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2024年04月24日の近況報告 創作におけるリアリティ

 結局創作って「リアリティがあるか無いか」でさえ「読者が決める」もので、
 作者はせいぜいあらすじや冒頭のつかみで「これはこういう作品です。こんな人やあんな人ならウケるかな?」っていう提示ぐらいしか出来ないんだと思います。



 例えばファンタジーRPGのシステムをそのままWEB小説に移植した物で、
「ステータス、オープン!」って言ったらステータスが表示されたり、ジョブやレベルやスキルがある。なんていうリアリティがカケラたりともない設定でも、
「コレだよコレ!」って満面の笑顔で納得する人だって必ずいます。そういう人がたくさんいたから、なろう小説が書籍化されたわけなんですが。
 そういう「ドラゴンクエストやファイナルファンタジーで青春を燃やした」人には「ステータス、オープン!」こそがリアリティなんですよ。
 もちろん、そんなの絶対に! 断固として! 認めたくない! って人もいるでしょうが。



 他にも「映画に美男美女ばかり使うな! ブサイクも使え!」ってキレてるポリコレもいて、
 彼らからしたら「映画の登場人物は美男美女ぞろい」ていうのが「リアルじゃない」って感じているわけなんですよ。
 こういう例で示した通り「リアリティがあるか無いか」でさえ読者が決める事なのでしょう。



 もちろん、大多数の人から見たら「ステータス、オープン!」なんてリアリティがカケラもない! っていうのは分かりますよ。
 でも中には「ステータス、オープン!」すると喜ぶ人もいるんですよ。常識がぶっ飛びすぎて断固として信じられない! と思うかもしれませんが。



 聞いた話では作者はマトモだけど読者が狂人ぞろいのせいで「コイツイカレてる!」って非難される人もいるそうですし、
 作者がイカレてるけど読者も同じくらい、あるいは作者よりもイカレてる人しか来ないので問題ないように見える「みんな狂ってる超絶素敵コンテンツ」
 なんていう地獄の中の地獄みたいなモノもあるそうです。怖えー。



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