私が好きな谷川俊太郎さんの作品に、「朝のリレー」という詩があります。
地球が自転し、夜明けが東から西に向かって少しずつ進んでいく様子を、世界中の様々な場所で暮らす人たちがそれぞれ朝を迎えていく様子を、リレーに例えた美しい詩です。
このお話は、魔法のiらんどで開催された「魔法の5分間」という企画に参加するために書きました。「世界が終わる5分前」のお題には間に合わず、「甘くて苦い」のお題の方に参加した、という経緯があります。
「甘くて苦い」「世界の終わり」として、5話で描いた選択を主題にしました。古今東西、人類の滅亡を描いた作品は悲嘆と無秩序と暴力に彩られるのが常でしたので、いっそそれなら人々に知らせない方がマシなのでは? と指導者たちが決断するのではないかと考え、大多数の人たちがそれと知らないまま訪れる終末、その最後の5分間を舞台にしました。
もう1つ描きたかったのは、「朝のリレー」で描かれたことの別視点、この広い地球の上には「同じ時刻」は存在せず、それぞれの場所で、それぞれの時間が刻まれているということでした。東京のどこかにある高校の午後一の授業をスタートにして、他の場所、他の時間で生きる女性たちを主人公にしました。
彼女たちに共通しているのは、今、この瞬間に、ちょっとだけ先の未来を創造しているということです。
授業が終わったら友達に謝りたい、仕事を終えたら美味しいものを食べたい、もうすぐお客さんが来る… 世界がどんな風に終わろうとも、地上で暮らす多くの人たちが今とちょっと先の未来を大切に生きることができていたら、その人たちは不幸ではない、と思っています。
「指導者たち」の一人であるアリアの決断は、正直迷いました。私の考えは「知らない幸福よりも知る不幸を選ぶ」というマーガレットの考え方に近く、最後の最後くらい、大切なたった一人には伝えても良かったんじゃ… という気持ちが今でも拭いきれません。
ただ、世界中の色々な場所で、孤独に秘密を抱え、それでも身近な人たちに笑顔を見せている同志たちがいるのなら、アリアの様に気高い心を持った人は、同志たちとの約束を守る選択をするのではないかと思っています。
このお話に描かれた、苦くて、甘い結末が待っている5分間。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
2024.11.7 黒川亜季
(in 魔法のiらんど 2021.5.5)