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おこるおこるおっこる

わたしはとてもおこっていた。しかしながらなぜおこっているのかはよくわからなかった。自販機でジュースを買う。Qooオレンジ味。ごくごく飲む。空を見上げる。月が見える。雲がかかっていてよく見えない。月が見える。公園。ここは公園だった。公園のど真ん中で私はQooを飲んでいる。
自分に対しての怒りが膨れ上がり、私はアスファルトを軽く蹴った。痛かった。でもこの痛みが私を私にしてくれる。私が私でなくなるとき。それは私が亡くなるということだ。私は私で私。そのはずだったのにな。
達彦が家を出ていったのはちょうど一週間前のことだ。もう一週間なのかまだ一週間なのかそんなことはどっちでもよくてもう達彦は帰ってこないと思う。未だに私は帰ってこないと思う。なんて言ってる。馬鹿だ。私はいつまでたっても馬鹿だ。
鈴虫の鳴き声がする。鈴虫の鳴き声は最高だ。夏はもう去った。これからは秋の季節だ。達彦と過ごす秋はもう来ないかもしれないけれど、もうそれはそれでいい。私は私で私の季節を歩む。私の考えていることなんて荒削りだ。出来損ないの鰹節だ。出来損ないの鰹節ってフレーズはちょっと気に入った。心のメモリーに保存しておく。
ウェストポーチから飴を取り出し、口の中に放り込み、バリパリと噛み砕く。生まれてこのかた私は飴を舐めきったことがない。ーー舐め切るという表現がこの世界にあるのかどうかはともかくとしてーーいつも途中で砕いちゃう。我慢できない。堪え性がない。そんなところが嫌いになったから達彦は出て行ったのかもしれない。あーやめやめ。私は同じことばかり考えている。こういうループはとてもよくない。タダでさえネガティブなのにこれ以上ネガティブになってどうすんの。しかもこんな夜中にバネ式パンダの上に跨ってボロボロ涙零しながら。明らかに不審者じゃん。ヤベー奴じゃん。一刻も早くこの涙を止めてそそくさと家に帰ってお風呂に入ってパジャマに着替えてスマホ充電して可愛い猫の画像にいいね押して寝なきゃダメだ……そもそも真夜中にまだうら若い乙女が、と言っても今年で二十五になるからうら若いかどうかは微妙なところだ。ふらふらと出歩いていたらどんな目に会うかわかったもんじゃない。この物騒な世の中を、漢字検定準二級くらいしか人様に自慢できるようなーーその程度で自慢したくなるあたりに私の小物ぶりが滲んでいるーー武器のない私が渡ってゆくのは大変なことなのである。ではそれらのリスクを最小限に抑えるためにするべきこととは何か。そう、まさにそれが家に帰、
「よかったらこれ使ってよ」
私の思考は突如として背後からかけられた丸っぽい声によって遮られた。思わず振り向く。そこには一人の男の子が立っていた。
男の子ーーといっても十八歳くらいだろうか。私の住んでいるアパートの近くの高校の制服を着ている。そこの生徒なのだろう。若干よれよれなところが気になる。カツアゲされたのだろうか。髪型もなんというかぱっとしない。出荷不良品のぶろっこりーみたい。顔も達彦ほどじゃない。でも目元がすごく優しそう。笑い皺ができてる。その出来損ないのブロッコリーみたいな髪型をなんとかしたらもっとモテると思う。
「これ結構気に入ってるんすけどね」
ブロッコリー、じゃなかった。男の子が喋った。でもなぜ? Why? 思考を読まれてる?
「読んでないですよ。さっきからお姉さん考えてること全部喋ってますよ」
そう言われて私は初めて

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