデンのことを誰も理解できなくて、いったいどうしたいのかと聞く。すると彼はこう答える。ライ麦畑に何千人も子供がいて、ときどき崖から落ちそうになってる。僕はその子供をキャッチする人になりたいだけだ、と。

 ホールデンは、自分を追って家出してきた妹と動物園に行き、回転木馬に乗せてやる。ぐるぐる回るのにどこにもつかない回転木馬は、彼の陥った現実そのもののようだ……。
 著者は一九一九年、マンハッタン生まれ。父は裕福なユダヤ人だった。一九四二年、第二次世界大戦に従軍し、ノルマンディー上陸作戦などを経験。捕虜になったゲシュタポの尋問を請け負うなど、ホロコーストを目の当たりにする。ドイツ降伏後、PTSDの治療を受けた。
一九五一年、第二次世界大戦を経て、高度経済成長の只中(ただなか)にあるアメリカで、本書は刊行された。“モラトリアムな若者の永遠のバイブル”として、いまなお読み継がれる珠玉の一冊だ。
 主人公ホールデンが、学校を退学になり、恩師や妹に会ったりと、あてどなく街をさまよう二日間の物語。彼は、一つのことに集中して努力したり、その結果をじっと待ったりができない性分だ。会話も、行動も、常に、動く、逃げる、嫌がる、の繰り返し。そんなホールデンのことを誰も理解できなくて、いったいどうしたいのかと聞く。すると彼はこう答える。ライ麦畑に何千人も子供がいて、ときどき崖から落ちそうになってる。僕はその子供をキャッチする人になりたいだけだ、と。
 主人公ホールデンが、心ここにあらずの饒舌(じょうぜつ)さで語り続けるのは、「危険だからここにはいられない」という、著者が戦場で被ったトラウマと、「死んでいった人を助けたい」という、胸が張り裂けるような思いだ。


 ライ麦畑とは、戦場、子供とは、兵士のことだったのだ。

 わたしはそのことを知ってから、久しぶりに再読した。すると、最後のセンテンスの意味がまったくちがって感じられ、膝(ひざ)から崩れ落ちる思いだった。

 本書は、本来語り得ぬはずの戦争体験を、青春小説に擬態して語った、一人の元兵士の渾身(こんしん)の咆哮(ほうこう)なのだ。(小説家)=朝日新聞2018年12月15日掲載

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