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ネットには向かない小説

 遅ればせながら『竜とそばかすの姫』を観て思ったんですが、ネット社会で重宝されるというか割とすぐ結果が出るものって、音楽とイラストなんですよね…リズムとヴィジュアルって言語を越えて理解しやすいですから。
 
 私は悲しいかな音楽の素養が全くない(音痴ではないが5年間バイオリンを習っていたのに楽譜が読めない)し、イラストのデジタル化はとっくの昔にあきらめた(レイヤーの概念が理解できない。あと長時間PCに向かっていると目が痛くなる)ので、ネット世界で技能の切り売りはできないなーと思ったり。このままメタバースだのが主流になっていったら、もちろん出てくる才能もあるのでしょうが、それ以外の芸能はどこに沈んでいくんだろう…とか思うわけです。特に長編小説なんかは。

 ネット小説がヒマつぶしであるという側面から見ると、短編の方が読まれやすいというのは容易に想像がつくのですが、贅沢なことを言うと、短編だとちょっと物足りない。
 短編の方が書きやすいし終わらせやすいというのは書き手として十分承知しているんですが、短編で書くべきものとこりゃ長編になるなってものは違うと思うんです。なんというか、密度が。根底を流れるものが。何より、書いているうちにどんどん長くなる(笑)。

 アニメ中で、各言語のコメントが一瞬にして日本語に翻訳されていくという表現を見て、「脊髄反射で書いてるなコレ…。即時翻訳はうらやましいけど小説には適応できないな…」と思っていました。
 ほとんど考えなしに書いているように見えても、表現がダブってないかとか、こっちとあっちを入れ替えた方が効果的じゃないかとか、この書き方だと誰が何をしてるのかもうちょっと描写しないとわからないのではなかろうかとか、色々考えた末にアップしたり…しているのですよ、これでも。一応。今も細々と推敲中。
 
 長編でもサクサク読めるものもありますが、ちょっと込み入った話になると、画面で読もうとは思えないんですよね。プリントアウトしたくなる。プリントアウトして、舐めるように読みたい。冊子にして、好きなとこ開いて読み返したい。活字の海と言語センスに溺れたい。キャラを愛でたい。自分の好きな世界に浸っていたい。長編のいいところはそこではないですか~!!
 それも、作者様が作品を取り下げたり、運営から警告くらったり、ユーザー登録を削除したりする前に(´;ω;`)ウッ…

 まあ薄い本にでもしろよって話なんでしょうが…あれはあれで在庫リスクがありますし(笑)、何度繰り返しても足りないのですが、私の好きなモノってほんと検索しても出てこないんですよ…(あるいはすでに削除)。目下の愛読書は『家畜人ヤプー』と『ロリータ』だといえば、何を探しているのかが多少はおわかりいただけるのかもしれませんが…(あくまで一例)。
(ひょっとすると「カクヨム」で探すなという例なのかもしれませんが、「なろう」でもないでしょうし、pixivでもないし…そもそもネットの海には存在しないのかも…??)

2件のコメント

  • レイヤーの概念は、「無限に重ねられる透明トレーシングペーパー」とか「かつてのアニメにおけるセル画」というのが一番わかりやすいのかもしれない(未だsaiを使う顔)

    ……などと思いつつ、漢字を開くか否か一つでも言語センスというものがわかって、だからこそ独特の文章って面白いんですよね、わかります。
    そこは個性によるセンスになるんだから暗黙の了解とはいえ、規格統一しようとはしないで……しないで……って気持ち、あります……
  • なんでしょうね…「失敗するか成功するかの一発勝負かもしれないけど、それも含めて一元管理しようよ!」(アナログ色塗りイラスト)っていう、単なる面倒くさがりなんだと思います…💧

    漢字をひらくかどうするかっていうのも、ほんと、その文章を読み続けるかどうかのひとつの判断材料になると思います。「成る程」とか「兎に角」とかでも、作中の時代背景によってもOKに思えるときとそうでないときがあったり…。それも含めてコトバって楽しい…。
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