深い煙が付いたロンドンの夜…
燻らし始めた産業工場の煙が息も出来ないほど濃い霧を成していた。
そしてそんな一歩先も見辛いロンドンのある小道の隅っこ。
「ふぅ… ここまで来ればさすがに大丈夫でしょう。」
人影のないそこにローブ姿の女性一人が荒い息を吐きながら、大分疲れたのか力なく座り込んだ。
座り込みながらローブの中から現れた彼女の髪の毛は周囲を塗っている霧の灰色の中でも輝いている美しい赤色で揺れてており、その下には赤い目と白い肌の綺麗な顔付きもまた次第にその姿を現した。
「…… にしても、ひどい場所ね… 此処。」
彼女が見回った周囲の風景はどっちも見えないほど工場の酷い煙が大気中を埋めていた。
「あうっ…」
だからだったのか、赤髪赤眼の女性の足元に何かが蹴られた。
女性が自分の足元を徒然凝視すると、そこには人が倒れていた。
もつれもじゃもじゃな黒髪にやつれている体のみすぼらしい格好のその男の子はこの時代の道端にある石ころよりありふれた存在……… ホームレスの一種であった。
ただ一つを除いてーーーーー
自分の体に加えられた衝撃に下げていた頭を挙げた彼の眼は片方は黒色を、そして残り片方は鮮明な赤色を取っているオッドアイであった。
その男の子の眼を見た女性は眼を大きく見張ると口を開けた。
「ねえ君、名前って何?」
「プリード… プリード•ザ•ブラッド。」
震える声で答えた男の子の言葉に、女性はつい口許が緩くなった。
「ブラッド… ブラッド、ね……」
独り言を粒やしていた女性は咳払いをすると穏やかな声と表情で自分の事をプリードと言った男の子にまた話を掛けた。
「おはよう?プリード•ザ•ブラッド。私の名前はリサ、姫よ。これから宜しくね。」
本人の名前をリサと明かした赤髪赤眼の女性は目の前の幸運を掴むために手を伸ばした。
しかしプリードはそんなリサの手と顔をぼうっと見詰めると、乾いた声で口を開けた。
「貴方は… 貴方は僕を見捨てませんか?貴方は、僕を一人にしないのですか……?」
その言葉を聞いたリサは伸ばした手を裏返してそのままプリードの頭を撫でながら言った。
「ああ、勿論さ。私の夢に掛けて誓うよ。私は決して君を一人にさせない。」
リサのその言葉を聞いたプリードはようやく安堵の顔を浮かべるとリサの手を包み掴んだ。
そう…… 私は決して君を捨てないよ。この手を離させないよ。
私のための、私だけのナイト。
私の夢を叶えるための私の駒……
「では早速… 私を君の家に案内してくれる?」
「……はい?」
ホームレスに堂々と家まで案内しろとのお姫様であった。
《¤》
「では君はこっちの部屋を使いなさい。」
場所は変わって木造で出来た旅館の2階の廊下。その40坪近くはなる広い空間にプリードとリサだけが立っていた。
ホームレスであるプリードとロンドンに着いたばっかりのリサが使うには豪華すぎる場所であった。
まるで貸し切りをしたという錯覚を呼び起こすその光景は…… 信じ難くも本当にリサがその建物全体を購入した事で完成された場面であった。
より詳しく事情を話すと……… プリードとリサが会ってばっかり行くところがなくて困っていた最中、濃霧の中で幸い目に入った「宿泊」という文字に誘われて旅館に入ったこの世知らずのリサは店主の狡猾な言い振りに騙され部屋一つを借りるのに3kgもなる金を 二匁も出す都合になって、さらに部屋二つだけでは身が満足を知らないこのお姫様はその5倍もなる量の金を店主に出し(奪われ)今に至ることになったのである。
金を見た途端店主のご欲に輝いていた目とよだれはあきれる見物だったけど、文明が発展し産業化が加速しているこの時代でそれは、明らかなご欲こそこの時代を発展させる原動力であるはずだろう。
とにかく… その店主のご欲にまんまと飲まれたお姫様は見事に過消費(詐欺被害)をされたのであった。
「なによ… 何か文句でもあるの?」
「いいえ! あの…… 僕を拾ってくれて、本当にありがとうございます… リサ様。」
物心が着いた忙しく動くだけに急々になった人々に蹴られ、いつも奪われて、裏切られ、無視されるばっかりの寂しくて冷たいだけの人生を生きて来た今年15歳の男の子は人とは違う変な目を持った自分の事を避けず、汚い自分の頭を撫でてくれて捨てないという言葉だけではなく、実際こうも豪華な居場所を与えてくれたリサという名の女性に感謝を越え敬意心すら感じていた。そしてそんな気持ちを少なくとも表したかったのか、プリードは自分の事を救ってくれたリサの事を様呼ばわりする事にしたようだ。
「フン! そういうの良いからさっさと洗って眠りなさい。」
そしてリサはそんなプリードの純粋な好意に恥ずかしくなったのか、顔を赤く染めて早く部屋に入ろという意味で手を振るった。
しかし……
「あの… 洗うって何ですか…?」
「は…?」
そう。このみすぼらしい格好のプリードは… この苦しい世界を生きて来たホームレスの男の子は…… 今まで生きながらたった一度も洗ったことが無かったのである。
広く広い木造の廊下には、もう気まずい静寂のみが漂っていた。
《¤》
およそ40分の時間が経った後。
結局片っ端から2階の全てのありとあらゆる扉を開けて確認した果てに、ようやくお風呂と思われる所を見つけたリサは次の困難に直面した。
姫ともなる自分に知らないことや出来ないことがあるということは彼女自身のプライドが許せなかったのであった。
だからリサは自分が下女達にしてもらった事を土台にプリードを洗うことを強硬する事にした。 ーーーーーー他でもなく洗濯室の中で、だ。
リサが一番先に思い出したのは水で体を浸す事であった。
そこまで思い付いたリサは床にプリードを座らせて隣の木の箱に入っていた水をプリードに丸ごと注ぎ込んだ。ーーーー 床掃除用の水を、服を着たままに…
その次でリサが思い出したのは方形の物(石鹸)を使って頭に泡立てる事であった。
周囲を見回していたリサは自分が探していた物ーーーー 洗剤用の石鹸を取り上げてプリードの頭に擦り始めた。
何とか頭に泡立てる事に成功したリサは根本なき誇りに自信が付いて振る舞いに戸惑いがなくなった。
そんなリサが取った次の行動は、床に転がっているボディータオル(靴ブラシ)を拾っては力強くプリードの体(の上の服)を擦った。
そうやってプリードの体(の上の服)の半分を洗わせたリサはやりがい一杯の顔で言った。
「さ! もう分かったでしょ? 後は君一人でやりなさい。」
ほんのわずか上気した顔で微細に荒い息を吐いているリサが渡したボディータオル(靴ブラシ)を受け取ったプリードは首をうなずくと、彼女にされたまま…… 靴のブラシで自分の服を擦り始め、抜かり無く(洗剤用の)石鹸が付けられたプリードの体に直々水を掛けてくれた。
このおかげで確かに綺麗になれた。プリードの服が……
《¤》
「ではもう眠りなさい。」
やったという考えでドヤ顔になったリサと全身が濡れ濡れになって頭の天辺から足の先まで水が落ちているプリードが再び先まで立っていた廊下まで戻っていた。
今のこの状況だけを見ると、リサがプリードを苛めたと十分に思えそうだけど、肝心なプリード本人はただ夕立にあったくらいでしか思っていなかった。
いいや、むしろ彼女が自分のために何かをしてくれたことに感謝すら感じていた。
「はい。あの… その、おやすみ…… なさい? はい。お休みなさい。」
プリードは生まれて初めて使ってみたその言葉にそっと微笑みを溢した。
そしてその言葉を聞いたリサは照れくさいのか小さな袋から紫色のランプ一つを出して置いては速やかに自分の部屋に入ってしまった。
リサが部屋に入った後にもきょとんとその場に立っていたプリードは彼女が入った扉の向こうへ頭を下げてからようやく自分に与えられた部屋に入った。
困ったことがあったり、水に濡れたりで大変だったけど、今日の一瞬がプリードが覚えている人生の中で最も暖かい日であったに違いないと確信を抱いたプリードは久しぶり、もしくは初めて感じてみるベッドのふわふわに身を寄せて眠りに付ーーーーこうとした瞬間、
「お邪魔します~♡」
何処から現れたのか知れない晴れやかな笑顔を出している誰かがプリードの腰辺りに腰掛けて、その手に握っている鎌を大きく振るおうとしていた。
そしてそのまま振るわれた鎌は止まること無くプリードのお腹を切り分ける如く貫通して、それに伴ってまだ濡れ濡れでプリードの体にぴったりくっついていた服のみが粉々に破れて彼の身には糸一筋も残されていなかった。
それによってプリードには自分の上に乗っている女性の、下半身の感触が生温かく伝わって来た。
あまりにも突発的で急なシチュエーションにあまりにも驚いてしまったあまり、プリードはつい悲鳴をあげてしまった。
「うああああー!!」
「何事よ?!」
その悲鳴に応じて木造の壁を破壊して現れたのはプリードのすぐ隣の部屋に入っていたリサであった。
そして壁を壊して現れると同時に彼女が投げた白い玉は空中で爆発すると、部屋内を真っ昼間のように明るく照らした。
「ううっ…」
凄まじい光源に目をつぶって、また開けたプリードの目には先までは見えなかった部屋内部のインテリアとその中にいる人々の姿が見えた。
そして… 未だに裸であるプリードの腰辺りに乗っている女性が一人いた。
今もお尻を動かしてプリードの体を揉んでいるその女性は、プリードに取って刺激が強すぎた。
「もう~ 悲鳴をあげるなんて、さすがお可愛いですね~♡ ひょうっとして呻き声には興味ありませんか?」
「だ、誰ですか……?」
プリードはエロ言葉を口にする女性を前にして、あまりにも慌てたあまり、目をきょろきょろしながら極当然な疑問を口にした。
「あら、今が初めてでしたね~?」
謎の女性はプリードの上から軽く飛び上がると先ほどプリードに振るった鎌の上にそっと座ると言葉を続けた。
「はじめまして。私(わたくし)の名前はリリート。プリード様とお会いするために遠ぉくから訪ねて来た、通りすがりの普通のサキュバスですわ。」
リリートという名のサキュバス麗しの身振りでプリードに向かって首をそっと下げながら挨拶を渡した。
「はい。あの、よろし……」
リリートの挨拶を貰ったプリードはふらついた頭で自分も挨拶をしようとした瞬間ーーー
「待ちなさい、プリード•ザ•ブラッド。そいつ(サキュバス)は見える全ての男を片っ端から犯すビッチのような蚊の集団よ。余計なことをされる前にこっちにおいで。」
リリートからプリードを取り放すためにリサは手を伸ばしてプリードの片腕を引っ張ったが、まるでそんなリサと競い会うように自分の両腕をプリードの首に巻いて応戦した。
「いいえ! 私、このリリート。プリード様に捧げるために未だ純血を保っている高潔な夢魔ですわ!」
「はあ?! 処女であるサキュバスなんて… ふざけないでちょうだい。それに貴方… たかだサキュバスの分際でどうやってここに居られるわけ? 一体どうやって私が張った結界を破ったのよ?! このアイテムはギャラガー家の屋敷を守る結界と同級の強度を誇る物なのよ!!」
リサは今は破れた、部屋に入る前に廊下に出して置いた紫色のランプを突き出しながら怒鳴った。しかしリリートは泰然と、むしろそ知らぬ顔で答えた。
「あら、どちら様かと思いきやヴァンパイア達のお姫様のリサ様ではありませんか? 剰余で存在感も無さすぎていらっしゃるのも気付けませんでした。アイテムは使用者に似てるとも言いますし、そのおかげか結界が在るのも知れませんでしたね! 全くすみませんでした~」
「たかだ低級のサキュバスの風情が……」
「ランクが低いのは事実であっても、結局「吸う」という意味合いではヴァンパイアもサキュバスも同級のくせにお偉いさんですね。まったく…」
二人の女性の攻め殺しの現場では今すぐにでも拳が行き来しそうな一触即発のその瞬間ーーーー「あの… 僕はどうすれば良いんですkw?」
二人の間に割り込んだのは、先から二人の間に割り込まれていて寒いのかわなわな震えている裸のプリードであった。
「寒いのですか~? 寒い時はやはり皮膚の接触他あり得ません! あ、それとも中に入れます? そっちの方が良いですよね??」
「こら!」
「ちょ、まっ……」
先までリサと競いあっていた時の何処に行ったのか消え、今や晴れやかな笑顔でプリードの肩を転して彼を抱こうとするリリートとそんな彼女を阻止するために掛け走るリサ。そしてその間でどうすれば良いのかに困っている彼らの初夜は更けて行った。
《¤》
「まったく…」
大騒ぎから数時間が経過して日は明るくなったものの、窓の外側からは相変わらず濃くかかった霧のせいで太陽の光が一点も入らなくて、相変わらず暗いその部屋の中には、前夜の激戦(大騒ぎ)の果てにリサが自分の袋から出したアイテムの内一つである「首輪」で何とか動きを封じられてべったりと床に倒れているリリートと、そんな彼女を見下しているリサ。そしてリサから渡された服で身を包んで遠く離れた場所で身を隠しているプリードがいた。
「そのアイテムは[隠遁者(ハーミット)の首輪]で、ネームド•アイテムよ。どんなでたらめで結界を破ったのかは知れないけど、これはどんな手を使ってもただのサキュバスである君の力では無理よ。これがある限り貴方の勝手にはさせないからそのようにね。」
自分がリリートの首に着けたアイテムの説明を終えたリサはピクッとも動けなくなったリリートに向けて会心の笑みを見せ付けた。
それを目にしたリリートは最後の足掻きなのかリサを恨む目線で精一杯口を開けた。
「ふん… さすがの姫様でも結局自分で能力をパイパイ駆使することは出来ないのですね。」
しかしリリートの嫌がらせを聞いたリサはそれを鼻で笑いながら答えてあげた。
「無論よ。自分の体だけで能力を使うのは魔獣だけですもの。知性生物足る者、道具(アイテム)を使わなくてはね。」
睨み付ける目付きでリサを凝視しているリリートを後にして、プリードの方からリサに問いかけた。
「あの、その… アイテム?って何ですか?」
プリードの質問にリサは自慢話でもするように教えてくれた。
「アイテム。それは魔獣から奪い、魔獣を葬るために作り出される力、もしくはかつて私がいた世界を救ったと伝われる《トライアル》が魔力をもとに作り出したと言われているわ。その中でも名前が刻まれているアイテムが、ネームド•アイテムよ。」
プリードはリサが見ている視線の先ーーー リリートの首にある首輪を見ると、そこには確かに何と書かれているのか知れない文字が刻まれていた。
「そのネームドは所有している事だけで世界に、皆にその力と権力を知らせ占めるられるのだよ。」
「凄いですね…」
リサの説明を聞いたプリードは素直に関心の言葉を口にした。
そしてそんなプリードに今度はリリートの方から話を付けた。
「はい! プリード様は充分凄い方ですからそう遠くない未来にネームド•アイテムくらいは手に入れるはずですよ~」
照れながらも心の中では期待をしているのか、その顔には微かな微笑みを浮かべていた。
「とにかく! これでしばらく大人しくいることね。」
話を一段落してから意気揚々に言ったリサの言葉にリリートはため息をつくと答えた。
「はあ… こうなったら仕方ありませんね……… だがしかし! いくらこの首輪で私の力と動きは封じれると言えども、私! リリートのこの熱い気持ちとこの口だけは止められませんよ!!」
リリートはべったりと床に倒れている状態でも力一杯頭を挙げてリサを睨みながら抗議した。
「うるさくてダメね。私たちは観光にでも行きましょう。」
しかしそんなリリートは見て見ぬふりをして、リサは身を隠していたプリードの手を握って部屋から出て行った。
「そんな~~?!!」
もうその部屋には、動くことすら出来ないの状態で寂しく捨てられた一匹のサキュバスの悲鳴だけが放置されていた。
《¤》
ロンドンの朝… とは言ってもまだ早い時刻の6時。
誰かは眠っていても当然なその時間に、此処の路上にはすでに動き始めた人々でごちゃついていた。
「こんな暗い地域と時間によくも平気に歩き回るなんて…… 全く傲慢ね。」
誰かは仕事をするために、またの誰かは仕事をさせ、より拡張させるために… 工場の煙突から煙が途切れることないほど忙しく我を忘れて動いている人々を前にしたヴァンパイア達の姫であるリサが口にした初めての感想であった。
しかしプリードの目には彼らが、今自分の前を通りすぎている全ての人々がいつ自分の事をけなして奪っていくかに対する恐れに怖じけて体を震えていた果てに結局耐えず、プリードは握っていたリサの手すら振り切って後方に向かって突っ走り出した。
「ちょっと!?」
リサは自分の手を放して逃げ始めたプリードに向かって大声を出したけど、すでに脳裏は真っ白になり息まで荒くなって、耳まで塞げて人のない場所を探していたプリードはつい、その先を通っていたスーツ姿の男性とぶつかってしまった。
「あ… う、あぁ……」
自分とぶつかった人を震える目で見上げながらどうすれば良いのか知らずに慌てているプリードに対して、スーツ姿の男性は震えているプリードを険しい目線で怒鳴った。
「何のつもりで俺の服を汚してんだ! このネズミ以下のゴミが!!」
スーツ姿の男性はプリードの胸ぐらでもなく、首を直接握り締めながら威嚇した。しかしすでに白くなるまで白になっていたプリードは相変わらず震えているだけのびくともできなかった。
そしてそんなプリードの事を待ってあげるはずのないスーツ姿の男性はまるで当然のように拳を振るい、その拳にプリードは抵抗もなく地面に倒れ転がった。
「けふっ… あ、あうっ……」
自分の顔面に加えられた衝撃に体を震えながら地面に体を丸くしているプリードに止めを刺すつもりのようなスーツ姿の男性の前を、誰かが立ち塞がるように現れた。
道のど真中で起きている暴力事態に誰も目を傾けず自分の足取りのみを忙しく運んでいる人混みの中で堂々と姿を表したのは腰までつく長い赤髪を揺らしながら、どうやらずいぶん怒ったのか鋭くなった赤い眼を輝いている女性ーーー プリードの後を追って来たリサであった。
「おい… 人間。何の度胸で手を動かすのかしら……?」
「うん? おめぇはまた何だ?! ……うん? 何だ、女じゃん?」
急に自分の前に立ち塞がったリサを睨み付けたスーツ姿の男性はリサが女であることを知っては彼女の体に目を通すと、彼女の身を抱くように肩に手をのせた。
「なあ、ひょっとして俺ら静かな所まで行かないかい? 路地裏とか、森の中とかによう。どうやら俺がお前の連れに無礼を犯したと思うんだが…… その誤りを兼ねてあれこれとな、な?」
スーツ姿の男性は言葉を続ける次第にどんどん自分の手と顔をリサに密着させた。
するとリサは未だに倒れているプリードと自分にベタベタ挑んでいるスーツ姿の男性を順番に見交わすとため息をついた。
「そう… 分かったわ。」
リサは何かに失望したように目を閉じ、彼女の話を聞いたスーツ姿の男性が微笑みを浮かべながらリサから少し離れたーーーーー その瞬間、
リサは自分の袋の中から指揮棒のような銀色の棒を出すとスーツ姿の男性の胸辺りに刺した。
しかし護身用でも使えなさそうなその薄くて緩い銀色の棒を刺したリサを見ては嘲笑おうとしたスーツ姿の男性は……… 目からは目玉と共に、口からは歯と共に、手や足からは爪と共に…… 全身の採血が全方に吹き出た。
たった一瞬で身体中の全ての血を周囲に撒き散らしたスーツ姿の男性は、もはやミイラのように皮膚が骨にくっついて割れたその体は力なく路上に倒れた。
「リサはそれをまるでくだらない汚物を見るかのような目線で見下し、プリードは顔を青ざめて口もきけなくなっていた。
しかし、一時ではあっても、霧の色を赤く染めたまでの出来事があったのにも関わらず、周囲の人々はそれに視線を移す余裕も無いのか、それともとっくに此処ではこういうのが日常なのか、不自然な程反応をせず自分らの忙しい足を速めているばかりであって、そんな… 風景になった人混みの無神経を見たリサは顔をしかめてはまだ倒れているプリードの手を強く握って帰ろうとした、その瞬間ーーーーー
「あ、プリード! 何だよ~ ここにいたのかよ?」
突然、無神経な人混みの中から話を掛けて来たのは遠くから手を振るっている少年であった。
人混みに何度も流れながら何とかプリードの先まで着いたその少年は歩いて来ただけで大分疲れたのか、顔と腰まで下げて荒い息を吐き出していた。
今度はまた何者が近付いてきたのかと殺気一杯の眼で目を通すと、彼は黄色のセミロングに青い瞳でこの近くでは最も一般的な色合いであった。しかし、細い体とそこそこ綺麗な顔付きは彼に中性的な魅力を感じさせていた。
さらにその少年は何の度胸か、リサの視線は完全に無視してプリードに話し掛けた。
「あ~ なんだ、よ! わたしがどんだけ君の事を探していたのか知ってる~?」
「僕を…… ですか?」
「勿論さ~! だってわたし達友達って言ったじゃん。」
「でも… ロトさんは僕を、僕なんて嫌いになって捨てたのでは……」
どうやらこの少年の名はロトであるらしい。
「な~に言ってるのよ!? ただトイレ行った間に離ればなれになっただけじゃないの! わたしは君がなくなってから心配で夜は眠れなかったのよ!」
どうやら何か誤解があったらしい。それも、低すぎるプリードの自尊感が原因で…… この子のメンタルってどれだけ弱いのかとリサは首を横に振るったけど、当のプリード本人にそれを知る余地はなかった。
「じゃ、じゃ! ロトさんはまだ僕の事が嫌いじゃないんですか?」
「勿論よ!」
期待に満ちていたプリードの顔はロトの答えを聞いて晴れやかな笑顔に満ちた。
「そういえば隣の方は誰なの?」
ロトは先からずっと冷たい目を送っているリサに向けて今更話題を変えた。
「はじめまして。私はリサ。貴方に教えてあげる事はただ一つ… プリードはもう私のよ。
中性的な外見のロトがプリードに気があると勘違いでもしたのか、それとも他に何か気に入らないことでもあったのか無邪気に笑っているロトを後にしてリサは無理矢理プリードの手を引っ張ってその場から離れた。
《¤》
「ねえ、ねえリリート! 聞いて聞いてーーーー」
外から帰って来たプリードは自分にあった事を話そうとした。
「ご機嫌のようですね、プリード様?」
そしてプリードの言うことを聞かないはずの無いリリートはむしろ、プリードが自分に話を掛けてくれた事にさぞ喜びを感じていた。
「あ、うん。それがね、友達…に会えたんだ。」
「とも、だちですか…?」
ただの確認のために聞いたリリートの言葉に、自分に友達がいることに驚いたふうにでも聞いたのか、いいや、人から言われなくても自分からそう考えている自尊心とプライドが欠けているプリードはあっさり肯定した。
「うん、僕もびっくりしたよ…」
だから今度こそリリートはもう一度、ちゃんと聞いた。
「その友達って方はどんな方ですか? 女ですか!? 可愛いんですか!? 大きいんですか?!!」
そう。彼女は積極的にライバル管理に入っていたのである。
「うううん。男。体はそんなに大きくないよ。僕と同じくらい?」
即座安心した。
「そうなんですか~~ お久々かたにお会いしたのですか?」
先まで微かに感じられた妙な圧力は何処に行ったのか消え去ったリリートはその友達に関して…… 多分唯一の友達の話がしたくてどうしようもなさそうなプリードが気楽に話せるようにニッコリと笑いながら言葉を選んだ。
「うん。2ヶ月ぶりかな?」
「はい?! プリード様をそんなに見れなくなったらこのリリート、死んでしまいますよ~!」
友達が多くて一人一人順番に会ったためまた会うことが遅くなったはずもない、ホームレス(知り合い少ない)であるプリードが、それも友達と会っただけでこんなに楽しそうなプリードが何の理由もなくわざと友達に会わないはずが