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感謝と悔い改めた日。

 杉花粉がピークの中、正念場を迎える私に
ありがたいプレゼントがありました。

 先日、詩音様、埴輪様から、
素敵なレビューのお言葉と、応援コメントを頂きました。
ありがとうございました。心から感謝致します。

 お二方は、投稿間もない私のノートに遊びにいらして下さいました。右も左も分からない現場での交流は、
本当に勇気付けられ、励まされました。

 それから、多くの作品と作者様と出会い、
日々感動。日々感謝。日々勉強を重ねる有意義な時間を過ごさせて頂いております。

 勉強と出会いと言えば。
偶然や運を、感じずには居られない事がありました。
 私は、恥ずかしながら小説のルールを知りません。
読みたい。書きたい。その勢いだけで飛び込みました。

 ぼんやりと、書き方は覚えています。
有名作家さんが書かれた小説の書き方なる書籍を、大昔に読んだ事があるくらいでしたが、ルールを全くもって忘れているので、知らないも同義です。
 
 素人の浅はかさが、ここで遺憾なく発揮されます。
オリジナルを組み込んでしまうのです。

 少し書式を変えてみよう。
 セリフの終わりに「。」を付け、言葉を丁寧に扱いたい。
 等々。

 そんな私は、ある日、ある方の近況ノートと出会います。
(無許可なので、伏せさせて頂きます)

 小説のルールを書いていらっしゃいました。
浅はかだったと反省しました。
 ルールは、偉い人が決めたのかもしれませんが、
書き手にとってでは無く、読み手にとっての配慮なのかもしれないと、そう思ったのです。
 
 読み手とは、読者様です。
書き手は、読者様が居なければ成り立たない存在です。
逆も然りかもしれませんが、読んで下さる方が、いらっしゃるからこそ、レビューや応援コメント頂き、励まされ、書こう!と言う自信、糧となるのではないかと。
 確固とした意志や表現の意味を込め書式を変えた訳でもない。見た感じで人目を引くのは、私が踏み入れて良い領域ではなく、文字の世界を広げ、文章表現や、内容で引き付ける事こそが、基本の基。

 目から鱗がボロボロ落ちた気分で一杯になりました。
好きだから書いている。大事な原動力です。
そこで目的に照らし、発信するからには、読んでもらう努力も重ねなければならないのだと、改めて教えて下さいました。

 ありがとうございました。

 つきましては、オリジナルで溢れた恥ずかしい書体の作品は、少しずつ改訂する予定です。
 
 実は、最新話を更新しましたが素敵なノートに出会う前のエピソードなので、
恥ずかしい方の書体になっておりますが、ご了承下さいますように。


 最新話の「白の遣い手」第十三節
──初めての取材と、剣呑と。──
貴重なお時間を頂けるなら、幸いで御座います。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054882371403/episodes/1177354054882719490

 失礼致しました。

3件のコメント

  • 小説のルールは、小説を書く上で最初の「壁」かなぁと思います。

    この点を意識するが余り筆が進まず、小説を書き上げることができないという人は多いのではないかと。

    私自身は小説を書き始めた頃、「小説を書くには」的な本を読み漁っていたので、基本的なルールは身についている……と思いきや、まだまだ徹底できていない部分も多いだろうと思います。

    個人的に、小説のルールというものは小説を書く上で必ず守らなければならないものではないと思うものの、それに従うことで読みやすくなり、読者に伝わりやすくなるというのなら、そうしない手はないと思います!

    「小説のルールを守ってない作品は評価に値しない」……とまでなると行き過ぎだと思いますが、小説のルールが存在するのはそれが効果的であるからで、多くの人に読んで貰いたいと考えると、考慮した方がいいのは明白だと思います!

    ……ただ、私もそうでしたが、ここに妙な反発というか、抵抗を覚えてしまうのは、上記の「小説のルールを守っていない作品は評価に値しない」と考えている読者も少なからず存在しているからで、それに対して「ちょっと違うんじゃないの?」と思うのは無理からぬことではないかと思います。

    確かに、コンテストなどに応募されている作品の多くはきちんと小説のルールを押さえているでしょうから、そこで戦うためには小説のルールを把握しておくことが最低条件である……というのは正論だと思いますが、そうした正論では推し量れない、その先にある価値や思いに向き合うものが小説ではないかと私は思います!

    ……その反面、小説を商品として考えた場合には品質も重要で、そこには小説のルールというものも含まれているのだろうとも思います。

    結論としては、表現として小説を考えた場合は、自分の好きなように書いていいと思いますし、初めて小説を書いてみる時などは、それこそが最も大事なことだろうと思います!

    ただ、それを多くの読者に読んで欲しいと考えた場合は、小説のルールにどんなものがあるのかというのを、多少なりとも知っておいた方がいいのだろうと思います!

    奇妙な絵を描いているという印象のピカソも、若い頃は普通の……と言うと語弊がありますが、非常に画力の高い、精緻な絵を描いていました。

    基本があるからこそ、それをどこまで崩すかというチャレンジができるわけで、自由に書く機会はいつかに取っておけば良いと思います!

    ともあれ、初めて小説を書く場合は、何よりも最後まで書き上げるということが最重要だと思います!(極端な話、それ以外のことは全て執筆を遅らせ、諦めさせようとする誘惑に他ならないと思います!)

    書き上げてしまえば、あとからリメイクだって出来ますしね!(大変ですが!)
    それに、気になることは次作を書く時に活かせばいいのですから!

    何にせよ、どんなルールも自分が納得した上で使っていきたいものです!
  • 埴輪様

     コメント、ありがとうございます。
    そう、そうなのです。実は私も読んだ当初は反発を覚えました。
    文字の世界は美しいですが、一辺倒の羅列に個性が無くなってしまうのではないか。
    ある作者様は、空白を利用し詩を縦書きで表現され、
    ・・・を感性ある息の表現で、
    行間を広く空け、基本を踏んだ上での「ピカソ」。
    ピカソでしたね。

     ピカソの話は、引退した某芸人さんが後輩芸人さんを評して使っていたので、それが印象深く残っています。基礎がなければ真似をしても無意味だなと感じたものです。

     まずは、同じボーダーに立たせてふるいにかけるのか。
    読者様と言わず、出版側の都合なのか。
    考えるとキリは無く、枷を外した作品が、籠の中の作品が正解なのか、それもまた悩ましく。
    そこは、あえて秘すれば花と言う事で濁すとして。

     今しか自由に書けないのは確かな事でしょうし、書き続けていれば先があると思います。まずは書き続ける気持ちを大切にしたいです。

     埴輪様。いつもいつも励まして下さって、ありがとうございます。
    芯を得る感じがして、心強いです。
  • 夜宮あいら様

     こんばんは。お疲れ様です。
    何を仰いますやら。私の方こそ、夜宮様の作品、ご本人様と出会う事が出来て本当にありがたいです。
    夜宮様をはじめ、交流を持って下さる方々がもう、ありがたい事この上ありません。
    書いていて良かった。恥ずかしいけど、読んで下さって嬉しい。これに尽きます。ありがとうございます。続けて、夜宮様の作品にお邪魔させて頂く所存です。

     しかも、私のモヤモヤした悩み所に答えて下さり、ありがとうございます。先人が残したガイドライン。その御言葉、頂戴したいと思います。
    埴輪様、夜宮様のご指摘あって、初めて客観的に己に残る傲りが浮き彫りとなり、まずは基本。まずは勉強だと芯に叩き込めました。

     お声を掛けて頂けたからこそ、私自身の作品を客観的に見る機会に恵まれた事に深く感謝致します。

     恐縮のあまり、物凄く堅い感じになりましたが、またお気軽に遊びに来て下さいね~。
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