狸の言祝ぎ【カクヨムコン11短編】

滝野れお

狸の言祝ぎ


「あれ……?」


 神社の鳥居をくぐったところで、俺は足を止めた。

 古めかしい木の鳥居をくぐるまでは確かに灯りが見えていたのに、今は月明かりで僅かに足元の石段が見えるだけだ。

 田畑に囲まれた小さな村の夜は暗い。が、今日は大晦日だ。鳥居から伸びる石段の両脇には明かりが灯り、神社へ向かう村人の姿も見えていた、はずだった。


「何だか、気味悪いな……」


 薄闇に浮かび上がる石段は不気味過ぎて、今すぐ回れ右して家に帰りたい気分になったが、俺はその場に踏みとどまった。

 帰ってもどうせ一人だ。


 仕事と人間関係に心をすり減らし、逃げるように会社を辞め、引き止める友人の手を振り払って、鄙びた農村に引っ越した。

 安価で手に入れた古民家を自分の手でリフォームしている間は楽しくて、古民家も周りの緑も輝いて見えたのに、完成してしまった今、俺はあの家の静けさと広さに押しつぶされそうになっている。

 都会で仕事に追われていた時は、あれほどこの静けさを求めていたはずなのに。


 ここまで来たんだからと、俺はムキになって不気味な石段を登り始めた。知り合いのいないこの村での初めての年越しを、一人きりで過ごす勇気がなかったからかも知れない。

 白い息を吐きながら石段を登りきると、社殿の前に急に光が差した。


「おめでとうございます! あなたはここへ来た百人目の村人です!」


 目の前に、巨大な二匹の三毛猫が現われた。

 あまりの出来事に俺が動けずにいると、二匹の三毛猫は日の丸の扇子をスチャッと広げ、二本足でクルクルと踊りだした。

 三毛猫の背後の社殿からは、これまた巨大な狸が――いや、生身の狸ではない。よくある狸の置物にそっくりな物体が、同じような日の丸の扇子を手に現われたのだ。


「兄ちゃん、よぉ来たの。おめさんの今年の運気は爆上がりだっちゃ!」

「はっ……はは」


 とうとう俺は頭がおかしくなったのか。

 人から離れたかったはずなのに、自分でも気づかぬうちに孤独に苛まれ、正気を失ってしまったのだろうか。


「俺の運気が爆上がりって……そんなわけないだろ? 家はあっても仕事がないんだ。家庭菜園も作ったけど、食べるためには貯金を切り崩さなきゃならない。俺はただの……無職のダメ男なんだ!」


 巨大な狸の置物に、俺は自分の不満や不安を吐きだした。


「そうくでねぇ。おめさんには自由があるじゃねぇか。会社を辞める自由。家をば買う自由。こん村に引っ越す自由。じぇーんぶ自分で決めたことだろう?」

「俺は……ただ、逃げて来ただけだ。今だって、一人きりの家から逃げて来たんだ」

「そりゃあ、おめさんには逃げる自由があったってことだっちゃ」

「逃げる、自由?」

「そうさ~。世の中には逃げられん人もいる。おめさんは、逃げるっつう選択肢があっただけ幸せっちゃ。逃げるのも迷うのも、おめさんが自由だから出来ることだよ~」


 巨大な狸の置物の言葉が、スーッと腹に落ちてきた。

 そうだ。いつもいつも、俺は選んできた。自由を放棄し、社畜を続ける道もあったのに、俺は逃げることを選んだんだ。

 納得したら、心の中に充満していた焦りが消えて、心が軽くなった。


「……あれ?」


 気がつくと、社殿の周りに人だかりが出来ていた。

 社殿の周りや石段の両脇にも明かりが灯っていて、初詣の村人達がカランカランと鐘を鳴らして、二拝二拍手一拝している。

 俺は狐につままれた――いや、狸に化かされたのだろうか。


 呆然とする俺の足下に「ナ~オ」と喉を鳴らしながら三毛猫がすり寄ってきた。

 その三毛猫は、ついさっき日の丸の扇子を手に舞い踊っていた巨大な三毛猫と模様の感じがそっくりだった。


「まさか、さっきのはおまえか? もう一匹はどうした?」


 しゃがんで猫の背中を撫でていると、「タマ!」と猫の名を呼ぶ声がした。

 立ち上がると、三毛猫を抱いた女性と老婆の二人連れが近づいて来て――俺はその老婆に釘付けになった。

 こんな例えは失礼にあたるだろうが、その老婆は例の狸の置物にそっくりだった。もちろんあの狸の置物は明らかにオスなのだが、目元の辺りが本当に似ているのだ。


「おお、タマがお世話になったなぁ。おめさん、新しく来た人だろ? 毎日古い家をば一人でよう直してたな」

「あ、はい」

「おめさん、干し柿は好きか?」

「えっ……いえ、あまり、食べたことないんで」

「うちのお婆ちゃんの干し柿は美味しいですよ。明日届けますね!」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 この二年参りの出会いをきっかけに、俺の環境はガラリと変わった。

 狸の婆さん(失礼)とその孫娘の伝手で、村の様々な手伝いを依頼されるようになり、耕作放棄地だった畑を無償で貸して貰ったことで本格的に農業を始めた。

 自然に囲まれた村での一年は、美しくも厳しいものだったけれど、俺は徐々に幸せを感じることが出来るようになった。


 そして、実りの秋を忙しく過ごして再びやって来た農閑期、俺は狸の婆さんの孫娘と結婚することになった。

 結婚式はあの神社での神前式だ。

 貸衣装の羽織袴を身につけた今も想像してしまう。俺はまだ、あの狸の置物と巨大な二匹の三毛猫に化かされているんじゃないだろうか、と。


『兄ちゃん、おめっとさん!』

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