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新章公開:「吾が妹に」(その一)

https://kakuyomu.jp/works/16817139557879395382/episodes/16817330651369398622

逆理桜紅葉(さくらともみじ さかさのことわり) 十二の巻「吾が妹に」(その一)

 前章で死んだはずの人物が、冒頭でいきなり生きていることが明かされるという、「二コマ即オチ」というか、お約束破りをしてみました。前章での姫の「最後」があまりにも無残なので、とりあえず読者様を安心させて……と思ったのですが。
 
 その後がもっとひどいという。

 カクヨムのセンシティブ設定、性・残酷・暴力とありますが、いつも思うのですが「グロテスク」が無い。前章ではこの作品で(私の感覚としては)残酷・暴力併せ技のギリギリを攻めたつもりでした。今回は姫の「蘇生」なので残酷とも暴力とも違うと思うのですが、だだその、今回の「あのシーン」は……
 「生理的に無理!」な方が確実にいらっしゃるでしょうね。あるいは「人間の肉体を毀損する」ということで言えば、広義で「残酷・暴力」なのかも知れません。
 私としては「センシティブのチキンレース」をしたいわけではなく、本作の必然としてそういう描写をしているつもりなのですが、果たして。

 もう一つ、今回は全編でも際立って「教訓臭い」、そして「抹香臭い」と思っています。以前の九の巻「ほとけ」へのアンサーでもあり、宗教、とくに仏教要素をがっつり効かせてみました。
 例えば、作中に出てくる「開示悟入」(かいじごにゅう)は、「仏の一大事因縁」と呼ばれるもので、「法華経」の前半の山場、「方便品第二」の重要ワードの一つ。これが今回の展開にピタリとはまると思って入れてみたものです。
 私自身は「一応……仏教徒?」くらいの信仰心で日々暮らしていて。本作で言うなれば蛇神の立場に近いくらい、「半信半疑にも届かない」。ですが、創作上において「宗教」というのは私にとって大変興味があるジャンル。現在平行して投稿中の「沼蛇の魔女と石の巨人」では疑似キリスト教的世界観を押し出していますし、短編「カラスとガチョウ」もそういう宗教テーマ。
 平安世界を舞台とした本作ならば、もう仏教要素は必然中の必然。盛り込まざるを得ません。知ったかぶりを重々自覚しながら臆面もなく。

 大巨匠の大名作を引き合いにだすのは手前味噌の極みですが、今回は手塚治虫さんの「火の鳥」、あんな雰囲気が出せたかなぁ……などと思っています。

 ……え?日野日出志さんの間違いですか?……それはそうかも……

※ご参考までに。天台宗ホームページから。
https://www.tendai.or.jp/houwashuu/kiji.php?nid=102

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