第3話 地味な限界キャバ嬢と映画を観る

 12月の半ば、僕は自称限界キャバ嬢の深雪と映画を観に行くことになった。

 待ち合わせは南海なんば駅北口の改札を出たところだ。

 僕が改札を出るとコートを着た女が駆け寄ってくる。

「こんにちは」

 このイントネーションで深雪だということがわかっが、見た目はまるで違った。

 どれくらいちがうかと言うと深夜のコンビニ前にいたのが豚骨ラーメンだとすると現在の姿はもり蕎麦ぐらい違う。

 なんか、ものすごくあっさりした雰囲気になっている。

 あのけばい化粧は家に置いてきたのだろうか。

 うっすらと化粧はしているのはみてとれるが、かなりナチュラル目だ。

 この人こんなに肌が白かったんだ。

 服装は白いVネックのニットに茶色のロングスカート、そして黒色のコートを着ていた。

 胸の谷間が見えないのは残念だ。

 Vネックではあるが胸の谷間が見えるほどには深くない。

「深雪さんですか?」

 思わず訊いてしまう。

「そうやよ、うちしかおれへんやろ」

 けらけらと深雪は笑う。

 この笑い方はやはり深雪だ。

 化粧が違うだけでこうも違うのか。

 今の深雪は蛇女度はかなり低い。

「なんか雰囲気違いますね」

 僕が言うと深雪はふふんっと鼻を鳴らす。

「うち普段はけっこう地味なんよ。あら、もしかして孝仁君はこっちのほうが好みかな」

 深雪の言葉に思わずええまあと答えてしまう。

 たしかにあの派手なキャバ嬢メイクよりはこちらのナチュラル目の方が好みでははある。

「ほんなら行こか」

 深雪は何が楽しのか、笑顔で僕の手を握る。

 悔しいけど蛇女の手はすべすべしていて気持いいので、離すことは出来ない。


 僕は深雪に手を引かれて、なんばパークスの八階にある映画館に入る。

 深雪が観たいというのはクロウナイトというアメコミ原作のハリウッド映画出であった。

 映画はさすがはハリウッドという感じで、めちゃくちゃ楽しめた。

 ド派手なアクションに謎が謎を呼ぶストーリー。正直二時間があっという間に過ぎた。

「映画おもろかったわ」

 映画館を出たところで深雪はシンプルな感想を漏らす。

 たしかに深雪の言う通り、映画は二千円を払って観る価値はあるぐらいには面白かった。

「そうですね、とくにクロウナイトがビルから飛び降りながら敵のミスタージュピターと戦うシーンは圧巻でした」

 あのシーンは思いだしても手に汗がにじむ。

「うちはシャドウレディとのキスシーンやな。お互いの正体知らんのになんかノリでキスするのアメリカって感じやわ」

 深雪の言う通り、なぜあそこでライバルのシャドウレディとクロウナイトがキスするのか、謎であった。

 おそらくはセクシーなシャドウレディのサービスシーンだと思われる。

「孝仁君、お腹すかへん」

 すかへんとは何編だろうか。

 いや、お腹空かないかの意味か。

 腕時計を見ると午後一時をまわっていた。

「そうですね、お腹空きましたね」

 空腹ではあるが、女性とランチなんてしたことのない僕には良い案がない。

「ほんなら下に串カツの食べ放題があるねん。今日平日で安いしそこ行けへん」

 そういえば大阪に引越してきたのに串カツは食べていないな。

 ほんならそこにしましょうと僕がいうと深雪はけらけらと笑う。

「イントネーションちゃうで自分」

 何がつぼにはまったのか、深雪は店につくまでずっとけらけらと笑っていた。

 最初この笑い方には慣れなかったが、今では可愛いとすら思えるようになっていた。

 今日の深雪は僕の好みのメイクをしているからかも知れない。

 蛇女度が抑えられている分、可愛いさは若干ましているような気がしないでもない。

 

 平日なので店の中はそれほど混んではいなかった。すぐにテーブルに案内される。

 テーブルには、はめ込み式の鍋が置かれていて、油が満たされている。店員さんが鍋に火をつけてくれた。

 どうやら自分で具材を取ってきて、それに小麦粉をといた水をつけて揚げるようだ。

 ちょっとしたパーティみたいで楽しい。

 僕は肉や海老、ウインナー、エリンギを揚げる。

 深雪はたこ焼きを持ってきた。

 それとカレーも持ってきた。

「こういう食べ放題のカレーってなんで食べてまうんやろな。ほら孝仁君一口食べてみ」

 深雪がスプーンですくい、僕の前に差しだす。僕は遠慮なく食べる。

 深雪の言うこともわかる。

 カレーなんてどこでも食べられるのに、ついつい食べてしまう。

 カレーにはそのような魔力のようなものがあると思う。

 深雪は僕が口をつけたスプーンでそのまま食べる。これは間接キスか。

 まあ彼女はそんな事は気にしないだろう。

 牛肉を揚げて、僕はたっぷりとソースをつけて食べる。

 深雪は串にたこ焼きを刺し、それを揚げる。

 揚げたたこ焼きをふーふーと息を吹きかける。

 深雪は息をふきかけるとき、少し前屈みになる。そうするとVネックの隙間から胸の谷間が見えた。

 ふむ、今日も胸の谷間を見ることができた。

 蛇みたいな顔をしているが、深雪の胸の谷間は魅力的だ。

 ぶっちゃけると夜のおかずに使ったことがある。

 ご飯のおかずとは違う意味のおかずだ。

「ほんならまた具材取りに行くか」

 僕はまた深雪のほんならを真似する。

 ぜんぜんちゃうわと笑われた。

 

 いくつか具材を取ってきて、またそれをあげて食べる。

 このお店けっこう楽しい。

「ほんなら深雪さんは料理とかするんですか?」

 僕は深雪の真似をして訊いた。

 深雪は串カツを手際よく揚げるので、もしかすると料理をするのではないかと思った。

「孝仁君ほんならの使い方間違ってるで」

 深雪はけらけらとと笑い、鶏肉の串カツを揚げる。僕の分も挙げてくれた。絶妙な揚げ具合だ。

 串カツは、かりかりさくさくで美味い。

「うちこう見えて料理得意やねん。昔は弟と二人暮しやってたからな。自炊して始末せなあかんかったねん」

 深雪に教えてもらったのだが、始末とは大阪弁で節約するという意味らしい。

 始末というと殺されるのではないかと若干震えた。

 深雪は聞いてもいないのに両親をはやくに亡くし、弟と二人暮しをしていたと語る。

 弟の学費を稼ぐために水商売の世界に入ったという。そして弟は大学を出て、今では神戸で会社員をしているという。

 まったく聞いてもいないのにぺらぺらとよく喋る蛇女だ。

 お代替わりにちらちらと見える胸の谷間を記憶にとどめておいてやろう。

「得意料理とかってあるんですか」

「うちハンバーグが得意やねん。肉汁たっぷりでめっちゃおいしいで」

 ちょうど串カツのハンバーグが揚がったので僕はそれを食べる。

 ハンバーグは予想通りの味だった。

 僕たちは大いに飲食いし、翌日胃もたれした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜のコンビ前で出会った三十二歳限界キャバ嬢と出会った話 白鷺雨月 @sirasagiugethu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画