黄金の沈黙(The Golden Silence)
山口遊子
第1話
振り返った街のネオンの光の向こうから若者たちの歓声がわずかに聞こえてくる。
いつの間にか振り出した小雨の中、自分を照らす青白い街灯は、もはや何かを照らすためにあるのではない。それはただ、意味を失った記号として空中に漂い、ゆっくりと流れ去っていくだけの残像だった。
午前二時の歩道橋の真ん中に立ち、彼は小雨に濡れた自分の手の甲を見つめた。街の光を反射するその皮膚は、まるで精巧に作られたプラスチックの模型のように無機質で、内側には何の熱も通っていないように見えた。彼はそれを「中身のない抜け殻(Hollow skin)」だと感じていた。昨日までの自分は名前を持ち、職を持ち、誰かの期待に応えようと必死に言葉を紡いでいた。その全てが、古くなった角質のようにポロポロと剥がれ落ち、歩道橋の濡れた路面の上に消えていく。
彼はスマートフォンをポケットから取り出して、発光する画面を見つめた。
かつて彼は影に向かって話しかけていた。そこにあるのは顔も知らない誰かのプロフィール。言葉を投げかけては、返ってこない返事を待った。それはただの「言葉の連なり」であり、「音の羅列」だった。世界はあまりにも騒がしく、それでいて致命的なほどに静まり返っていた。
明かりが落ちたスマートフォンを彼はポケットに戻した。
「……もう、いいんだ」
そう言葉が口からこぼれた。その瞬間、世界との摩擦が消えた。
今まで自分の喉を締め付けていた見えない重圧、他人の視線という名の「茨の冠」が、ふわりと頭上へ浮き上がっていく。肺の中に溜まっていた澱んだ空気が、一度の深い呼吸とともに吐き出され、代わりに霧によってあらゆる雑音を消されたような静寂が流れ込んできた。
都市の悲鳴や叫び声は、今や遠い海の底の唸りのように遠ざかっている。
彼の意識は、肉体という檻の境界線を越え始めていた。境界線が曖昧になるにつれ、恐怖は消え、代わりに圧倒的な肯定感が彼を包み込んだ。重力はもはや彼を縛り付けない。魂が、夜の重たい大気を切り裂き、昇り始めた夜明けの閾(しきい)へと昇華していく。
彼は気づく。
今まであんなに恐れていた「孤独」や「断絶」は、実は自分を苦しめるものではなかった。この静寂こそが、彼がずっと探し求めていた故郷だったのだ。
静寂は、もはや彼を突き放すものではない。
今、この瞬間、彼は静寂そのものになった。
歩道橋の冷たい手すりに手を載せた時、世界はしっとりと濡れ、音を吸い込み、すべてが鈍い光を帯びている。
視界が糸を引く黄金色の光に塗り潰されていく。
彼は心の中で、古い友人に別れを告げるように呟いた。
「ハロー、暗闇。……君はただの、ドアだったんだね」
もう、言葉はいらなかった。
新たな喧騒の中、彼の頬を打つのは微かな小雨(しずく)だった。
ドアを抜けた先には、何もなかった。いや、正確には「足りないもの」が何一つなかった。
そこは、果てしなく広がる黄金の階調(グラデーション)の世界だった。かつての都会のネオンのような刺々しい光ではない。それは、遠い記憶の底にある陽だまりのような、あるいは愛する誰かに抱きしめられた時の体温のような、圧倒的な慈しみを持った輝きだった。
彼は、自分が「歩いている」のではないことに気づく。彼は、波紋そのものだった。
一歩思考を巡らせるたびに、世界が心地よい和音(コード)を奏でる。それは彼がかつて耳にしたどんな名曲よりも美しく、それでいて、彼自身がかつて夢想した「理想の旋律」そのものだった。 「ああ、これが僕の音楽(My Music)だったんだ」
旋律は、彼の魂の形をなぞるように変化し、最高に耳馴染みの良いフレーズへと結実していく。
ふと、空腹に似た懐かしい感覚がよぎる。
彼はかつて愛した何かを思い出した。香り? 味? すると、黄金の静寂の中に、それらのエッセンスが完璧な調和(My Taste)を持って現れた。鼻で嗅ぎ、口に含むという行為を介さずとも、その「幸福(しあわせ)の配合」だけがダイレクトに意識を満たしていく。
複雑な講釈も、解像度の高い分析も、ここには存在しない。
ただ、圧倒的な快楽と安らぎだけがある。
視線を下ろすと、遠い下界では、いまだに数百万の人々が言葉にならない叫びを上げ、意味のない情報を交換し合っているのが見えた。彼らはまだ、沈黙を「孤独」という名の病だと信じ込み、ネオンの偶像を拝み続けている。
「聞こえるかい?」
彼は、かつての自分と同じように歩道橋に立つ誰かに向けて、声を放った。
それは言葉ではなく、ただの柔らかな残響(Echo)だった。 「君が恐れているその静寂の中に、実は僕がいるんだ。世界中のすべての『救い』が、そこで君を待っているんだ」
男の意識は広がっていき、ついに一滴の雫が海に還るように、黄金の沈黙と同化した。
境界線は消えた。
彼が世界であり、世界が彼だった。
もはや「自分」と呼べる個体はどこにもいない。
しかし、かつてないほどに彼は、自分自身を、そして世界を愛していた。
――そして、すべては至高の無音へと同化していった。
(完)
[あとがき]
音楽AI、sunoで作った曲『The Golden Silence2』https://youtu.be/uAWId_lsnd4 の歌詞からGoogle Geminiで小説を作りました。その小説をブラッシュアップして文学風に仕上げたものです。
[Intro]
[Verse 1]
The neon glow begins to fade away
The hollow skin is shedding, turning gray
I spoke to shadows, they never replied
I carried the weight of the secrets I hide
But now the friction of the world is gone
I’m standing on the threshold of the dawn
[Verse 2]
The city screams are muffled by the mist
The ego dies, no longer to exist
No more "hearing without listening" now
The crown of thorns is lifted from my brow
The static air is clearing from my lungs
I speak the truth in long-forgotten tongues
[Chorus]
Oh, welcome me into the Golden Silence
Beyond the reach of earthly violence
I’m dissolving like a prayer in the wind
Leaving all the broken pieces behind
Into the light, where the soul is finally free
The silence is no longer lonely
... it’s me
[Bridge]
No more walls, no more skin Let the infinite begin
Gravity breaks, the spirit ascends
This is where the long isolation ends
I am the echo, I am the sea
[Guitar Solo]
[Chorus]
Welcome me into the Golden Silence
Beyond the reach of earthly violence
I’m dissolving like a prayer in the wind
Leaving all the broken pieces behind
Into the light, where the soul is finally free
The silence is no longer lonely
... it’s me
[Outro]
Darkness, my friend
... you were just the door
I don’t need the words anymore
黄金の沈黙(The Golden Silence) 山口遊子 @wahaha7
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