小説を書いている人でよく、「世の中に自分の理想とする小説がなかったから自分で書き始めた」という動機を持っている人がいます。これ、結構わかります。まあ僕の場合は元々小説が好きでもなんでもなくて、ただ小説家を仕事にしようと思ったから書いているわけなんですが。
僕もこれまでに読んだ中で、「これが自分の完全に理想としている小説だ」と言える作品には出会ったことはありません。ただ、そこにかなり近い位置にあった小説が一つありました。
それが、僕が最も尊敬しているアメリカの作家、クーンツの『ウォッチャーズ』という小説です。
『ウォッチャーズ』とは、「見守る者」というような意味。この作品のメインキャラクターとして、研究によって人間並みの知能をもって生み出されたゴールデンレトリバー、暗い過去を持った主人公とヒロインが出てきます。その三者が出会い、複雑に絡み合う運命の中でお互いの絆を深め合っていきます。もちろんクーンツ作品なので、頭のイカれた悪役が出てきたり化け物に追い回されたりもします。
『ウォッチャーズ』は30年以上前の小説で、舞台はもちろん日本ではなくアメリカ。時代も国も違う作品だけど、そういったもろもろのことが噛み合っていたら、僕の理想とする小説と呼べたかもしれません。
『ウォッチャーズ』には「スリル」はもちろんのこと、「愛」と「ユーモア」が散りばめられています。この「ユーモア」という部分が、日本の小説にはなかなか見られない部分です。僕はクーンツの小説を初めて読んだ時、登場人物がこんな(気の利いた)冗談ばっか言うんだ、ってびっくりしました。そして『ウォッチャーズ』では、作品の最も大事な部分、オチとなる箇所で、ふんだんに「ユーモア」が盛り込まれていました。僕はそこにすごく感動しました。登場人物の生死に関わる最もシリアスな箇所を、ユーモアで表現したのです。その箇所を読んで、僕は泣きながら笑いました。なかなかないですよ、泣きながら笑うことって。
僕は以前『殺戮のダークファイア』という作品を書きましたが、その中で僕が一番好きな話は、最終話となる「皺くちゃの黒い帽子」です。読まれた方はなんとなくわかると思いますが、あれが僕なりのユーモアでした(『人喰いの大鷲トリコ』のラストシーンから着想を得た気がします)。
さて、僕は今『銀翼の絆』というタイトルの小説を連載しています。これはクーンツの『ウォッチャーズ』を少し意識して書いています。人と動物が絆を深め合うという同じ主旨を持った作品なので。
『銀翼の絆』は「競馬」という既に確立されているコンテンツを借りた作品なので、あまりオリジナリティは強くなく、また奇抜さよりも丁寧に書くことを心がけていますが、クライマックスではクーンツ作品のように派手な出来事も起こる予定です。本日第二章の最終話を投稿し、おそらく全体の半分ぐらいまできました。この作品は、僕の最も好きな小説『ウォッチャーズ』にどこまで近づけるかという挑戦です。
(↓10年ぐらい前に古本屋で発掘してきたクーンツの『ウォッチャーズ』。僕の宝物。ついでに『王様のブランチ』効果で早くも本が重版されて見本がまた1冊届いたので、一緒にパシャッ)