第3話(最終回) 晴れ

「はぁぁぁぁ、あのクソ上司! 本当に余計なことしかしないわね!」



 本当は、午前中の打ち合わせで指摘された点をまとめる予定だったのに!


 突然差し込まれた打ち合わせを終え、取引先を出た私は、休憩がてら立ち寄ったカフェで思わず愚痴をこぼす。



「そもそも、この打ち合わせ自体、上司同士で勝手に決められていたなんて信じられない!」



 先方の担当者によれば、今日の打ち合わせは本来、三週間後に行う予定で、今日はその日程をメールで確認するだけのはずだったらしい。


 ところが、それを聞いた担当者の上司が『それではスピード感がないではないか!』と激昂し、うちの上司に直接連絡。


 担当者の上司とうちの上司は大の仲良しで、これまで何度か一緒に仕事をしたこともあり、とんとん拍子で話が進んだ結果――当事者そっちのけで、今日の打ち合わせが強引にセッティングされたそうだ。


 『うちの上司から「お前のためにしてやったんだから感謝しろよ」と言われたときは……正直、殺してやろうかと思いました』


 そう苦笑いしながら語る担当者には同情しかなかった。


 ちなみに、今日の打ち合わせ資料は先方の担当者が作成したものだ。


 つまり、うちの上司は送られてきた資料を印刷しただけ。

 一から作ったわけでもない。


 それで、あの態度。

 よくまあ、出来たものだ。



「とりあえず、会社に戻ったら二件分の打ち合わせで出た意見をまとめないと……」



 はぁぁぁ……このまま帰りたい。


 小雨が降る中、重い腰を上げた私は会計を済ませ、のろのろと会社へ戻った。



 ◇◇◇◇◇◇



「ただいま戻りました……って、課長は?」



 会社に戻るなり、あれだけ怒鳴り散らしていた上司の姿が見えず、思わず首をかしげる。


 おかしいな。

 いつもなら定時退社しようとする社員を捕まえて、何だかんだ理由をつけて無理やり残業させ、自分はさも当然のように定時退社する人なのに。



「あっ、おかえりなさい、先輩」

「ただいま。課長は?」

「それが……」



 すると、疲れた顔をした先輩が会話に割って入ってきた。



「あのクソ上司さ、『ごめ~ん♪ 婚約者からデートのお誘いが来たから、今日は早めに帰るわね~♪』って、機嫌よく帰っていったぞ」

「あの人、婚約者なんていたんですか?」

「さぁな。聞いたことねぇけど」



 というか、あの上司と付き合える人がいたなんて……いや、いかんいかん。


 世の中には色んな人がいるし、会社ではアレでも、プライベートではお淑やかな人なのかもしれない……たぶん。



「ともかく、今日は定時で帰っても文句言う上司はいないし金曜だ! 今日はクソ上司抜きでパーッといこうぜ!」

「いいっすね! お店、どこにします?」

「そうだな、一先ずあそこの店を……」



 上司不在で士気が上がっている先輩たちを見て苦笑していると、後輩が声をかけてきた。



「先輩」

「なに?」

「午前中の打ち合わせで出た意見をまとめておきましたので確認お願いします」

「えっ!? 本当にやってくれたの!?」

「もちろんです」

「ありがとう!!」



 てっきり忙しくて手が回っていないと思って諦めていたから。


 すると後輩は、少し含みのある笑みを浮かべ、そっと小声で囁いた。



「課長の先輩に対する仕打ち、さすがにひどいと思ってましたので頑張りました」

「空崎君……」



 笑みを深めた後輩は私から離れると、飲み会話で盛り上がっている先輩方を見る。



「さ、今日は頼もしい先輩方がおごってくださるみたいですし、早めに上がりましょ!」

「おっ、言うようになったな~、空崎!」

「えへへっ、これも先輩のおかげです!」



 先輩たちにもみくちゃにされ、嬉しそうに笑う後輩を見て、私も自然と笑みがこぼれる。


 その後、後輩と一緒に仕事に戻った私は、先ほどの打ち合わせで出た意見をまとめていく。


 気づけば、窓の外の空はいつの間にか綺麗な茜色に染まっていた。

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