第2話 犬でもフェンリルになるさ
「先週、テイマーとして認定されたから、新しい従魔をと思って」
「……そ、それでオルトロスを……?」
たらりと冷や汗を流すキアラ。新人にオルトロスは荷が勝ちすぎるものだったのかな?
テイマーと従魔に必要なものは愛だろ。愛にテイマーになってからの期間なんて関係ないさ。
「さすがにまだ難しいものなのかな?」
「さ、さあ……ヨハンネスくんは
「もちろん! 対象と心を通わせ、従魔として契約してもらう行為のことだよな」
「ま、まあそんなところじゃないかな?」
何故か疑問形のキアラであった。額に手を添え、猫耳をペタンとさせた彼女は意を決したようにキリッとこちらを凝視してくる。
先輩テイマーとして何か助言をもらえるのかと、ドキドキで彼女の言葉を待つ。
「さっきのオルトロスは人を餌としてか見ていなかったわ。だから、調伏ができそうにないわよ」
「教えてくれてありがとう。別のオルトロスを探すよ」
「そ、そうなんだ。あ、あと、その子、あなたのペット?」
「おう、シバは俺の従魔だよ」
はっはと尻尾を振るシバに目を落とす彼女へ食い気味に返す。
そして、彼女に向け胸を反らし高らかに宣言する!
「俺の夢はシバがフェンリルにまで進化することなんだ。いや、進化させてみせる」
従魔には進化型とそうじゃないタイプがいる。進化型は最初は強くないが、成長させると進化し、強くなるのだ。
オルトロスは進化型じゃないタイプで、最初から強いが調伏し、心を通わせるか、自分を主人として認めさせる必要がある。
そのためにはテイマー本人の強さを調伏対象に見せなきゃならない。
「い、犬はフェンリルに進化しないわよ……」
「ん?」
「な、なんでもない。ヨハンネスくんは私と同じで『進化』で従魔を強くしようとしていたのね」
「おお、あのウェアウルフは進化で?」
うん、と頷き猫耳がピンとなり腰に手を当てるキアラ。彼女の動きに合わせウェアウルフが彼女の横にお座りし、わおんと鳴く。
彼女の説明によると、元は毛並みの美しいワイルドウルフだったのだそう。彼女と共に冒険に出て経験を積むことで、ダイアウルフになり、更にウェアウルフにまで進化した。
「この子、フィルモアとは私が駆け出しのことから一緒なの」
「ウェアウルフにまで進化したってことは、フェンリルまであと一歩だ。すごいなあ」
「この子の性格だとフェンリルじゃなく、クーシーかガロウになるかなと思ってるわ」
「クーシーもガロウもカッコいいよな!」
彼女の手前言えなかったが、正直なところ俺はフェンリルがいい。捕捉すると、ウェアウルフの次の進化は最終進化先となる。
最終進化先は氷の精霊を操るフェンリル、癒しやサポートができるクーシー、そして攻撃特化のガロウだ。
何故フェンリルなのかって? そらもう響きがカッコいいからだよ、うん。
◇◇◇
あの後、オルトロスに他の個体がいなさそうだったので街まで帰還した。キアラ? 彼女はウェアウルフに騎乗して移動だったので、ダンジョンを出た後別れたんだ。従魔に騎乗とか憧れしかないぜ。俺も近いうちに達成したい。
街に戻ったらまず宿を……とやってきたのが冒険者ギルドである。ここは俺のようなテイマーをはじめとしたモンスターの討伐や採取で生計を立てている冒険者御用達の施設なのよ。冒険者ギルドでは仕事の斡旋だけでなく、宿と酒場が併設しているので、ここに来るだけで他を探さずとも済むのだ。
一般の宿や酒場だとシバが同伴できないこともあるので、余計に冒険者ギルドで食事も宿も済ませることになるんだよね。
そんなわけで、宿を取り、酒場で一杯やり始めたってわけさ。
「お待たせしました」
店員さんがビールに煮込み料理、パン、そして、シバ用の肉と野菜を持ってきてくれた。
「はっは」
「シバ、たんまりと食えよー」
千切れんばかりに尻尾を振ったシバがガツガツと食べ始める。そんな彼の様子を眺めながら、ビールを一口。
「うめえ」
オルトロス見学のついでに採取もしてきたから懐は潤っている。ダンジョンに入る手前が自然洞窟になっていただろ? そこで、蛍石という鉱物? 鉱石? を採集してきたんだよ。ダンジョンの壁なら拳一発で砕けるから手軽なんだよ。さあて、今夜は飲むか。
「ヨハンネスくんじゃない。もう戻ったの?」
「キアラじゃないか。フィルモアは?」
「フィルモアは馬小屋を借りてぐっすりお休み中よ」
「一緒じゃないのかあ」
先輩テイマーとご一緒したら、従魔ともご一緒したくなるのは人の常だろ。特に彼女の従魔はウェアウルフでもっふもふした美しい毛並みをしているから尚更だ。何を思ったのか分からないが、彼女が不機嫌そうにむくれつつ向かいに座る。
番犬たるシバは食べるのに必死だし、誰も彼女を咎めようとするものはいなかったのだ。
「こんなかわいい子がいるのに」
「ん? ビールでいいの?」
頬杖をついて猫耳を片側だけペタンとさせた彼女がため息をつく。しかし、がばっと両手を開き声を張る。
「……肉、肉よ!」
「ほおい、店員さーん」
ついでにシバの分とフィルモアの分も頼もうっと。フィルモアの分をおごるから後で撫でさせて欲しいとちゃっかりと約束を取り付けたぜ。
俺もビールをおかわりして、じゃんじゃん運ばれてくる肉を前にコツンと木製のジョッキを打ち合わせる。
「乾杯ー」
「ありがとう、いただくわね」
「おう、たんと食べたまえ。蛍石で潤っているのだ」
「いつの間に蛍石を採掘したの? ツルハシとか持ってたっけ?」
拳でガツンだぜ、という意味を込めて握りこぶしを彼女に向け掲げたら、嫌そうな顔をされた。
「ほんと意味が分からないわ。まあ、犬を……いえ、何でもないわ」
「シバが気になるの? 可愛いからな!」
「……突っ込むのも疲れるだけだわ。テイマーだったのよね、ヨハンネスくん」
「そうだぜ。キアラみたいなベテランテイマーを目指してんだ」
彼女は謙遜するも、ウェアウルフまで進化させた彼女のテイマーとしての腕は上級に位置すると思う。
もう一段階ウェアウルフが進化したら、S級テイマーになるものな。その一歩手前まで来ているのだから、彼女のテイマーとしての優秀さが分かるってもんだ。
「あ、一つ聞きたいことがあったんだ」
「どうしたの改まって」
「熟練テイマーだったら、従魔と言葉を交わせたりするの?」
「元々会話できる種族じゃないと無理よ。例外はほら、あれ」
彼女の目線の先にはフクロウを肩に乗せた耳の長いエルフの冒険者だった。彼はちょうど冒険から戻ってきたようで受付に並んでいる。
あのフクロウが喋るのか!?
偽テイマーはドラゴンライダーの夢を見る~その野良犬、従魔じゃなくてただのペットだよね~ うみ @Umi12345
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