音部探偵事務所7:偽りと綻びの巻

 そこから、探偵は調査らしい調査をしないまま数日が過ぎた。この探偵は、謎を頭の中でこねくり回している時にはいつも静かなものではあるのだが、今回は明白なきっかけがあった。

 鈴原が帰ってから、不可解な手紙が届いたのである。

「オトベタンテイ

ワレワレハ ギンノケンキュウジョダ

コレイジョウ ワレワレニカカワルナ

サラナルカイニュウハ ミノアンゼンヲホショウシナイ」


それを読むなり、探偵は、掛川邸に向かうこともなければ、外に出て調査をすることもなく、高藤に何かを指示することもしなくなったのである。

 いや、高藤への指示は出していた。

 探偵は、掛川氏に「調査を中止する」という旨の手紙を出して欲しいと、指示したのである。


「センセイ、あんなの本気にしてるんですか?」

「違う。」

「じゃあ調査を続けるつもりで?」

「違う。」

じゃあ何なのか話してくださいよ、手紙はまだ出してませんから、と食い下がる助手に、探偵は衝撃の一言を放ったのである。


「鈴原という人ね、どうも嘘をついているかも知れないぜ。」


「やっぱり!センセイもそう思ってたんじゃないすか!俺言ったでしょう、『あなたは学校で待ってたんですか』って。」

「それもなんだが…もっと、全体的に嘘をついているし、何というか…この事件全体が、我々を笑いものにさえしている気がするのだ。」

ははは、とから笑いを虚空に響かせ、助手の「笑いものですか?」という疑問にも答えず、探偵はつらつらと話し始めた。

「どうも変なんだ、どうも変なんだ。滑稽だ!」

 助手にとって、彼と仕事をしていて、これほど開き直った態度を見るのは、これが初めてだった。


「順に説明しよう。まず、君も気になっていた鈴原さんだがね。そう、君も察した通り、鈴原さんが掛川真莉子と一緒に帰ろうとしていたというのは嘘だろう。それどころか、一緒の学校に通っていたこと自体が嘘だろうね。」

 そこまでは助手も思い至っていなかったようで、えっ、と息を呑んだ。

「その根拠は。」

「うん。」と探偵は自分の手帳を開き、鈴原と話していたときに書き込んでいたメモを開いてみせた。

「まず、緑川高等女学校だがね。これ自体は実在しているし、地理的に掛川邸とも近いから、概ね間違い無いだろう。鈴原という女子生徒もいたようだ。だが、掛川真莉子という生徒は在籍したことがないらしい。というよりも…」

「え?でも今センセイ、『鈴原という生徒は在籍していた』と言ったじゃないっすか。」

「そう。鈴原という生徒、はね。いたにはいたが、君の想像している人じゃない。」


「君は、例の帰り時間の他に、鈴原−便宜上、そう呼ぶしかないな−の話を聞いていて違和感や矛盾を感じたかい。」

「いいえ。ざっと話を思い出してみていますが、気になることはないっすね。」

「そう、そこなんだ。まさに、違和感のなさこそが、彼女の嘘のほつれなんだよ。君は、今彼女の話を思い出せるか?掛川氏の話は?」

「思い出せるっす。それは、メモしてたんで。」

「よろしい。そう、私のと見比べながらでもいいから聞いてくれ。掛川氏の話と、鈴原女史の話には、あまりにも矛盾がなさすぎるんだ。再び整理しよう。掛川博士は、掛川真莉子について、何と言っていた?」

「ええと、ちょっと待ってください、メモを見るんで。亡くなった母親に似ている。父親の実験を手伝っており、献身的ですらあった。」

「そうだったね。では、鈴原女史の方は。」

「高校時代の友人で、一年生の頃はバレーボール部だった。背が高かった。二年生になってからは化学倶楽部を設立したいと言い出すほど化学の分野に才能があり、父親の実験に非常に協力的であった、ですね。」

「そうだ。一個補足したいところがあるんだが、掛川博士の具体的なセリフを、思い出せるかい。」

「いいえ−なんて言ってましたっけ。」

学年の誰よりよくわかっていて、私を手伝い始めさえした、だよ−


「つまりだね。あの日、鈴原女史が訪問してきたとき、僕らはあの話を実話だと思って聞いていた。具体性を帯びたエピソードも、真実に基づくことによる詳細ディデヱルなんだと。しかし、実際比較してみると、掛川氏から聞いた以上の情報は、聞けていないんだ。」


「人間、基の情報にさらなる情報を添加する時には二つのケヱスがある。一つは、自分がある程度記憶しているが、しかし詳細が不確かであるときに、無意識に記憶を補完しようとして行うもの。もう一つは、虚偽や誇張、粉飾だ。鈴原女史の場合は、後者だね。前者の可能性は低い。というよりも、前者の方法を取る理由が薄いんだ。詳しい理由は後で述べるが、端的に言えば鈴原女子は、だね。」

 待ってください々、と、助手は慌てて探偵の言葉を遮った。

「色々聞きたいことがあるんすけど。たとえば、あの写真は?どうなるんですか。」

「そうだね。あの、鈴原女子と掛川真莉子とが写っている写真も、破綻の一部なんだ。。それも、順番に説明する。」

「僕はね、掛川博士と鈴原女子の話に矛盾がないと悟ったとき、自然と掛川邸のことを思い出していた。君もみた、あの内装…」

 掛川邸は、妻子がいたとは言いながら、女性の存在感が薄い場所だった。写真はなく、家具や調度品にも女性らしさがない。戸棚は男性しか届かないであろう、高いところにある。

「僕らに話してから、掛川博士も気づいたのだろうね。自分で話していながらも、他人−すなわち僕らにとっては、いささか実態に欠けた話であると。それだから、何か、自分の言葉を補ってくれるものが必要だと。だから、とある女性に頼んだんだ。自分の娘の、知り合いのふりをして欲しいと。」

−高校時代の友人で、一年生の頃はバレーボール部だった。背が高かった。

「高藤くん、掛川邸の戸棚はどんなところにあった。」

あ−と、助手は口を押さえた。

「尾鰭ってことすか−」

 助手の目が大きく見開かれ、その頭脳に理解が染み込んだのをみて、探偵は言った。

「そう、バレーボールをしているほど、あるいは教師の背丈を越すほど背が高かった娘だから、戸棚が高いところにあっても困らなかった、と言えるんだね。証拠はまだある。それが、例の写真なんだ。」


「娘と親しい間柄だった、と詳細ディデヱルをくっつけたことによって、さらなる補完が必要になった。それは、親しさを示す、できれば客観的にも保証される証拠だ。あの写真は、高校生の集まりに見えるが、それこそその辺の子供達か、背の低い若い女優でも雇って、制服を着せさえすれば誰でも撮影できる。あとは、印刷したものを適当に加工して、古色をつけてやればいい。実際、あれは顔の判別もろくにできないほど画質が荒かったからね。学校の場所も同じだ。掛川邸に近い学校であれば良いんだ。地図を見ると、確かに駅にも近いんだね。そこから、『一緒に帰っていたんだ』というストーリーを組み立てたのだろう。」

 しかし、それで墓穴を掘ったのだね、と探偵は結論づけた。

「あの写真があったために、僕らはかえって矛盾に気づきやすくなってしまった。まさに、あってはいけない写真だったんだよ。」


「しかし、じゃああのおばさんは?俺が話を聞いてきたあのおばさんっす。センセイと前に整理しましたよね。あのおばさんのいう通りで、妻子がいたことは本当だろうと。」

「それなんだ。あの時までは、僕も妻子の存在を疑わなかった。ところが、鈴原女史の一件があってから、むしろこういうふうに考えられるとヒントを得たんだ。つまり、そのご婦人ね、それも『詳細ディテヱルを肉付けするための演出』だったのさ。彼女は君の目の前に現れ、いかにも妻子がいる、あるいはかつていた、と思える噂話を聞かせていったんだ。」

 人は、第三者から言われた情報ほど、信ぴょう性が高いと評価するものなのだ−と、探偵は締め括った。


「僕はね、最初、掛川博士は気の毒な父親なのだと思ったさ。妻を亡くしたショックであらぬことを話すようになったのだと。だから、いつもやっているように、調査といっても適当な理由、相談者が納得できるようになるための理由を考え付いたら、費用を返却しようと。必要経費分はいただくけれど、余ったお金は返そうとね。ところが、これはどうも全体が奇妙なんだ。」

 極め付けが、この怪文書だ、といって、探偵は手紙を指差した。

「脅迫文のように見えて、もうあからさまな滑稽さを出しているのがこの手紙だよ。だから君には断りの手紙を書いてもらいたかったのに。」

「え?組織に睨まれているから、じゃないんですか?先生はそれを気にしているものだと思っていましたが。」

「違うとも!これを見たまえ。」

探偵は、「ギンノケンキュウジョ」という文言に注目するよう、助手を促した。

「ギンノケンキュウジョ、仮に銀野研究所だとして、そんな名前の研究所は日本にはない。表記をいくつか変えてみたけど、やっぱりないんだよ。似たような名前の機関はいくつかあったが、医療・製剤関係ではないんだね。そんなところが掛川博士と関係を持っているとか、ましてや軍などの組織と絡んでいるとは思えない。だから、手紙を受け取った初めから僕は、脅迫されたなどとは思っていなかったのだ。それに、ここの住所を誰が知っているというんだ?」

「依頼主である掛川博士−か、鈴原ナントカ、しかいないっすね…。」

「そういうことだ。まったく、ギンノケンキュウジョなんて具体的な名前をつけなければ良かったのに。人間、嘘をつくときはね、むしろやたらと具体性を帯びさせてしまうものなんだ。実にまずい手だった、これは。粗末な小道具だね。」

「じゃあ、鈴原ナントカは一体何者なんです?あのおばさんは?」

「それも演者キャストだよ、演者。」


「この事件はどうもおかしいぜ。行けども行けども実態がない。それなのに、まるでヒントの方から飛び込んでくるようだ。僕らの目の前に、掴みやすいところに。だから高藤くん、僕らは、担ぎ出されたのかもしれんぜ。」

 いや妙、妙!と探偵は再び笑い出し、その引きつった笑い声だけが探偵事務所にこだました。



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音部探偵事務所:透明薬ー消えた令嬢を探せ!ー Peridot(pixiv:マツシマ) @peridot2520

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