あとがき
山あいの小さな町に生まれ育った、主人公の由貴子と幼なじみの未玲。ふたりが主人公のこのお話は、2019年に魔法のiらんど内で行われた企画「恋シチュ×10テーマ」に連作短編で挑戦しようと思い立ち、お題としてあげられたキーワードから生まれました。
10個のキーワードから一つを選び、そのキーワードに合った短編を書いて規定数以上(5作以上だったかな?)投稿すればOK、という企画でしたので、特に連作である必要はなかったのですが、書き手の私の方で「キーワードから連想した短編を連ねる」というのをやりたいと思い、このお話になりました。
各章のタイトルも、キーワードを忘れない様にと思ってそのまま付けています。
「タイムリミット」というキーワードから、田舎に生まれ育ち、「ここから飛び出したい」という強烈な思いを持った主人公が浮かびました。
高校までは地元、大学に進学すれば町を出て一人暮らし、という進路は、私の生まれた町ではありふれた道で、由貴子の兄もその道をたどって都会での独り暮らしをしています。
中学生時代の苦い経験から、とにかく町を出ることを最優先にして高校時代はいい感じに過ごせばいいやと思っている主人公の由貴子が、高校生活の終わりを「タイムリミット」と考えて日々を過ごす… これが第一話のイメージです。自然と、自分の生まれ育った環境を一番長く共有している幼なじみへの複雑な感情も、一緒に浮かんでいました。
「残り香」では、そんな主人公の由貴子と、由貴子から普段は疎まれている未玲の気持ちが一瞬だけあたたかく交わって、だけど冷たく切れてしまう、そんな場面を描きました。
自分の感情が上手くコントロールできず、欲しいものが何なのか分からずに、大切なものを傷つけてしまう… そんな衝動と、思いの行き場所が分からないという物語の主調音が「残り香」で固まった様に記憶しています。
「炭酸水」は、未玲を突き放した後、お祭りという非日常の空気の中で、なぜか未玲のコトを考えてしまう… という由貴子の思いと重なっています。
偶然に会った同じ中学出身の西野輝紀と、普段とは違う楽しい時間を過ごした由貴子。その時間が途切れた時に浮かぶのは、未玲の寂しげな顔でした。
甘くない炭酸水と、それが好きな未玲。空を彩る花火と、夏祭りの夜の空気。ラストシーンを書きながら、星村麻衣さんの「素直になれない」が頭の中でずっと流れていたのを思い出しています。
「女同士の争い」… この刺激的なキーワードで、「中学の黒歴史を切り捨てる」「高校デビュー」「打算で作った人間関係」が一気に崩れる展開が決まりました。由貴子にとっては不幸な偶然が重なり、「いい感じ」で来ていた芙美香と紗菜との友情が決定的に破局し、さらにクラスの中での孤立にまで至ります。
この展開は私も書いていてキツかったですが、内気で引っ込み思案な未玲が頑張ってくれました。
「変わったのは君の方」で、由貴子は未玲の中に、自分の知らなかった幼なじみを見つけることになります。
友情を打算で作ろうとしたり、幼なじみを突き放したり。面倒な性格の持ち主ではありますが、由貴子は自分に甘くなることだけはできない性格でもあります。
自分は冷たく接していたのに、昔の様にあたたかく接してくる未玲。ふたりがやり取りする中で、単に変わらなかったとか、元に戻るとかではなく、離れた時間も、キツい経験もあったからこそ、新しく重ねていく関係につながればいい… そんな風に思いながら、二人の放課後を描きました。
全体としては友情もの、ではありますが、全体のお題が「恋シチュ」でしたので、最後に少しだけ、未玲から由貴子への恋心を描いています。
由貴子が未玲の思いに向き合うお話も描きたかったので、このお話の後に2つ、短編が続く予定です。
読んで下さって、ありがとうございました。
2024.11.27 黒川亜季
(in 魔法のiらんど:2021.4.20)