記念メダル

白川津 中々

◾️

 記念メダルが、私の宝物だった。


 地元にある小さな遊園地で作った打刻式のメダルには父と母と私の名前が彫られていて、ずっと大切にしていた。


「今日からお父さんとは別々に暮らすから」


 十歳の誕生日、母からそう告げられた。

 用意されたケーキとプレゼントが悲しみの象徴に変わった。


「どうして」


 そう聞いても、母は「どうしても」というばかりで答えてくれない。私はダイニングから逃げ出して部屋に篭った。


 誕生日、どうしてお父さんがいないのだろう。どうしてこんなに悲しい気持ちにならないといけないのだろう。胸の奥から涙が出てきて止まらない。部屋の扉が何度叩かれても母の顔を見たくなくて、布団に潜って耳を塞いでいた。三人でいられない事が、家族で遊園地に行けない事が、私から生きる希望をすっかり奪ってしまって、幸福だった毎日が行手を遮る壁のように立ちはだかり、私を前に進ませないようにしていた。


 程なくして音が止んだ。私は起き上がって机に座ると、飾っていた三人の名前が刻まれたメダルが目に入った。父の名前が、影をとなって浮かんでいた。


 もうこれは、宝物じゃないんだ。

 

 父がいなくなった誕生日。涙はもう、出てこなかった。

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