「個性を出さなきゃ、オリジナリティがなきゃ」ってとこばかり頭を使いすぎてウンウンうなり続けてる若い人もいるだろう(というか俺がかつてはそうだった)けど「誰かからの影響は受けてもいいし、それはパクリじゃない」とは言わせてほしい。
例えば「ジョジョ立ち」っていう独特なキャラの立ち姿で有名なマンガ「ジョジョの奇妙な冒険」を描いてる荒木飛呂彦先生だって
イタリア旅行に出かけて彫刻家ベルニーニ作「アポロンとダフネ」の彫刻を見て「この身体のねじりは他のマンガでは見ないなぁ! これをマンガで表現できたらなぁ」って所からジョジョ立ちは誕生したんですよ。
これを聞いて「荒木はベルニーニをパクった!」って言えます?
それに、君程度の若い子が考えつく「オリジナリティ」なんて誰もが1度は通る道。日本人だけでも1000万人は思いつく程度のありきたりな物なんですよ。
例えば「謎を解いた探偵が真犯人に殺されて謎が解明される事なく事件が迷宮入りする探偵小説」って奇抜で「個性的」(あえて「個性的」と書いた)ですけど見たいですか?
これを聞いて「そうだよ! まさにこれだよ! 描きたかったのは!」って思う人も実際本になって見たら「つまんね」って投げ捨てると思いますよ。賭けてもいいです。
探偵小説の面白さは謎の解明にあるのにそれを取っちゃってどうするんだ。メインディッシュの出ない前菜だけのフルコースみたいなもので、そんなフルコース食べたいですか?
「誰もやったことが無い事をしなければ個性にならないんだ!」っていう強烈な思い込みは俺も経験済みだから良く分かるけど、
その「誰もやったことが無い事」の「誰も」がせいぜい自分が観測できる範囲内で、創作の歴史をさかのぼって調べようともしない。
だから「過去にやってみたけどダメだった」あるいは「やる前から明らかにダメな奴」だから「誰もやらない事」を「これは新しい!」って思って繰り返す。その程度は個性じゃないんだよ……。
そもそも個性なんて「隠そうとしても出てしまう」ものなんですよ。書道の授業でクラスメート全員が一斉に「晴れ」の文字を書いても止めやはね、字の太さで十分個性は出ます。
それを「みんなと同じ字を書いても個性なんて出ない!」って言って1人だけ「雨」って書いても「ただの変人」であって「個性」じゃないんですよ。
もう一度言います「みんなと違うことやる俺カッコイイ」ってのは「ただの変人」であって「個性」じゃないんですよ。
個性と変人の区別もついて無さそうな若い人には
「愛国は下着のようなものでみんな穿(は)いているが、もし頭にかぶって注目されようとする人が現れると、その人は必ず問題がある」
って言葉を最後に送ろうと思う。頼むから気づいてくれ、お前は「下着を頭にかぶってるだけの変人」なのであって、それは個性じゃないんだよ……。
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