沸騰
おげんさん
第1話
目が覚める。布団の中で手足の先がひんやりと冷たい。
薄い光が部屋の隅を白く染める。音はほとんどない。窓の外では風が微かに揺れ、空気の密度だけが動いている。
床に足を下ろす。布団の重さが肩を押すように残るが、すぐに抜ける。
朝の静けさが体に浸透していく。呼吸がゆっくりと胸の奥を巡る。
床を踏むたびに、微かに振動が返ってくる。
洗面所に向かう。冷たい水が頬を滑り、指先に触れる。
水面が震え、体温の中で小さく波紋を作る。
温度の変化が体の隅々に伝わる。静かな流れの中、差し込む朝の光が、体の内側でひそかな火を点す。
朝食をとる。容器がテーブルに置かれ、食べ物が口に入る。
噛むたびに内部が少しずつ膨張する。
飲み物が喉を通り、体の芯に熱が広がる。まだ形を変える段階ではないが、揺れは始まっている。
外に出る。歩くたびに靴底が地面を押し返す。
周囲の雑音が小さく重なり、体に反響する。
足取りは一定だが、呼吸が速くなる。光が差し込み、肌に触れ、徐々に温度が増す。
街の中を進む。人の気配、車の音、遠くで金属がぶつかる音。
それらはすべて、触れることのない外側の振動として体に届く。
内部の熱が、外界の摩擦に反応して小さく揺れる。
仕事や用事をこなす時間、動きは止まらず、反復する。
手が触れる書類、机の角、物を持つたびに細かな振動が体内に伝わる。
内部では小さな泡が離れたり消えたりしながら、徐々に勢いを増す。
昼を過ぎると、呼吸と動作が連動して活発になる。
体の芯が膨張し、音にならない振動が増す。
机に置かれた道具、周囲の景色、どれも熱の伝達に関わり、動きのリズムを強める。
午後、内部の熱が体全体に満ち、揺れが目立つようになる。
肩や背中に張りが生まれ、血の流れが速まる。
体の端々で小さな泡が大きく膨らみ弾け、上へ向かう力は強くなる。
夕方になると、動きが緩やかになる。
光は傾き、影が長く伸び、周囲の温度は徐々に下がる。
体内の揺れは残るが、表面の動きは落ち着き、熱は余韻として残るだけになる。
帰宅する。服を脱ぎ、床やベッドに触れる。
光のない部屋の中で、空気が静かに体を包む。
余熱は体を通り、微かに揺れる。熱は残るが、外に出る力は減る。
夜は音も動きも消え、体の内部はほの床や布団に触れる感覚が、熱の残滓をゆっくり吸い込み、静寂が広がる。
呼吸は整い、動きは止まったはずだが、内側の揺れはごく微かに残る。
体の芯のどこかで、まだ小さな泡が弾けるような音を立て、上へ向かおうとする。
外の空気は冷たく、光は消え、動きも音も失われたはずだが、内部の熱は完全には鎮まらない。
目を閉じると、静けさとわずかなざわめきが同時に残る。
日中の全ての動きが沈む一方で、体の奥にはまだ熱の余韻がくすぶり、眠りがそれをゆっくり溶かしていく。
注がれ、温められ、揺れ、弾け、静まる一日の終わり。
そして、夜は完全には眠らず、明日を静かに待つ。
沸騰 おげんさん @sans_72
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