《¤》
結局リリートはため息と共に自分の敗けを認めた。
「ありがとう。リリート!」
プリードの心からの感謝と微笑みを目にした途端リリートは心の底から強い衝動にかられたけど... 今は我慢して次の言葉を口にした。
「どうしても行きたいと仰いましたから協力はしますけれども、私はプリード様が傷付く事を可能な限り見たくありません。ですので、行くというならそれなりの準備をしてからにしましょう。」
そう言いながら彼女が出したのは、リサがいつも持っていた袋であった。
どうやらグール達に襲われた時彼女が落とした物をリリートが拾った模様だ。
「あんな性格の悪い女だとしても、確かな姫ですし、この袋の中にある物はヴァンパイア達の女王が集めたアイテムのはずですから~」
そう言いながらリリートは袋を逆手にしてその中身を全てうちまけた。
袋の中から出たアイテムは路上でプリードとぶつかったスーツ姿の人をミイラのようにさせて殺した[避雷神の髪]。結界を張るための物と思われる小さなランプが数個。あと、何の心算で入れたのか訳をも分からない、洗剤用の石鹸が一つ......
この中でもそこそこ使えるアイテムはリリートが今手にしている[紫水晶のカーテン]まで合わせても[避雷神の髪]と[紫水晶のカーテン]くらい......... たった二つだけ。
確かに有用なネームド•アイテムだったけど、これを持ったところでプリードがあの大勢のグール達を無事に倒せるかと言うと...... 不安でしかない。
そもそもネームド•アイテムという物は一人が一つでも持っていればそれだけでも凄い事である。
しかし、力も戦闘能力も備わっていないプリードに限っては場合が場合だ。
「......」
「でも二つもあるね?」
ツンとした目で深い怒りが込められたような顔をしているリリートと、前向きで打破できない現状の資源不足に直面しているプリード(問題の当事者)が額を合わせてそのアイテムを見つめていた。
そうやってどれくらいの時間が経ったのであろうか、なにか凄く(ほぼ悪口)呟いていたリリートはたちまちため息を付くと、口を開けた。
「そうですね。一応無いことよりはマシでしょう。それにこのネームド•アイテムは高ランクに属する最上級kの物... 一応これでも持ってみます?」
リリートは自分が持っている鎌や身にまとっている絹でも渡そうか真剣に悩んだけど、すぐ止めた。渡したところで使えないアイテムよりも、使えるアイテムを使い尽くせる作戦でも工夫する方がずっとプリードのためになると判断したからである。
リリートから二つのネームド•アイテムを渡されたプリードは右手には[避雷神の髪]を握り、左手には[紫水晶のカーテン]を持って構えた。
それなりの武具だけ(たった二つ)を備えたプリードの可愛くて勇猛な姿にリリートは我知らず鼻血を流した。
「ど、どうしたの!リリート大丈夫?」
追撃の攻めでプリードの心配込めの言葉に、自身の額にプリードが手を伸ばして皮膚同士が接続したという必殺コマンドまで加えられてリリートの興奮度は最高潮に達し、あの時の欲情を我慢する事はプリードが戦いの場に行くことを許した時に等しく苦難であったことは、彼女だけが知っている事実であろう...
《¤》
「どうやら... この近くのようですね。」
リリートは自分に付けられている首輪を触りながら言った。
何気なく喋ったり動いているため忘れられがちだけど、実際のところ持ち主の命令に従わせる、という効力は常にリリートの身に働いている。そしてその首輪に入力された最後の命令は「大人しくいろ」。リサが霧の調査のために急いで旅館から出る際に口にした事であった。命令した者が近くに居れば居る程その縛りは強くなる。
だからその点を逆に移用しようと試みたリリートとプリードはロンドンの市内あっちこっちを歩き回っていたのである。
リリートからの報告を聞いたプリードは彼女に礼を言ってから周辺を見回った。
この辺りに唯一存在している(怪しい)廃工場を発見したプリードは静か及び慎重にそこの入り口まで進んだ。
それからその中をチラ見したプリードは固唾を飲んだ。
確かにそこには沢山のグールの中央には体を縛られているリサと.........
「あ... ロト、さん?」
何故か心配していた彼の姿もそこにいた。
どうして彼も捕まえているのかは良く知れないけど、一先ず二人を救出するためにプリードはその中の状況を注視した。
身動きも取れないリサと、ロトの周囲を囲んだ肌に粟を生ずる酷い見た目のグール達が子供のような...今や気分が悪くなる笑い声を出していた。
それはまさに、この数日前自分がその身で感じたあの時の事を思い出させて...... 耐えられない痛みと死の直前まで追い詰められた時の恐怖が今再びその身を震わせ、もう治った傷口から寒気すら感じられるプリードは今すぐにでも膝を折って逃げ出したい衝動に襲われた。
しかし......
あの二人は辛い時だった僕に力になってくれた人たちだ。
だから、僕も力になってあげたい。
そう決意して、リリートを説得して無理してでもここまで来たのだから...!
僕は首を横に力強く振るって無理矢理恐怖で震えている体を落ち着かせた。
それでもダメだったので心高級までした。
もう一度その中に視線を移すと、そこにあるグールの数は大目に200から300匹程度......
そしてそれらがリサとロトの周囲を完全に囲んでいたため二人だけを連れて逃げ出すことは無理そうだった。
だからと言って、いくらリサの袋の中にあったネームド•アイテムを手にしているとはいえ、プリードにあの数を全て倒すことは不可能であろう。
だからプリードはリサが拉致された時見た、グール達の統率者と思われる笛持ちのフードを被った存在の姿を探し目を回した。
そして、その姿を見付けたのは驚きにもプリードのいる入り口のすぐ隣であった。
どうやら今は眠っている様子だ。
またあの変な笛でグール達を操るより先にこっちから仕掛けるべきだと思って至急に身と心の準備を終えたプリードは、廃工場の中へ立ち入ると同時に思いっきり[避雷神の髪]を振るってフードの存在の心臓を刺した。
その直後、フードの存在は奇怪な叫びと共に血を撒き散らしながら死んだ。
そしてその叫びのせいでプリードの存在に気付いたグール達はまた気持ち悪い笑い声を出しながらこっちに襲い掛かって、リサとロトはかなり驚いたのか大声を出した。
「プリード!」
「どうやって?!」
一先ずもっとも危険だと思われた存在を倒せたプリードは次の計画通り襲って来るグール達を[避雷神の髪]で刺して継ぎから継ぎへと倒し、多数に同時に襲われる時は[紫水晶のカーテン]を自分の頭の上に投げて外部からの攻撃を遮断した後、また隙を見て[紫水晶のカーテン]を戻してから[避雷神の髪]で攻撃することをひたすら続けながら着実にリサとロトのいる場所まで一歩一歩を踏み出した。
あまりの緊張感に息をする事も忘れて、ただそれを反復しながら進んだ。
未熟すぎる故に避け切れなかった傷もあっちこっち目に入ったけど、それでもプリードは膝を折ることもなく、立ち止まることもなくーーー 進んだ。
なんと合計13匹ともなる数のグールを倒したプリードはやっとリサとロトがいる所まで到達した。
「リサ様、ロト...」
プリードは自分を含めた3人の上に[紫水晶のカーテン]を投げて安全を確保した後、安堵の声で口を開けた。
「今すぐ彼から離れなさい!!」
しかしプリードを見たリサは何かを警告するように大声で叫んだ。
どういう意味なのかを理解するも前に、自分の腹部に大きな穴が突いた。
リサへの答えの代わりに口から血を吐きながら自分の腹を見ると、そこには... 笛と、それを握っているロトの手があった。
そういえば何で可笑しいと思わなかったのだろう......
ロトの体が拘束されていない事に、どうして疑問を抱こうとしなかったのだろう.........
息なんてできない上、できたとしてもあまりの激痛でまともにできない状況でもプリードは目を開けて自分の友、だと思い込んでいた彼の顔を唖然と眺めた。
血液は体外に流れ出て、酸素は脳に届かない現状がどれほど続いたのであろうか......
ロトが[避雷神の髪]と[紫水晶のカーテン]の両方を手に取る事まで目にしたプリードは、
結局気を失ってしまった...
までを見たプリードの視野が、突然暗くなった。
《¤》
「ここは......?」
城を思い出させる豪華でマジェスティックな場所で目を覚ました目を覚ましたプリードは当然な疑問を口にした。
果てを知れない程広かった。底知れない程高かった。しかしそれだけであって、何の飾りも無く、白いだけの...... そんな未完成の空間で誰かの声が聞こえて来た。
「ようやく届いたのか...」
「誰?」
どこから発されたのかこの空間に誰かの言葉が響いた。プリードはその声の人を探すために動き回ったが、見付けることは出来ずまた声が聞こえて来た。
「ここに辿ったという事なら、時が満ちたという事か...... 良いだろう。言うが良い、貴様が求める力はなんだ?」
そんな訳のわからない独り言にプリードはまた疑問を口にした。
「力なんて... 僕は、そんな......」
「力を欲しないのか? 全てを飲み込む力を、果て知らず全てを打ち倒す究極の力をーーーー」
「うん。」
即答だった。
随分驚いたのか、誰かはしばらくの間を置いて口を開けた。
「では質問を変えよう...」
しばらくの静寂の後に誰かは再び質問した。
「では貴様が求める理想はなんだ。貴様が目指す事は、一体何なんだ。」
その質問にしばらく悩んでいたプリードはたちまち笑みを浮かべながら答えた。
「リサ様のような方です。美しくて、強くて... 素敵な。僕はそんな存在にはなれないと思いますけど、少なくとも全てを受け止める、そんな... 誰かに優しく手を伸ばしてあげられる人にはなりたいです。」
そう、プリードはあの日救われたのだ。
自分に伸ばしてくれた彼女の手にーーー
自分の頭を撫でてくれた優しい手にーーー
自分の手を握ってくれた力強い手にーーー
プリードは確かに救われていたのだ。
だからーーーーー
自分もまたいずれかそうなれたいと憧れたのは、むしろ当然な理屈であったのかも知れない。
プリードの答えを聞いて何故か笑ったような誰かは最後の言葉を告げた。
「良いだろう! 俺はそんな貴様の哀れなあり方を肯定し、これを預けよう。貴様の歩む先で過去の果てと共に永遠を断ち切る事を待つとしようーーー さあ、目を覚ませ! プリード•ザ•ブラッド!!」
その誰かの声を聞いた事を最後に周囲の景色が薄れて行った。
《¤》
「あーあ、本当に大変だった。」
ロト。
フールネーム「ロト•ザ•シュリエル」。
没落した貴族である「シュリエル家」の一員であり、バウンティハンターを生業としているヴァンパイアである。
彼はそれが依頼であり、報酬さえ貰えるなら汚れ仕事も何もそれを遂行した。
10年と言う経歴を誇る彼は、なんと仕事に置いて失敗した事なんて存在しない敬義なキャリアを持ち、かれは自分の家紋からも認められ、[汚鬼の角笛]というネームド•アイテムを授かるという栄光を手にした。
そしてそれと同時にシュリエル家はちょうどその時厄介事であった都合の解決を彼に仕事として一任した。
その仕事とは、自分たちの家紋が保有している世界を渡るビジョンを使って向こうの世界に送り出した「ブラッド家の小僧」を確実に仕留めることであった。
自分の家紋にそんなビジョンを持っていた事も、別の世界という事が存在するという話を始めて聞いた上、そんな事が本当にあるのか信じられなかったけど、それでも家紋の方から自分を信じて直接仕事を依頼しくれたという事で胸が一杯になったロトは、たとえ成功事例が無かったとしてもその依頼を受け入れて次元跳躍を挑んだ。
激痛が脳みそを嘗めて全身の骨は粉に化して口から吐き出されるような衝撃に襲われた後...... 目を覚ました其処は、始めて見る建物や機械という名のアイテムが周囲に溢れる、血も空も、そしてそこに居る顔色も灰色の世界... 自分が居た世界とは別の世界である事が確かなーーー 魔力が欠片も存在していないこっちの世界に到着したロトの体は縮んでおり、体力は驚くほど減っていて少しだけ走ってもすぐ息苦しくなった。しかし、成功事例0というビジョンを使っても生きている。体内に魔力はある。手には[汚鬼の角笛]があった。
現状を把握して何の問題もないと判断したロトは自分が仕留めるべき「ブラッド家の小僧」を探し始めた。
青目しか存在していない世界で自分と同じ、ヴァンパイアの赤目を探し出す事は、案外大変であった。
その理由の一つに、この世界の常識が自分のものとあまりにも異なっていた。だから先ずはこの世界の事を知っていくことから始めた。
仕事をする際は、目標者に限らずその周囲を完璧に把握してそれに適応する。
それがロトの仕事に置いてのモットーであった。そうやってロトが何よりも先にやったことは目の色を変える事であった。瞳の上に被せるアイテムでもあったら楽だったはずだろうけど、そんなことが無かったとからあっさり通り過ぎていた行人の両目玉を抜いてからそれを自分の目と入れ替えた後、視覚細胞を魔力でなんとか繋げた。
二つでは、人間が多過ぎる。
多人数でうらうらする人混みの中から一々目を確認しながら歩き回る事は大抵ではなかった。
それに、あまりにも低い体力のせいで一日に動ける行動範囲にも制限があった。また、ロトが狙っているあの「ブラッド家の小僧」も今の自分のように目玉を変えてしまったかも知れなかった...... これが最もの心配であった。
しかしそうやって片っ端から探し回っていた最中、ロトの目に灰色以外の色が目についた。
それは赤色...... の目であった。
やっと見つけたという歓喜でその目の持ち主に目を送ると、横から見えている目は確かな赤色で、それを少し隠すようなもつれもじゃもじゃな黒髪の男の子、彼が自身に向かって突っ走っている馬車に気付けない事を見てこの体に残った体力、無い力を全て欠き集めて彼奴を引っ手繰った。
もしや自分の獲物かも知れないのに、馬車にひかれて形も分かれなくなっては困ったんだ。
少なくともロトには無事に処理できたという証拠が必要だった。
まったく... いろいろと面倒くさい奴だった。
とにかくその男の子を無事に救い出せたロトはその男の子の顔を確かめた。
先見た通りこの辺りでは見づらい黒髪に、赤い目であったーーー 片方だけ。
オッドアイ。ヴァンパイアと人間の間で生まれた者の証。
純血を重視するブラッド家の子供の中にダンピールがいるとは考え辛かったけど、それでも念のために名前を聞くと、その男の子は自分の名前を「プリード•ザ•ブラッド」と申し出た。
ブラッド.........
やっと見つけた。
仕留めるべき対象を見つけることだけになんと2年が消費された。
しかしその長い間、ロトもプリードの事を探していただけでは無かったと。
プリードの事を探していた途中どうしてこっちの世界に存在するか知れないグールを数百匹も見つけて、そいつらを自分の、この[汚鬼の角笛」を利用して部下にさせる事ができた。
初めてプリードと会った時は人間が多すぎたためやけに騒ぎを起こすことを心配して夜まで隣に付いていながら透きを見た。
なのにトイレに行って来ると行ってから木の後ろに行ったことを最後に、プリードの姿がどこにも見えなくなった。たかだ木一本を間にした距離にいたのに、その僅かの一瞬で自分から逃れたのであった......
馬鹿で軟弱なだけの奴でしか見えなかったのに... 腐っても貴族の子であるということか、ロトはその日からまたもまた2ヶ月の間夜にも眠れずプリードの事を探し回らなければならなかった。
そうやってロトがまたプリードと再会できたのは人混みの中から血の霧を目撃した日であった。
どうやって接近しようか考えるも前に、ロトは我を失ってプリードの名を呼んでいた。
しかし、幸いと言うべきかどうやらプリードはロトの事を友達だと思っていたらしい。
そしてそれを利用する事にしてロトもプリードに合わせて今も友達だと誤魔化した。
それを聞いたプリードは心から安心したように微笑みまで浮かべやがった。
不愉快だったけど今は我慢して、グールを使って今プリードが拠点にしている居場所を突き止めたけど、プリードの側に姫ともなる存在が居てはむしろやられるかも知れないと思い、一旦引いた。
それから翌日、朝に目を覚ますと全身がズキズキするくらい濃厚な魔力が広がり始めると、この町の全てを包んでいる霧と混ざり合うと、視覚的にも魔法的にも一歩先も見えない状況を成した。どうしてこんな奇怪な現象が起きたのかは知れなかったけど、これこそ姫にごっそりブラッド家の小僧、プリードを仕留められるチャンスだと思ったロトは直ちにグール達にプリードを襲わせた。
順調に進んでいてプリードが死ぬまで僅かの瞬間、誰かが現れてプリードを救出してはその場から去った。
視覚的にも魔法的にも視野が妨げられていたのはロトも一緒であったため、その誰かが一体何者なのかは知れなかったけど.........
とりあえず確実に姫とプリードの二人を切り離すべきであると思ったロトは無茶をしてでも姫を浚うというかけに出た。
そして、今。
プリードは無事に殺せたし、姫は思ったより無能で捕らえやすかった。
ヴァンパイア達の姫で偉い身である彼女がどうしてこっちの世界にいるのかは知れないけど、とにかくこのまま捕まえたまま連れて行けばきっとそれに値する報酬と栄光が待っているのであろう.....
もうさっさとこのブラッド家の小僧の首を斬って長かった任務からから戻ろうとしたロトは驚きで目を大きく開けた。
無かった。
プリードの姿が、先程まで腹に穴を開けられて死んでも当然であった貧弱ーーーーーーだったダンピールが、凄まじい圧力を魔力の波動で撒き散らしながら......... ていた。
彼は服装まで変わって、王や騎士の事を思わせる黒赤い色の服装を身に纏っており、手の甲には謎の紋様が浮かんでいた。さらに何よりも、彼のその眼はどっちも深紅の赤に輝いていた。
「ハーミット状態。」
いつの間に入って来たのか鎌の上に座って空を飛んでいるリリートがリサに聞こえるように呟いた。
「リリート?! っていうか、あれが...... プリード•ザ•ブラッドの、真の力。」
プリードの体内から感じられる魔力の量は今大気中を埋めている頭可笑しい濃度の魔力に等しい、この前までのプリードを見ては予測もできなかった破格的な量の魔力が涌き出ていた。
「はい。そして......」
リリートが振るった鎌で容易く途切れた鎖から解放されたリサはまだ何かあるという感じのリリートの口に黙ってプリードの方を眺めた。
「なんだ、その姿はまたなんのアイテムだい? プリード!」
しかしロトは様子を見ることはせず、たかだプリードに過ぎないと思って手にしている笛を吹いた。
頭に響く笛の音に従い、グールのうちプリードの近くにあった連中が一斉にプリードを囲んで飛び掛かった。
しかしそれと同時にプリードは自分の手を前に伸ばした。
すると、
プリードの手に浮かんだ謎の紋様から現れたのは、黒くて美しい、細いけど強そうな...... まるで黒い薔薇の事を思わせる、一本の剣が現れた。
黒薔薇の剣。
プリードの中に刻まれていて、彼が求め、彼に応じた... 彼一人だけのために預かれたネームド•アイテム。
その力は、「この剣の刃と接触した対象の魔力を無慈悲に吸い込み自分の物にする」という事。
いくらその魔力の量が数万、数億、数兆であろうとも...... その全てを吸収し、持ち主に提供する究極と呼ぶに値する力であった。
そして今その剣の刃が接触しているモノは空ーーーー 大気中に溢れている...... ロンドン市内を完全に包んだ莫大な量の霧、その中に混ざっている魔力の全てであった。
魔力が動き、霧が流れ、大気が集まる。
風ではない。しかし魔力と共に此処に集まれたロンドン全域の空気は突風となりプリードの身を包んだ。霧は含まれた魔力を丸ごとプリードの剣に吸収され消滅した。果てないと思われた魔力は一欠片も残されず吸収され、中身を失って元の居場所に戻ろうとする風は、破裂し周囲を掃き飛ばした。
その風圧だけで飛び掛かったグール達は遠く飛ばされ、放置されていた廃工場の壁は崩れ、その原型はどこでも見当たらなかった。
継ぎから継ぎへと奇妙な出来事を起こし始めたプリードを見て焦りが出たのか、ロトは急いで笛を吹いた。
「あ、彼奴を早速殺せえ!!」
その笛の音に従い、未だに200匹も残っていたグール達がプリードを囲んで一斉に襲い掛かった。
しかしそれを横目で見たプリードは手に握っている[黒薔薇の剣]を周囲に向かって振るった。
先のより強力な風圧を発しながら振るったそれは赤い軌跡を残しながらグール全員に殺到し、その存在を両断した。
さらに常識離れの魔力が込められた一振るいを直撃で受けて原型を保てるはずもなく、一斉に取り囲もうとしたグール達は一気に赤い液体のみを残して消え去った。
「......」
これでロトに従い、その身を守ってくれていたグールはもう一匹たりちも残っていなかった。
プリードとロト。
一対一の状況。
ロトは最後の悪足掻きか、下唇を噛むと[避雷神の髪]を持ってプリードに突っ掛かった。
[避雷神の髪]。これに胸を当たった対象は体内のすべての血液を全ての穴から吐き出して死ぬ、という超協力なネームド•アイテム。
しかし、それはすなわち......
胸にさえ当たらなければただの棒に過ぎないという事... それもやけに短い、だ。
ロトが外から内側で横に振るった[避雷神の髪]を、プリードは大きく一歩を退くことで簡単に避けた。
しかし、バウンティハンターの名がただでは無かったのか、ロトは振るっていた最中プリードが後ろに避けたのを見た途端右手に持っていた[避雷神の髪]を空中に手放しつつ、左足を一歩先に進ませた。それからロトは空中を飛んでいる[避雷神の髪]を左手で掴み、すでに左足を出して前に傾いていた体の重心を利用して[避雷神の髪]を前方に突き出した。
変則的な第二撃に、プリードは自分の剣をぶつけてそれも防いだ。
さすがのネームド•アイテムと言うべきか、どっちも壊れることなく競い合い状態に入った。
「......」
「ちっ...!」
競い合ってるとは言えども、体内の魔力量の数値はプリードの方がはるかに格上だった。
しかし、そうとは言ってもロトは10年近くバウンティハンターとしての経力を有する者。
いくら常識離れの魔力を手に入れたとはしても、それは所詮いきなりの出来事。
戦いに置いてロトとの経験の差は決して容易く覆るのではなかった。
ロト自身もその点を知っていたため今もまだ引こうとしなかった。
だからロトは即死の一撃を狙って自分の過去十年間で身に付いた技を駆使してプリードの単調な攻撃を流し、防ぎ、反撃を試みた。
しかし...
ロトは目の前のあまりにも強力なオーラを漂っている相手との戦いに気を使いすぎていたのか、最も肝心な事を忘れていた。
それは......... こっちの世界に来てから、以前バウンティハンターとして活躍していた時とは比べ物にもなれない程、自分の体力が落ちていた事であった。
人混みの中を走るだけで息が積もる体力だ。
戦いという身動きを、それも全ての神経を費やしながら連鎖的動きを取っている彼の体は...... 次第に動き辛くなり、その果てには息をするだけが精一杯でプリードが振るう[黒薔薇の剣]も避けられず、自分の身を両断する攻撃を待つことしかでき得なかった。
.........
...
...............これは彼の敗北と呼ぶに相応しくない。
これは、そう。プリードがただその瞬間に弱かった事だけを考えてどうして