マーカスの店はサンクチュアリにある。
サンクチュアリは荒廃した惑星パンドラのどこかに浮遊している。正確な場所は誰も知らない。常に移動しているからだ。
私がここに転送してきたのはほかでもない。武器を購入するためである。それも個人用としては強力無比な武器を。
転送装置から出た私を乾いた熱い空気が取り囲んだ。
通りに出ると男の死体が転がっていた。正面から顔を撃たれたらしい。この星系の主星が放つ熱波で早くも腐敗臭が漂っている。路面は血で汚れ、顔に花開いた濡れたラフレシアに蠅が群がっていた。野次馬を人払いしている保安官を回避して小路に入る。すぐ先に弾丸をイメージしたペンキのマークが見えた。被害者を貫いた弾丸はこの店で売られたはずである。
地階に降りて、カウンターに進む。鉄格子の向こうにマーカスはいた。武器を取り扱う関係上、ヤバイ奴らがやってくるからこれは仕方がない。
小太りと言うには言葉が足りない体格にすっかり灰色になった剛毛と妙に感情の抜けた瞳。私はかつてマーカスが商品にクレームを付けた客の膝を打ち抜いたのを見たことがある。そのときも眉一つ動かさずに同じ目つきでのたうち回る元客を眺めていた。彼は自分の商品に難癖をつけられるのを好まない。打たれたヤツがその後どうなったのかは知らない。多分、元人間だった何かになっているはずだ。
マーカスは今日もヒマそうだった。儲かっているのだ。貧乏暇なしという言葉は正しい。誰かが引き金を引き、誰かが反撃する。そうすると武器屋は儲かる。彼はヒマそうに座っていても、懐には大金が流れ込む。
これから私も彼の体重と資産を増やすことに貢献するはずだ。
「あっしのケチな店に用こそ」
お定まりのフレーズを吐いて格子越しにマーカスはニヤッとした。
「なんか殺るってぇときはうちの弾を使ってください」というのが次に多いフレーズだ。今日はその言葉を聞くことはないだろう。今が殺る時だからだ。
薄暗がりに光る弾丸自販機を眺めている私にマーカスは言った。多分こんな客は慣れているんだろう。
「なんかお悩みごとでも」
「殺したい。だが非常に難しい」
「これはこれは」
大仰に驚いたふりをする。もう頭の中で算盤をはじいてるくせに。
「あっしもちょうど時間が空いてましてね。話をお聞きしましょう」
マーカスが招く先は地下射撃場だった。遠い的は射撃レーンの彼方、暗がりに沈んでいる。以前何度か利用したことがある。あるときはAnsin社のコロッシブ弾の試射だったが、生身のBanditが標的だった。着弾するとそいつは緑色の腐植酸に解けて床を流れていった。
「で、何を殺るんです?」
「端末だ」
「た、端末ってあの」
「そうだ。情報統合思念体に作られた人間モドキだ」
「立ち入ったことを訊いて気を悪くしないでくださいよ? なぜなんです。いままで倒した奴はいないって噂ですぜ」
「邪魔になった。私の計画……というかストーリーの中で雑草のようにはびこっている」
「生かして逃がす、って選択肢はないんですかい?」
「クライアントの要望から逸脱している。私の計画から生まれた存在ではあるが、存在感が大きくなりすぎた。しかし今日に至るまで消せないでいる」
「おっしゃる意味はよくわかりませんが……いいでしょう。お得意様のためなら、このマーカス、一肌脱ぎますぜ」
マーカスの瞳に生き生きととした灯が灯る。魅力的な笑顔はまるで久しぶりに孫の顔をみた老翁のようだった。私が殺すのはだいたいそのくらいの年齢の女の子なのだが。
「端末相手に接近戦ってのは無謀ですから、これなんかどうでしょう。E-TECK社のスナイパーライフル。実体弾ではなくエネルギー弾で一撃必殺。高出力の軍用モデルなんで大気擾乱によるブレもない。僅かにイオン化した光跡がのこるだけで、七マイル先に突然太陽を生み出すって寸法でさ。まるでヴードゥー魔術みてえにね。狙撃者が特定されることはまずねぇです」
ほとんど対物ライフルのような大型銃がディスプレイの中でゆっくり回転している。その重量の大部分は内蔵されたイリジウム・バッテリーのはずだ。故にバッテリー換装に大変時間がかかる。もっとも、初弾を外した自分に換装する時間があるかどうか。
そもそも端末という存在が死ぬ、と言うことがあるのかどうかわからない。彼らがその身体にデータを格納しているという証拠はないからだ。情報統合思念体の未知のテクノロジーによって次元の狭間、光の格子によって記述されていないとも限らない。ならば端末をエネルギー弾で吹き飛ばしたところで無意味となる。
いや、自分は「あれ」を消さなければならない。物語が破綻しているのは「あれ」のせいなのだ。だが消すことができないでいた。もう期限は過ぎている。クライアントの忍耐もそろそろ限界だ。このままでは私が緑の液体になって床を流れ落ちることになる。
「それにしよう。私の住所に贈ってくれ。予備バッテリーは一つでいい。それ以上使うことはあり得ない」
マーカスは妙な笑みを浮かべていった。
「今度来るときには、そんときの話でも聞かせてください。うちの店は……いつでも開いてますぜ」
私はマーカスに軽く微笑みを返してから、階段を上って通りに出た。
死体はもう片付けられていた。路面の赤い粘稠な水溜まりと匂いだけがそこにあった物体を思い起こさせる。野次馬は去って、もうすっかり閑散としたいつものサンクチュアリに戻っていた。静まりかえった通りに立った私を乾燥しきった風が通り過ぎていった。これで問題は解決する……唐突にそんな気がした。
私は大きく伸びをして眩しい空を見上げ、足取りも軽く転送装置へと向かった。