第3話 あてにならない星占い

 星見市駅のコンコースに、ある夜から“占い”の声が流れ始めた。


「今夜、あなたは足元に注意。忘れ物をする相が出ていますよぉ」


 声の主は、柱の陰に座る小さな老婆。

 着物の襟から、星屑みたいな粉がこぼれている。目が笑っていない。


 志歩は、巡回中の昌之を呼び止めた。


「無許可の占い行為は困ります。退去を促してください」


「はいはい。……ああ、あの婆さん? “星読み”だよ。昔からこの辺にいる」


「昔からいるから許される、にはなりません」


 志歩が近づくと、老婆はにたりと笑った。


「堅い子だねぇ。占いはね、安心を売るんだよ」


「駅構内での営業は――」


「営業? ふふ。お金なんていらないよ。代わりに、ひとつ聞かせておくれ」


 老婆は志歩の胸元――制服の名札を見て、目を細めた。


「あなた、星降る夜に泣く相が出ている」


 志歩の喉が一瞬、詰まった。

 あのホームの光景が脳裏をよぎる。

 志歩は、感情を切り離す癖で、すぐに押し込めた。


「根拠のない言葉で不安を煽らないでください」


 老婆は肩を揺らして笑う。


「当たるも八卦、当たらぬも八卦。……あてにならない星占い、ってやつさ」


 その夜から、妙なことが続いた。

 「忘れ物をする」と言われた人が、普段しない場所に荷物を置き、あわてて転びかける。

 「遅延が出る」と言われた人が、必要以上に走り、ぶつかりそうになる。

 占いは当たらないのに、占いを信じた人が勝手に危ない動きをする。


 志歩は、駅の安全に直結する案件として処理を決めた。


「昌之さん。今夜中に対応します」


「志歩さん、珍しく早いね。……俺の出番?」


「あなたの柔軟さが必要です。私は正面から止めます」


 昌之は、口元だけで笑った。


「了解。卑劣担当、任せて」


 志歩は老婆の前に立ち、毅然と言う。


「占いをやめてください。ここは駅です」


「何を言っても無駄だよ」


 老婆が笑った瞬間、志歩の背後で、昌之が大げさに転んだ。


「うわー! 占い当たった! 俺、今夜、足元に注意って言われたのに!」


 周囲の視線が集まる。

 老婆が眉をひそめた。


「……うるさいねぇ」


「占いってすごいっすね! じゃあ次、俺の金運! 恋愛運! 仕事運!」


 昌之が、わざとらしく老婆の前にしゃがみこみ、周囲の人まで巻き込むように声を張る。

 老婆は機嫌を損ねて立ち上がった。


「静かにおし。駅は寝る場所だ」


「寝る場所? 婆さん、ここ、人が行き来する場所っすよ。寝るなら、ちゃんとした寝床――」


 昌之は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 志歩は、その一瞬の躊躇を見た。


「昌之さん?」


 昌之は、いつもの軽い顔を作り直し、続ける。


「……寝るなら、せめて人を怖がらせないとこで」


 老婆の目が細くなる。

 星屑の粉が、床に落ちて、じわっと黒く染みた。


「怖がらせるつもりはないよ。あの子らが勝手に――」


「違います」


 志歩はきっぱり言った。


「あなたの言葉を受けて、人が危ない動きをしました。結果が出ています。駅の安全を守る立場として、見過ごせません」


 老婆は、ふっと笑みを消した。

 その顔が、急に疲れて見える。


「……あんた、泣かない子だねぇ」


「泣きません。勤務中です」


「そう。じゃあ、あんたは“星降る夜”に、誰を見上げる?」


 志歩は答えられない。

 答えたら、私情が出る。

 けれど、胸の奥の灯が、静かに揺れた。


 その時、コンコースの天窓が、ぱっと明るくなった。

 流星群の夜だった。駅の案内板にも、地元ニュースの字幕が流れている。


 人が天窓に集まり、空を見上げる。

 老婆の肩が、少しだけ落ちた。


「……昔、ここで待ってた人がいた。帰ってくるはずの人をね。でも、来なかった。星を見上げてると、来る気がした」


 志歩は、息を吸った。

 公私を分ける。

 その線を、今だけ、指で少しなぞり直す。


「来なかったなら、別の形で来たのかもしれません。言葉は残ると、昌之さんが言いました」


 昌之が、目を丸くした。


「俺、そんな良いこと言った?」


「言いました」


 老婆は、しばらく黙っていたが、急に志歩の手のひらへ小さな星屑袋を置いた。


「ほら。占い料。いらないと言ったけど、これは……返してもらうと困る」


「困る?」


「“安心”が入ってる。持っていきな」


 志歩は袋を受け取り、丁寧に頭を下げた。


「なら、こちらも返します。駅の灯りの下なら、あなたの居場所はあります。ただし、人を煽る言い方は禁止です。次にやるなら――」


 志歩は、天窓を指した。


「星を見る案内をしてください。占いではなく」


 老婆は、ふっと鼻で笑った。


「……堅い子が、柔らかいこと言うねぇ」


 昌之が、にやりとする。


「志歩さん、変わった?」


「勤務中の範囲で、必要な調整をしました」


 その夜、老婆は占いをやめ、流星の見える方角を小声で教えた。

 人々は走らず、転ばず、ただ見上げて笑った。


 終電後。

 志歩と昌之は、ホームの端に立つ。

 空は真っ黒で、たまに白い線が落ちる。


「志歩さん、泣く相、外れたね」


「外れました。あてにならない星占いです」


「じゃあ、俺の占い。志歩さんは、今後も駅で、誰かの約束を届ける」


「根拠は?」


「俺の勘」


 志歩は小さく息を吐き、ほんの少しだけ笑った。


「……その勘、半分くらいは当たりそうですね」


 昌之が、驚いた顔をしてから、すぐに得意げに笑う。


「今の、笑った。勤務中に」


「星が降っているので、例外です」


「便利だな、その例外」


 志歩は返事をせず、星屑袋を握りしめた。

 袋の中の“安心”は、まだ温かかった。


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星降る駅のあやかし遺失物係 mynameis愛 @mynameisai

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