君の心が温もるまで
惟風
笑っただけ
ウォームシャーク、というらしい。
それは、最近発売された新型の布団乾燥機だ。
何故布団乾燥機に鮫を意味する単語が入っているのかは知らない。あまり家電に興味もないし、昔は寝る前にわざわざ布団を温めるなんていう丁寧な暮らしをしてなかった。そもそも自分用の布団を持っていなかった。
大きな背中を丸めて乾燥機をベッドにセットしている恋人を眺めながら、私はぼんやりとしている。彼がスイッチをいれるとゴウと鳴って、温風が布団の中に送り込まれる。その音のおかげで、隣室のうるささがいくらか和らぐ気がする。築年数が古くて壁が薄いのが、この家の不満の一つだ。隙間風もひどいし、この先あんまり長く住めないだろうな。
布団から早速暖かい空気を感じた。その様子を見て、恋人がヨシヨシと満足そうに頷いている。暖かい風を布団に満遍なく行き渡らせるのにはコツがあるらしい。
物干し竿にかける以外で布団を乾かす方法があることを、彼が教えてくれた。それだけじゃない。彼は私に色んなことを教えてくれた。ご飯を食べる時は手づかみじゃなくて二本の木の棒を使うこと。朝と寝る前と、できたら食後にも歯をゴシゴシすること。許可を求めなくても排泄して良いけれど、それはオムツの中じゃなくそれ専用の部屋ですること。誰も教えてくれなかった、誰もが当たり前にしていることを彼は優しく丁寧に躾けてくれた。
私の視線に気づいて恋人が振り返る。
「なに?」
「ううん。二人で暮らすようになって、そろそろ一年かあって考えてただけ」
「もうそんなになるんだ! ごめんすっかり忘れてたあ……ケーキ買ってお祝いしよ。あっ、二人で一緒に手作りするのとかどう?」
「ふふ、良いね。明日にでもやろう」
恋人の
彼のほんのり冷たい肌が頬に感じられて、安心する。
「すぐに暖かくなるから、もう少しだけ待ってね」
「まだ眠くないから大丈夫。いつもありがと」
恋人は、暖かい寝床を私のためだけに用意してくれる。彼自身はどちらかというと冷たい方が得意なのに。彼は勝手に布団に潜り込んできたり、触ってきたり触らせてきたり、痛いことを求めてきたりしない。その優しさに、私は心まで温められる。
「ねえ、ケーキには何を入れる?」
布団が温もるまで、私達はお互いを抱きしめ合って睦まじく語らう。
「そうだね、お互いの好きなものを入れよう」
「なら、目玉は絶対外せないね。残り二個しかないし、一個ずつ二人で分けようよ」
「うん。あと、指をロウソクみたいに立てよう。爪に火を灯すの、僕一度やってみたかったんだ」
完成図を思い浮かべた恋人がクスクスと笑う。その度に大きな
彼はサメだ。
ただのサメだ。
乾燥機が電子音を鳴らして終了を告げる。途端に、隣室の煩さが耳につく。聞き飽きた啜り泣きと命乞いに甘い時間を邪魔されて、私は少し悲しくなる。
それを察した田州丁くんが壁を鰭で打つ。隣室が少し静かになる。チチだのハハだのアニだの、そういった名前の生き物が田州丁くんによってそこに飼われている。毎日少しずつ解体して、私や恋人のおやつになっている。
恋人はサメだ。
私を最悪の環境から救い出してくれて、愛をくれる、優しい
もしも彼が栄養状態の良くなった私を食べるつもりで恋人ごっこをしているのだとしても、今この瞬間が幸せで温かいのなら、私はそれで良い。
うっとりと見上げた私の頭上で彼の口が大きく開き、規則正しく並んだ牙が照明を鋭く反射していた。
君の心が温もるまで 惟風 @ifuw
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