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  • 現代ファンタジー

Hermit3

《¤》

走って走った。
結構走ったはずだ。しかし自分が追っている笑い声の音は少したりとも減っても、増えてもいなかった。
まるでプリードの事を嘲笑うか、誘っているかのようにずっと距離を維持したまま子供のような、しかし気持ち悪い笑い声を送って来た。
明白に持ち遊ばれている状態であったけど、プリードの脳裏には頑張らなければ、という強迫観念に等しい一念(目標)で荒い息を吐きながらもひたすらその音だけを追い掛けた。
そんなプリードが足を止める事になったのは、周囲の景色が変わってから大分時が経った後の事であった。
転がっている死体と灰色で生彩のないロンドンの繁華街とは違って、鬱蒼たる森林と色とりどりの花々が満開している深い森のど真ん中であった。
ここにはもう先までの濃くかかった霧はなかったものの、空高く立っている木はその枝と葉で太陽の光を遮断して結構暗い視野を提供した上、その暗さはプリードにその森の中にある小動物や昆虫の姿を見る事を許していなかった。ーーーー勿論、あの笑い声の持ち主の姿さえも……
「ーーーーーー!!」
悲鳴のような奇怪な鳴き声が自分の左側後方から聞こえたという事を頭が認知した瞬間、プリードの腹ごと大腸の一部が切り落とされた。
まるで鋭い鋼のような物で切ったように少ない肉と脂肪層は千切れてその下にある骨にまで傷が出来ていた。そしてそれと同時にプリードは自分の脳の中身が氷に入れ替えられたのではないかという錯覚すら呼び起こす激痛の中で良くも気を失わなかった。しかし、それっきりでもう力が入らなくなった手足は崩れ、膝を折ってしまった。
そしてそんなプリードの様を嘲笑うかのように再びあの笑い声が聞こえてきた。 ……今度は鼻の先であった。
開けられる事を拒否する目で見詰めた自分の目の前には暗い陰と沢山の草むらを後にして赤く輝いている目でこっちを眺めている化け物がいた。その体はホームレスであるプリードより乾いて体内の赤く青い血管が皮膚の上に突き出ていた。
頭には大きく開けた目と、裂けた口。そしてその中から見える鋭くてくねくねしている歯は十分なだけに恐怖の印象を与えていた。そして何より、その手にある爪は鋼のように鋭く輝いていて、その先には直前までプリードの体内を回っていた鮮血が流れ落ちていた。
そして、その後ろにそれと同じ格好の化け物が数十、数百………
そのまま気を失っていれば良かったものの… 残酷な恐怖が僅かに残っていたプリードの理性を崩壊させた。
「うああああああ!!!」
原始的な恐怖から招来されたプリードの裂帛な叫びを合図に、とんでもない数の化け物達が一斉に襲い掛かった。
一部は直接プリードに襲い掛かった。
一部は周囲を囲んでプリードの退路を立ち切った。
またの一部は素早く周囲を掛け走ってプリードの焦りと恐怖心を増幅させた。
プリードは何としても森の外まで逃げようとしたけど、大腸が千切れた人の身が今両足を引きずってでも足を踏み出している事だけでも異常事態である事を知る余地もないプリードは歯を食い縛りながらどうにか言うことを聞かない足をむち打ってこの化け物達の巣窟から逃れようと腹部から流れている血には気も遣れず前だけを見て逃げ続けた。
しかし、プリードが残したその赤い軌跡を舐めながら追って来た化け物のうち一匹がプリードの左足を太ももの下から切断して地面に転ばせた。
あまりにも細くてか弱い足の切断面の両方から、どこにそんな大量の血液が入っていたのか信じられないほど大量の血が出て、抵抗もなく倒れたプリードの体と地面を赤く染めた。
あまりにも極悪な激痛に脳が麻痺されてしまったのか悲鳴どころか、呼吸すらまともに出来ないプリードの事を嘲笑うかのようにクスクスと笑い声を出しながら集まった化け物達はまだ体に付いているプリードの右足を握り潰すと、そのまま口で皮膚と筋肉を容赦なく食い千切った。
いい加減脳がショックで気絶してしまっても良さそうな酷く残酷な状況でもプリードの意識は途切れることを知らず、当のプリード本人も考えがなくなったのか、それとも悪足掻きの心算か、地面の石ころを拾って投げたり闇雲に拳を振るった。しかし周囲の石ころやプリードの手の数は彼を取り囲んでいる化け物達の数に比べ少なすぎた上に、化け物達は当たることを気にもせず、むしろ口で掴んでその下にある筋と血管の断面を表せた。
「ああっ! あああああぁあ!!!!」
人が出した音や声とは呼び難い叫びが閉ざされないプリードの口から弾け出た。
しかし数々の化け物達はクスクスと笑い声を出しながら、まるでそんな彼の様子を観覧するためかそれ以上プリードの事を攻めず放置した。
勿論とっくに千切れるまで千切で穴が明くまで明いたプリードの五臓六腑からは止むことを知らずに大量の血液が広がっていた。
それは戦闘ではなかった。
それは戦いではなかった。
それは、ただ蹂躙と愚弄であった。それも一方的な………
ぼやけていく意識の中でプリードは自分を囲んだ数多くの赤い光点とそれらより遠くに立っている小さな誰かの姿が見えたのを最後に、気を失ってしまった。


《¤》

「プリード•ザ•ブラッドはどうなのよ?!」
広くてそこそこ綺麗な、この前までと変わりない旅館にいつもの偉くて頭高さはどこに行ったのか、腕組みをしているリサは、何とか余裕ぶっていようとしていたけど、その手は不安と焦りで忙しく動かしていた。
そしてリサが話し掛けた相手であるリリートの足元には人の形さえ維持していない酷い格好で死にかけているプリードが横になっていた。
「はい。勿論です。他の誰でもないプリード様ですもの…」
いつもプリードの事を愛していると口にしていたリリートは、この場で最も慌てると思われたリリートは、今この場所の誰よりも落ち着いた顔をしていた。
「君はあんな状態になったプリードを見ても何ともないの?! ちくしょう… せっかく転がって来たチャンスだったのに…… やっぱりこんなに軟弱なガキでは……」
「大丈夫です。」
即答であった。
「でもあれは…!」
「大丈夫です。」
「そう。」
リサはもうこのやり取りに意味なんて無いと判断し、先から気になっていた点を聞いた。
「っていうか、貴方はまたどうやってあれから出たのよ…?」
リサはリリートが手にしている、ここから出る時にリリートの頭の上に投げた小さな宝石、[紫水晶のカーテン]というネームド•アイテムのことを言った。
そのネームド•アイテムの力は、一定の対象を取り囲む紫色の障壁を作り出して、物理的攻撃及び魔法から内と外を断切させる無敵化の能力。
それを解除するためにはあの宝石を取り除ける他無かった。
だからリサは今度こそリリートの行動を制限しようとこのネームド•アイテムを使用したものの、当の彼女はまたもまた普通にそれを攻略していた。
「これ、内側からも取れるんです。」
リサと余計話を交わす間に覚悟を決めたのか、最後で死にかけているプリードに向かって呟いた。
「はい。きっと、大丈夫です。」
やがてリリートは自分の胸の懐から小さな種のような物を持ち出すと、そのままそれを皮膚表層がなくなって赤裸々に蠢いている内蔵に直接埋め込んだ。
「ちょっと! 何を……」
リリートの突発的な行動に慌てたリサはそんな彼女を叱ろうとしたけど、次の瞬間起きた現象を目にしたリサはその身動きと口を止めた。
リサの目に見えたあれは、プリードの体内にリリートが埋め込んだ種のような物から神秘な色の蔓がプリードの全身を巻き付けると、やがて彼の体から血が止まって、筋肉は再生され、新たな皮膚が生えた。
まるで「再生」に呼ぶに適したその光景を、リサは目も口も閉じられず眺め続けた。
「う、うぅう……」
体の全ての傷が「なくなった」と同時にプリードは意識を取り戻したけど、呻き声を出しているプリードの頭をリリートが優しく撫でると、それっきりで均等な息の音を出しながら何か良い夢でも見ているかのように安らかな顔で眠り始めた。
リリートは夢魔である。彼女に取って人の夢を操作する事くらいは大したことでもないだろう。
「何よ、そのあり得ないアイテムは… 治癒でもなく再生級の力なんて! そんなネームド•アイテムなんて聞いた覚えもないわよ。」
「ただ… 此処に訪ねた来客からの贈り物に過ぎません。」
本当に大したことのない物のことを言うように、リリートの顔は真面目であった。
「誰がそんな……」
しかしどうしても訳が理解できないリサは文句の混ざった独り言を呟いた。
その疑問も当然と言えば当然で、リサはこっちの世界へ逃げる際にその世で優秀と語れる全てのアイテムが集まっている女王の倉から使えると思ったネームド•アイテムを袋の中にかき込んだのである。
だから彼女が知らない、それも格離れのレベルで優秀な謎のアイテムを見たリサは吹っ切れない表情を浮かべていた。
「この世界には認知さえ超越した存在もいるのですよ、小さなお姫様。」
しかしそんなリサにリリートはどこか遠い目でそう答えた。
「なによ、そんな凄いアイテムを持っているならさっさと他のも出してよ。」
「何を、ですか?」
「あるんじゃないの? 君が言っていたハーミット状態にさせるアイテムとか一気に強力にさせられるアイテムとかよ。 もうこの子は弱すぎて私の夢を叶えるための駒として使っても良いのか最近結構悩んで…………」
自分が思っていた不安とプリードへの頼れなさを素直に苦情を言っていたリサの言葉を切って、リリートが口を開けた。
「あのですね…… 何の資格でそんな偉そうにふざけているのですか…?」
その声は、怒っていた。
「プリード様はすごく頑張っているのですよ! それもひたすら貴方のためだけに! 分かります? 貴方に喜んでもらおうと、貴方に認められたくて、褒められたくて純粋に無理してでも頑張っていたプリード様の事を! その気持ちを少しでも考えようとしたことはありますか?!!」
なかった……
「貴方はいつもいつもプリード様の事を弱いとか軟弱だとか… ただ自分の欲望を満たすための、駒や道具でしか見ていないのでしょう?!!」
そうだった……
「女王になろうとしたら逆に追い詰められてこっちの世界に逃げたくせにその時開けた次元の穴でこっちの世界に魔力を輸出させて今のような大惨事を起こしては、その後片付けのために調べていた途中にプリード様は謎の存在から襲撃され本当に死ぬところだったんですよ! 逃げて避難した身の分際で、周囲に迷惑ばかり掛けて!!」
全くその通りであった。
「このままプリード様を貴方の側に居させては貴方の迷惑に巻き込まれて大変になりかねないと判断しました。ですのでプリード様は私から保護します。」
その言葉を最後にリリートは横になっていたプリードを胸に抱いてその部屋から出てしまった。
リリートは怒った。怒っていた。
自分が心から愛する人が他の人に愛を向けていることが。
なのにその相手からは少しも認められない哀れな姿を見ることが。
いつも自分が好きな人の悪口を聞くことが。
それが、何度も何度も何度も積もって積もった果てにーーーー今、爆発したのである。
そして彼女の叱咤をその身と心で受けたリサは、どうして彼女がそこまでの事を知っているのか、という当たり前の疑問も忘れてその場に立ったまま固まっていた。

《¤》

今は一人になったリサは光り付いていない部屋の中に座り込んでいた。
周囲に迷惑ばかり掛けて退屈なだけの女王(母)が嫌になったから私が女王になってやろうという夢を持って一人で反逆を起こした。何もやれずにやられた私は最後の抵抗の心算で女王が保有している財宝の一部と次元を越えられるという「シュリエル家」のビジョンを使って、自分が住んでいた所とは違う世界にまで逃げて来た。
なのに当の私がこっちの世界にとんでもない迷惑を掛けてしまったようだ...
此処の町中の人間達を意識不明にさせた大惨事...... どう考えてもその原因は空気中に混ざっている魔力であるに違いなかった。
こっちの世界には存在するはずもなく、存在してはならない... 私がいた世界には何処にもあった、しかしそれの何百倍にはなりそうなあり得ない高濃度の魔力が...... こっちの世界の汚くて息苦しいだけだった大気中に広がってしまったようだ。
まったく... そもそも成功確率も少ない上、次元跳躍の存在すら知られていない事だ。どう考えても私があっちの世界からこっちの世界に渉って来る際に置いて開いたゲートが大きく関係している他あり得なかった。
本当に...... 恥ずかしい。
でも、一応自分の力で解決しようとしたけど、手がかりを見つけるどころか私のため
彼と出会った事は本当に偶然であった。
たまたまゲートを開いてこっちの世界に到着したポイントに誰かが倒れていて、たまたまぶつかって、たまたまその子が人間とヴァンパイアの間でのハーフ... ヴァンパイアの内唯一規則に縛られなくて女王を殺せる権利を持ったダンピールであって、そのダンピールの子がたまたまヴァンパイアの中でも体内の魔力量が最高級だと名高い「ブラッド家」のいちぞくであったまでだ。
あまりにも巨大な幸運とチャンスだと思い込んだ私は即座に彼を私のナイトとして任命した。
しかし彼、プリード•ザ•ブラッドはヴァンパイアの端くれと呼ぶにも恥ずかしい...... 血の誘惑に負けた獣も当然なグールに負けたのだ。それも死ぬ直前の無様な格好になって...
私のために... 私の夢のために、私を女王にさせるためのナイトだ。そのためにわざわざ手を伸ばしたのだ...... こんなに弱いと、困るんだ。
しかし、それもある程度は私の管理不足が問題なのかも知れない...
要するに、全部私のせいになるという訳だ。
あのくそサキュバスの言う通りだ......
そういえばあのサキュバスの奴...
どんな手を隠し持っているのか、結界を破ったり、首輪の抑止力の中で泰然と動くなど、ヴァンパイアの貴族クラスでも不可能であるネームド•アイテムを無視するような行動が出来るだなんて......
もしそんな奴が本気でプリードを連れて逃げたりでもしたら、自分が持っているどんな手を使っても彼女を止められる事なんて不可能であるという事実を誰よりも熟知しているリサは困っていた。
一応あの子はいる方が良い。
だとしたら、これから一体どうして行けば良いのかが分からなかった。
そうやってしばらくを後悔と苦悩で悩んでいたリサの部屋にクスクスと気持ち悪い笑い声が聞こえてきた。
一先ず考えることを中断してその音がなっている方向ーーー 窓側を見たリサの目には傷だらけの格好に旅館の下から大量のグールの死体が見えていた。そしてそれを見る限り、おそらくリリートによって破れた結界の代わりに一時凌ぎ用の結界を張っておいたが、それを無理矢理一ヶ所に突っ込み続ける事で一匹程度がギリギリ突破できたようだとリサは一瞬で現状を把握した。
しかし、どうせグールのような低級な存在は姫である自分に手を出せないという事を知っているリサはしばらくを腕組みをしてそのグールを見下していると、ストレス発散でもする心算で自分の袋を手に取ったーーー その瞬間、彼女の側頭部に加えられた衝撃に気を失って倒れてしまった。

時間と場所を変えて、少し前。リリートとプリードの居る部屋。
扉を閉めて大切に寝かせたプリードの顔を眺めながらまたもやため息をついたリリートは悩み事に陥った。
もしや自分が言い過ぎたのではないか、また自分の考えばかり口にしたではないか、そして言葉に誤りを犯したのではないか、リリートは苦悩した。しかしその内短く首を横に振るうと言った。
「でも、これは正当よ。え、そうよ。」
そうやって自分を納得させていたその瞬間であった。
グールがリサの部屋に侵入し彼女をさらった事はーーーーー
音が聞こえた、窓ガラスが割れる音が。
匂いがした、汚いグールの臭い匂いが。
姿を見た、リサを肩に背負って走るフードの姿を。
しかしリリートは直ちにいっそう両目を閉じてしまった。
そう。自分は聞けなかったのだ。見てなかったのだ。知れなかったのだ。動けなかったのだ。
自分がわざと彼女が危険にさらされた事を黙認した事を知られたら、プリードが大いに悲しむと思ったリリートはそうやって自分自身に言い訳を述べながら未だに寝ているーーーーはずだったプリードの姿は何処に行ったのか消え、外からの風が開いた窓の向こうからカーテンを靡いていた。

何かが割れる、小さい頃からよく耳にしたその暴力の音に自動的に目が覚めたプリードは自分の目の前で月明かりを浴びているリリートの姿に一瞬目を奪われてしまった。から、彼女が見ている視野の先に目を送ると、そこにはリサを肩に背負った誰かが走っている姿が見えた。
明らかにリサが危険にさらされている事実を認知したプリードは頭が考えるも前に、体が窓を開けて飛び降りていた。
2階から地面に飛び降りたことで感じられた足裏の痛みも後にしてプリードは必死にその誰かの後を追った。
異常なほど軽い体を加速させリサに手が届く直前の瞬間、自分が追っていた存在が振り返ると何かを振るった。
突然の行動に立ち止まったおかげかその何かに直接当たらなかったものの、プリードが着ていたTシャツの腹辺りがあっさり切られた。
目の前の誰かと向き合うようになったプリードは相手の事を凝視した。
顔はフードを深くかぶっていて全く見えなかったけど、体格は小さくその手には先振るった物と思われるやけに鋭い感じの笛があった。
プリードはこのまま突っ掛かって彼の肩にいるリサを取り戻そうかと悩んでいたけど、先に動いたのはフードの存在であった。
先は振るった笛を今度は口に運ぶと、それを力一杯吹いた。いきなり何の事か唖然としていたプリードの腕を、誰かが掴んだ。
驚きと共に手を振るってそれを塞いたけど
その手にそって視線を移すと、そこには......... 昨日の化け物がいた。
そしてその姿を見た途端体が覚えている恐怖に未熟な精神が耐えず、プリードは足から力が抜けてその場に倒れ込んでしなった。
その間にここから離れて行くフードの存在を見たプリードは何としても彼を追おうとしたけど、その直後、プリードの前を立ち塞がろうとするかのように現れた数十の化け物達を見て、その気も一瞬折れてしまった。
さらに、再び化け物達に囲まれた、それも捕まれた状態になっていたプリードの頭が真っ白になろうとしたーーーー 直前の瞬間、プリードの視野が紫色に染まった。
正確にはプリードを囲むように紫色の壁が出来て、プリードをグール達から隔離させていたのであった。
何事か思ってたプリードは手を伸ばしてその壁を触ってみると、確かに半透明で外の光景は見えているものの、確かに壁が存在していた。
さらにそれを証明するかのように、周囲を取り囲んでいるプリードに近付けずその周りを彷徨くばかりであった。
しかし、誰の仕業か一応安全は確保されたようだけど、これ以上どうすれば良いのかで悩んでいたプリードは、その次の瞬間...... 空を飛んでいた。
空を飛んでいる浮遊感を味わっていたプリードは後々自分の手が暖かく、そして強く握られている事に気付いてそれに目を送ると...... そこにはリサがプリードの手を握っていた。
どうやらまた危ない目に会うところだったプリードを救ってくれたのは彼女のようだ。
しかし、ありがとうと礼を言うプリードに対し、彼女の表情は見えなかった。
いいや、悲しい(怒りの)表情を、ただ見せたく無かったのかも知れない...

《¤》

「お姫様を拉致した存在はグール。先日、プリード様の体を切り散らした化け物の名です。」
プリードも見て知っている事をリリートは敢えて口にした。
「じゃ、あの
確かにグール達は最初からではなく、あの笛の音が鳴ってからプリードに襲い掛かり始めた上、知能があるとは考え難い存在が、それも団体でまるであのフードの存在を守るかのような行動を一斉に取った。どうしてもあの笛に何かあると確信を持ったプリードはリリートにその情報を聞いた。
「笛とグールというなら考えられるのはただ一つ。[汚鬼の角笛]。数年前から行方が曖昧だったネームド•アイテムです。その力は、周囲の知能の低い存在… 例えば動物やグールなどを思うがままに操れるという事です。そんなネームド•アイテムがあっち側にあるなら、こちらの勝率は尚更ありません。」
リリートはまるで一口先にプリードを止めようとする意志を込めた単語を敢えて入れつつ話した。
「……」
そしてプリードもそんなに勘の悪い者ではなかった。
いいや、むしろ残酷なだけの社会を生き延びるためか、率直に言ってプリードは他人より勘の良い方であった。
「リリートは僕をリサ様を助けに行くことに反対なの?」
「勿論です。」
即答であった。
しかし、リリートの言葉はそこで止まらなかった。
「プリード様。世界は広いんです。人は多いんです。そしてその分貴方が求める親切を与えてくれる人たちはきっと沢山います。勿論… 私もいます。ここで引き返す道もきっとあります。ただ過去を、あんな悪夢を、彼女を、そして私すら、最近あった出来事なんて全部忘れて…… 貧乏でも、辛くても、それでも生きていくという選択肢もまだ貴方にはあります。だから大丈夫なんですよ! 自分をそんなにおとしめなくても… そんなに、自分の事を傷つけてまで苦しむ必要なんてどこにもありません!! ……どうか、貴方自身のためにしてください。貴方は、そうしても良い程充分凄い方です。私が……惚れた相手です。」
「………」
始めて聞いたリリートの真剣な言葉と、彼女の目から溢れている涙を、彼女がやっと溢れる涙を見せた事に、プリードは口を開けられなかった。
「プリード様?」
何度も自分を呼び掛ける彼女の言葉に、プリードはやっと口を開けた。
「ねえ、リリート…… 君はどうしてそんなに僕のためにしてくれるの?」
プリードの答えではない疑問に、リリートは釈然としなかったけど、それでも彼の言葉であったため答えた。
L私はただ、はい。ただ貰った恩を返している事に過ぎません… 貴方こそ私を、どれほど… 何度も救ってくださったのか…… ただ自分が好きになった方を助けたくて、ただそんな女の心からです。」
リリートが胸辺りに両手をぎゅうっと握りながら昔の事を思い出したのか流れ落ち始めた涙を拭くこともせずプリードに自分の気持ちが、彼が幸せであって欲しいという想いを吐き出した。
そしてそんなリリートの話を全て聞いたプリードは、今度こそ答えた。
「うん。僕も一緒… かな?」
確かにリリートの言う通りに他の誰かが手を伸ばしてくれるかも知れないし、またの何処かに自分が望む以上の素敵な生活があるのかも知れない。
でも、
プリードに実際手を伸ばしてくれて、その生活の全てを与えてくれたのは他の誰でもない、リサであったのだ。
この過去は、この事実だけは… 他の選択をしたとしても彼の頭にずっと残り続いたはずだろう。
「僕はあの方の力になりたい。あの方の喜ぶ姿が見たい。これはリサ様のためだけじゃなくて僕が、そうしたいからだと… 思うんだ。僕に優しく手を伸ばしてくれたあの方のためなら、僕は頑張れるからーーーー だから… 行かせて、リリート。」
珍しく堂々と顔を挙げて、自分の事を口にしたプリードはプリードの目を見詰めながらまた聞いた。
「でも怖いのでしょう?」
プリードの体は、先のグール達と対峙した時から未だに震えを収められなかった。
だからプリードは素直に答えた。勿論自分の考えも。
「うん。あのね! だからね… どうか、どうしてでも手伝ってくれ。力を貸して貰えないかな、リリート。」
自分が思っても呆気ない程わがままで迷惑の話を自分のくせによくも言ったなと考えて先持って怖じ気づいたプリードは習慣的に目をぎゅうっと瞑った。
それからしばらく続いた静寂と、その果てにリリートがついたため息の音にプリードはもっと怖じ気づいて、肩をすくめた。
しかし次の瞬間聞こえて来たリリートの言葉は、プリードの予測(経験)とは格離れの言(こと)であった。
「やっぱり

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