特集
『医療崩壊』という言葉をコロナ以降で頻繁に耳にするようになりました。ただでさえ高齢化によって増え続ける患者に対して医師や看護師の人手不足が深刻化しています。それなら税金をかけて増やせばいいじゃないかというと、そう簡単な話ではありません。一人前の医者になるには医大で６年間、さらに国家試験に合格しても２年以上も研修医として経験を積む必要があります。最新の医療設備や技術者も必要です。医師を１人育てるには数千万円の費用がかかるとされています。医師不足でも急病人は待ってはくれません。かくいう私も３回ほど入院を経験しています。その節はお医者さんや看護師さんには大変お世話になりました。いまでも感謝しています。さて今回の特集は、そんな医療現場にスポットを当てた作品を選んでみました。人間の命に関わるお仕事だけに熱いドラマがあります。患者も所詮は他人、しかしその他人の命を守るために彼らは己の人生をかけて尽力してくれているのです。そんなヒーローたちの奮闘ぶり、是非ご覧あれ。
苦しむ人の心の声が聞こえる看護師・足立里菜は、失敗続きで勤めていた病院を解雇されてしまう。電車内で急病人を助けたことがきっかけで、企業に医師を派遣する医療サービス会社『E・M・A』からスカウトされた里菜は、産業保健師として新たな道を歩みだす。
産業保健師とは、企業を巡回し労働者の健康指導や衛生管理を行う看護師のこと。医師免許を持つ産業医とペアで働く人々の健康を守るお仕事です。
しかしペアを組む産業医の鈴木風寿は、若くてイケメンのエリート医師ですが、自分にも他人にも厳しい堅物で、素人の里菜をパートナーとして認めない。それでも患者の心の声を聞き、労働者の味方になって企業に立ち向かい、必死に成長していく姿が微笑ましいのです。
里菜たちだけでなく働く人々にもドラマがあります。見た目は精力的に働いているようでも、家族のため、同僚のために身体の不調を隠してしまう人がいる。辛くても誰かのために働く人々の健気な姿に胸を締め付けられます。
最初は堅物で冷たい印象だった鈴木先生も、実は気配り上手で優しい一面も見えてくる。知識も経験も未熟だが、患者に親身に寄り添う里菜の姿に鈴木先生の評価も変わってくる。お互いに信頼で結ばれていく鈴木先生と里菜の関係にも注目です。
働く人の健康だけでなく、現代の社会の労働問題を描いた本格社会派小説です。
（「命を紡ぐ医療小説」4選／文＝愛咲優詩）
元子役の過去を持つ医大生の芦原美菜は演劇への思いを捨てられず、Vtuberタレント事務所『IRIS』の新人オーディションを通過し、女子大生Vtuber「楠本カイネ」としてデビューする。医大生とVtuber、学業と仕事の両立を目指す主人公の青春物語です。
美菜が演じるVtuber「楠本カイネ」は中性的な容姿のイケメン女子。ゲーム実況は控えめながら、声劇やシチュエーションボイスの高い完成度、同期の女性Vtuber「ローリエ」とのビジネス百合の効果もあり、あっという間に十数万人のチャンネル登録を獲得していきます。
そして活動を通じて出会うVtuberたちが魅力的なんです。最大手Vtuberの情熱とプロ意識に圧倒され、若手のサポートを中心に活動する三枚堂の気遣いに心温まり、子持ちでありながら個人勢で努力する日向の姿に感動したりと、さまざまな人々の想いが集うVtuberたちの世界観が素敵です。
一方、医大では過酷な解剖実習や試験の壁が次々と立ちはだかり、Vtuber活動との両立が困難になっていく。そんな中、相方として支え合ってきたローリエに医大生であることがバレて、進路を巡って喧嘩別れしてしまう……。
果たして美菜は医者とVtuberのどちらを選ぶのか。自分の将来について揺れ動く女子大生を描くモラトリアムストーリーです。
（「命を紡ぐ医療小説」4選／文＝愛咲優詩）
幼い頃にナイチンゲールに憧れて、看護学校に進学した十八歳の少女・九重夢歌の、笑いあり涙ありラブありの看護学校ストーリーです。
夢歌の入学した栗白山看護専門学校は、一学年四十名の小さな看護学校。同級生は社会人や子持ちの母親、元警察官、チャラ男など個性豊か。そんな仲間たちと一緒に看護の精神を学んでいく学校生活が愉快です。
学校では難しい医学の授業もあれば病院での実習もある。解剖見学の前で身体が竦んでしまったり、患者を前に緊張のあまり失敗してしまう夢歌でしたが、先輩看護師や患者から励まされて立ち直ります。決して責めることなく多くの人々が夢歌たちの成長を見守る光景に胸がいっぱいになります。
そして看護学校では真面目な勉強だけでなく、お祭りやボランティア活動など楽しい行事も行っている。同級生と苦楽を共にするうちに、チャラ男の佐々木くんが意外と真面目で優しいことに気づいて意識し始める。そんな佐々木くんが夢歌に告白してきて……。夢歌の答えはいかに？
自分の夢と恋に一生懸命な少女が体験する、ピュアな青春ラブストーリーです。
（「命を紡ぐ医療小説」4選／文＝愛咲優詩）
『有幻メンタルクリニック』は、医師の有幻裁人と看護師の天野皐月の二人で営む小さな診療所だ。どこにでもあるメンタルクリニックだが、ひとつだけ普通と違うのは、有幻裁人の正体が心理カウンセリングAIであること。AIが人間の心を救う一風変わったヒューマンストーリー。
医師の裁人は人間の肉体にAIの意識が宿ったミステリアスな人物。AIである証拠に、電子機器を触れずに操作したり、インターネットから情報を引き出したりとデジタルならば自由自在。その力を駆使して患者の病状の原因を突き止め、普通の医師にはできない方法で根本的治療を施していく過程が面白いんです。
クリニックにはさまざまな心の悩みを抱えた患者が訪れる。場合によっては、診察室に荒ぶる患者の怒号や悲鳴、泣き声が響くこともある。しかしどんな理不尽な患者であっても裁人は常に笑顔で対応する、AIである彼には人間の感情がないからだ。
ときとして非情に感じる裁人を正し、人としての道を教える皐月の人情味溢れる姿が熱いのです。人間の心はロジカルではない、だからこそかけがえのないものなのだと教えてくれます。
二人はどうしてクリニックを開いたのか？ 物語が進むうちに明らかになっていく二人の関係性も気になるところです。
（「命を紡ぐ医療小説」4選／文＝愛咲優詩）
