「それが実は… 僕の事が嫌いになって一人にさせて行ったのかだと思っていたけど、どうやら僕の勘違いだったみたい。」
照れくさいように、悪いと思っているように苦笑いをしたプリードいい続けた。
「でも今日はまた会えて、まだ友達だと聞けて僕はとてもとても嬉しい。」
「そんなに好きだったのですね、あの友達の事が。」
「うん… 何と言っても馬車に引かれるところだった僕を救ってくれて、あの日ずっと僕の側に付いていてくれたもん。リサ様と出会う前にはそんな人、僕にとって唯一だったからね… だから離ればなれになった時は何もかも嫌になったこともあったんだし……」
どこか悲しげな顔で昔の事を思い出しているプリードに対し、リリートは私もいますよ~ という目線と共に曖昧な笑顔を作っていた。
そしてそんな彼女を見たプリードは「あ!」と言葉を続いた。
「今は勿論リリートもいるしね。」
プリードの好意に素直にご機嫌になったリリートはまるで尻尾を振る犬のように喜ぶと、その勢いのままでプリードを抱き締めてしまった。
柔らかかった、という……
《¤》
「そういう事があったんだけど、この世界って元々からそうなのかしら…」
自分が貸し(出し)た旅館のある部屋。楽しく話してから眠りに付いたプリードを他の部屋まで運んだ後、リリートのある部屋に訪ねて来たリサはベッドの上に座っては先ほど自分が外に行って観たことを数時間前に制圧して未だに床の上に放置しているリリートを話し相手にして独り言を呟いていた。
「そうですね。それは酷いですね…」
大人しくリサの独り言を全部聞いたリリートは頷きながら言葉を続いた。
「たかだあんな胸を見て女だと思うなんて…!」
「な、何が何ですって?!」
聞き捨てられないリリートの発言に我知らず切れたリサは声を挙げたリサは自分の胸部を隠してリリートに抗議した。
しかしそんなリサを見てむしろ頭が高くなったリリートはそんな彼女の事をからかい始めた。
「胸のサイズがたかだ76しかならない貧乳のくせにどの前で存在を主張しようとしているのですか~?? あ、ひょっとしてその恥ずかしいローブはもっと恥ずかしい貴方のボディーラインを隠すための物ですか?? それとも着やせするタイプなどと聞く価値すらない言い訳を付けるためですか~ おっとお可愛いことに♡」
リリートは腕組みをして欠片も隠していない自分の巨大な胸を誇示するように揺らしてリサを愚弄した。
我慢の限界をとっくに越えたリサは大声を出した。
「お黙りなさい!!」
「うわっ?!」
リリートの愚弄に肩を震えながら激怒したリサはリリートに対して叫び、その言葉応じてリリートの首に着いている隠遁者(ハーミット)の首輪]によってより強く床に倒れ押された。
「いたた~ 女の扱いが酷いですね。まるでヴァンパイア達の女王様みたいです~ 私はクッションがあって良かったものの、姫様はうっかりでも真似しちゃダメですよん~」
リリートは床についてより強調された自分の胸を指で指しながら余裕の顔を浮かべた。
リリートの挑発を聞いたリサは大声を出して応戦することではなく、深くため息をつくと膝を折ってリリートに声を掛けた。
「答えてよサキュバス。この世界はそうなの? それに… あの子は
「ハーミットって、ご存知ですか?」
初めて聞いてみる単語にリサは素直に首を横に振るった。
そしてそれを見たリリートも素直にそれを教えてくれた。
「ハーミット。それは未成熟なヴァンパイアが自分の血の中に在留している力を掛け集め真の力に目覚めると言う謎だらけの秘伝。それは優秀な家紋で珍しく見られるものです。普段は過剰にか弱い存在ではあっても、「ハーミット状態」に突入さえすれば比べ者にもならない力を手にした存在になると言われましたね。」
そう。本人はあまり気にしていない模様だが、プリードのフルネームは「プリード•ザ《ブラッド》」。
8つだけ存在するするヴァンパイアの貴族の中でも最量の魔力を有した、優秀でも超優秀な家紋の名を持っているのである。リサもプリードの名前を聞いてから彼に興味を持ったのである。
いいや、むしろあのブラッド家の子供だからこそ自分の夢のための駒(ナイト)として選んだのである。
なのに… あんなに弱いだけでは困ると、リサは本気で悩んでいたのである……
「じゃ……」
「プリード様の血が目覚める時はそう長くない未来。私はその件に関して干渉する気はないし、貴方もまたそれに関しては干渉できません。」
「じゃただ単に放って置けって訳?」
何をしたって結果結末を変えるという事は天地開闢に等しいというだけです…… そもそも低級なサキュバスがふざけるざれ言に過ぎません。今までのようにただ無視すれば良いまでです。」
「勿論、最初からその心算よ。」
「はい。そうであると知っていました。」
どの意味でかそっと微笑みながら目を閉じたリリートを後にして、リサはまるで一人でやるべき考え事でもあるかのように、自分の部屋に入ってから静かに扉を閉じた。
《¤》
翌日の朝。
昨日の夜遅くまで考え事をしたせいで夜遅く眠れて疲れているはずのリサは全身を突き刺す違和感に目を開けざるを得なかった。
「プリード•ザ•ブラッド! 大丈夫か?!」
リサは至急にもう一度部屋と部屋の間の壁を壊してベッドの上で寝ているプリードを揺らして彼の意識を確認した。
「ううん… リサ様?」
何を心配していたのか急いでプリードを起こしたリサは何の問題もなく目を覚ましたプリードを見ても安心できなかったのか、何度も言い掛けた。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
「本当に何ともない?」
「はい… 何か問題でもあるのですか?」
「いいや… いいや。凄いというか、流石だというか…… うん。平気なら大丈夫。じゃーーーー」
リサがプリードに用心深く話を掛けようとした瞬間、その部屋に誰かが乱入して来た。
「プリード様! プリード様! ご無事ですか?!」
プリードとリサが居る部屋に乱入した存在は軽く飛んでいるリリートであった。
「うん。僕は平気。」
「キャア~ さすがプリード様! 素敵♡ 最高~♡」
プリードの答えを聞いたリリートは体をのろのろと動かしながらプリードを抱き締めようとした。
「お座り!」
しかしリサの声(命令)に従ってリリートの体は一瞬で床にお尻餅をついた。
「貴方こそどうやって無事なのよ… いいや、そもそも動いて良いとは言ってなかったのにどうやって動いているのよ、まったく…」
「ふん、愛に死んで愛にしがみつく私リリート。プリード様へのこの気持ちだけはいくらネームド•アイテムでも、時間でも次元さえも止められないのです!」
「ちっと確認したい事があるよ、今すぐ付いて来て。」
大言壮語するリリートを一先ずガン無視したリサはプリードに先話そうとした事の続きを言った。
「あの… リサ様。もしかして何か大変なことでも起きたんですか…?」
リサとリリートの様子や言動から、どれだけ純粋で無邪気に愚かなプリードでも、何か深刻な出来事が起きたという事に気付けた。
「そう。外に出ればより確実に分かれるはずよ。さ、急ぎなさい。」
「はい!」
リサの話を聞いたプリードはベッドの上から出てリサに貰った服を着た。
「あの…… 私は?」
全ての準備を終えて部屋から出ようとしたプリードとリサの後方から……床に尻が付いたまま起き上がれないリリートが手を挙げて質問を投げた。
「これ程の魔力量よ。たかだサキュバスの君はどうなると思ってるのよ!」
しかしリサはそんなリリートの事をそのまま捨てて置いて、キューブ形のアイテム一つを彼女の頭の上に投げてくれた。
「この中にでも居なさい! いっそう死んでも良いから!」
「あの、行ってくる。」
それっきり二人はそのまま部屋から出て行った。
………
…
…………………広くて広い旅館の中。今はどのような人影も残っていないその建物の2階。そしてその2階の部屋の内一ヶ所ーーー アイテムによって張られた魔力障壁がある場所。プリードとリサが去ったその部屋に一人取残された一匹の夢魔は窓側を眺めながら呟いた。
「そろそろですね…… 」
何かを感じたのようにリリートは深く目を閉じた。
《¤》
「これは……」
「やはり… いいや、でもしかしどうして……」
深い霧で埋まれたロンドンの夜明け。
相変わらず咲いている産業工場の煙と「何か」が混ざり合って一歩先も見辛い凄い量の霧が周囲を包んでいた。
しかしその霧には、すぐこの前までの物とは違う違う何かが混ざっていた。
見えない何かーーーー
しかし大気中に蔓延っているそれはーーーー
この世界には存在する事があり得なく、存在が矛盾と扱われ許されない物………
しかしリサには馴染みのあるそれはーーーー 他でもなく「魔力」であった。
しかしこれは、魔力と魔法が日常の世界から来たリサすら鼻と口を塞いでしまう濃い濃度の魔力がロンドンの町中全体に広がっていた。
そしてその中には、忙しく足取りを運んでいた人混みの混雑な景色はどこに消えたのか、その人々全員がまるで気絶したかのように倒れていた。
職場に向かっていた人も、人の物を略奪して暴力を振る舞いていた人も、略奪された人までも例外なく皆道のど真中に倒れていた。
勿論二人が留まっている旅館の店主がカウンターに倒れていた姿も見たけど、その時はただ居眠りしているくらいでしか考えていなかったけど、この参上を見てはそうは考えられない。
「リサ様、皆どうして……」
「魔力よ。それもとんでもない量の…」
リサは何度も咳をしてやや苦しいのか、割れた声で自分の言葉を続けた。
「これほど濃い魔力なら普通の人間には生化学武器と違いないわ…… 一体どうしてこんなことが………」
しばらくの間を一人で工夫していたリサは直ちに首を横に振るった。
「いいえ、そんなことより今はこの「霧」の範囲が何処まで続いているのかを把握するのが先よ。だから別れて少しでも情報を集めましょう。」
リサはプリードの目を見ながら言った。
「……」
しかしプリードはリサの言葉にむしろ顔が暗くなって答えずそわそわしていた。
「プリード•ザ•ブラッド?」
「はい! あ… はい?」
「どうしたのよ? やっぱり君でも体の調子が悪いの?」
リリートはいつもより一段具合の悪そうなプリードを見ては声を挙げて聞いてきた。
「いいえ… 体は本当に何ともないです。しかし、あの! その… この前は迷惑になって本当に、本当に…… 本当にすみませんでした! だから… その、どうか僕を捨てないでください…! 僕、もっと上手くなりますから! リサ様が言うことなら何でも聞きます! だから… どうか…… 僕を一人にさせないでください…」
プリードは怯えているかのようにぎゅっと握った両手を震えながら自分の心の中で溜まり腐っていた気持ちをリサに誤りを込めたお願いで吐き出した。
どうやら先リサが口にした「別れて」という単語を聞いてまた捨てられるのではないか、また人に裏切られ路地に追い出されるのではないかと不安がっているプリードは今にも泣き出しそうな顔でリサにお強請をした。
どうやらこの子はしぞん間が低すぎるともう一度実感したリサはため息をつくとプリードの頭に手をのせて、普段よりいっそう真剣な顔をしたリサはプリードを正面から見つめながら言った。
「プリード! 良く聞きなさい! 君を捨てる心算なんてないの!私が君を捨てる事なんて絶対ない!」
リサの言葉を聞いたプリードは今でも涙溢れそうな眼でリサの目を見つめた。
「本当、ですか……?」
「ああ。私は口にしたことは必ず叶えて見せる女よ。それとも、君こそ私の事を信じられないわけ?」
「いいえ! そんな! リサ様は僕に居場所を与えてくれました! 僕と… 僕なんかと一緒にいてくれました。言葉だけではなく本当に与えてくれました! 信じられないなんてそんな… リサ様にはあくまでも感謝する限りで…… だから! だから!」
「はい。はい。もう良いから。だから、頑張って私のためになってちょうだい。」
「はい!」
プリードは今や
「そう。では私はこっちに行くから、君はあっちの方を確認してちょうだい。」
その言葉を最後にリサは何がそんなに忙しいのか珍しく走り始めた。
そしてそんなリサの後ろ姿を眺めていたプリードは未だに震えている両手に力を入れて拳を握ってからゆっくりリサが消えて行った方向の反対側に向かって足を動かした。
《¤》
頑張らなければならないという強迫観念に慣れているけど慣れていないロンドンの町中を見回っていたプリードは久々に再会した友達の事も心配になって荒い息を吐きながらも走り続けた。
しかし何処を見ても霧のせいで上手く見えなかった上、単に寂幕のみを残して気を失っている人混みが積もっているばかりで、忙しい足取りが出していた不協和音や言い争いの音だけではなく死の悪臭までもが全部消えていた。
どれだけ走ってもどのような動きも、どのような音も見つけられなかった。
見えるのは果て知らぬ霧の事だけで、聞こえるのは自分が吐き出す荒い息声だけであった。
まるで都市一つが丸ごと死んだという錯覚すらしていた
そんな時、いくら走っても変わらない風景に機能を失っていくところだった耳にある音が聞こえて来た。
子供のようだけど濁っている、楽しそうだけど不愉快な感じの、そんな笑い声がプリードがいる北西側の霧の向こうから聞こえて来た。
どうしても最善を尽くして頑張ろうとしていたプリードは、何かを見付ければリサが喜んでくれるはずだという自分勝手の考えで高まった勢いでそれを追い付け始めた。
《¤》
浮遊島のように多数くの水玉が底無しの空を飾っている瑩なピンク色の空間。
そんな、まるで夢の景色のような夢幻的な風景を包んで、二人の存在が向き合ったまま重い雰囲気を醸し出していた。
一方は足まで付くほど長い紫色の髪を持った、全体的に小さな体格の女性がオカルト的な杖を持っていた。
もう片方は形は良く見えないけど… あまりにも巨大で威嚇的な、しかしどこか穏和な感じに満ちた…… そんな、言葉では表現し切れない存在がいた。
「いつまでこの茶番を続ける心算だ、愚かな小娘よ。」
先に口を開けたのはある存在の方であった。
「あら、今度もまた淑女の空間に入って来るなんて。自分の子孫も見捨てた貴方にしては積極的なことに~」
明らかにからかう言葉振りだったけど、その表情は極めて真剣で、言葉には敵意が満ちていた。
「どうせ無意味なだけだ。どうせ苦しいだけだ。どうせ悲しいだけだ。そもそもこの因果は貴様とは無関係だったはず。いい加減断念して運命に順じろ。」
しかしある存在は彼女の話をあるのかも知れない耳で聞き捨てては一方的に自分の話を述べた。
しかし彼女もまた負けようとしなかった。
「身を捨てる途中に脳みそまで捨てられたのですか? これが私(わたくし)の意思であり、私が切り開いて行くべき宿命です。」
彼女は杖を握っている手に力を入れて目の前の存在を見詰めた。
それはまさに、決意の塊であった。
「愚かさにも切りがない、か… 相互理解が一致していない相手と話を交わすのは疲れるまでだ。」
その言葉にそって周囲を掌握していた威嚇的ながら穏和なオーラの勢いが収まった。
「どうせ時間切れのくせに……」
しかし彼女の言葉振りは少したりとも収まらなかったけど、ある存在はそれを黙認して彼女に近づいてきた。彼女もまたそれを待っていたかのようにびくとも動かなかった。
「今度もこれが必要になるのであろう。」
「何の考えで手伝ってくださるのかは知れませんが… いつもどうも、です。」
その存在から小さな種のような物を渡された彼女はそれを確認して一応の礼を言った。
「貴様もその訳を承知したためあの女の目的に助力していたのではないか。」
核心を突かれたのか、今度は彼女の方から沈黙を保った。
そしてそんな彼女の事を見たある存在は楽しげにクックッと笑いながらその空間から離れて行った。
その場に残ったのはある女性の苦悩で満ちたため息だけであった。