第2話 深夜に限界キャバ嬢と牛丼をたべながら古い映画の話をする
23時にシゴトを終えた僕は終電間近の電車で最寄り駅まで帰ってきた。
駅近くのコンビニでおでんでも買おうかなと思い、立ち寄る。
12月に入り、めっきり寒くなったのでおでんが食べたくなったからだ。
コロナ禍以降おでんはレジで頼むスタイルだ。僕はおでんを購入するためにレジ前に並ぶ。何も商品を持たずにレジに並ぶのはなんとなく恥ずかしい。
僕がレジ前に並び、おでんの具は何が良いかなと考えていたら、カツカツというハイヒールが床を鳴らす音が聞こえた。
まさかと思い足音のほうをみると派手な化粧の蛇顔の女が近づいてくる。
「やっぱりおったわ」
何がやっぱりだろうか。
「こんばんは」
とりあえず挨拶しておいた。
挨拶は社会人として常識だ。
「あっこんばんは」
僕のこんばんはとは違う大阪弁のイントネーションのこんばんはが返ってくる。
「なあ孝仁君、牛丼食べにいかへん」
自称限界キャバ嬢こと深雪は僕の目をじっと見てくる。
これまた蛇ににらまれた蛙になってしまう。
でも今日はおでんを食べようと思っていたのだ。牛丼ではない。
僕が断ろうとしたら、ええよなと半ば強引に連れ出された。
これではまるで誘拐ではないか。
警察を呼んだほうがいいのだろうか。
コンビニでおでんを買おうとしたら蛇顔のキャバ嬢に連れ出されました。
いや、こんなことを言っても警官はとりあってくれない。
仕事がら警察官とはそれなりにつきあいがあるが、彼らはめちゃくちゃ忙しい。
僕はあきらめて、深雪に連れ出されることにした。なぜなら握られた手を振り払うことができなかったからだ。
蛇顔のキャバ嬢の手はとても触り心地がよかったからだ。
悔しいかな女性に手をにぎられて、喜んでいる自分がいる。
「今日な、お客さんと牛丼の話してて食べたくなったねん」
僕の手を引きながら、深雪は言った。
深雪の店では客と牛丼の話をするのか。
キャバクラで牛丼の話をする男とはどんなやつだ。
そうこうしているうちに牛丼チェーン店に着いた。
店員に空いている席にどうぞと言われる。
「孝仁君、あそこに座ろ」
深雪が指さすのは奥のソファー席であった。
とりあえず深雪にソファーの方に座ってもらい、僕は普通の席に座る。
どうやらタブレットで注文するようだ。
僕は三種のチーズ牛丼とサラダのセットを頼む。
深雪はねぎたっぷり牛丼を頼んでいた。
すぐに料理が運ばれてくる。
僕はお箸を深雪にわたして、自分の分も取る。
深雪はありがとうなと言った。
二人同時にいただきますと言ったのがつぼにはまったのか深雪はけらけらと笑う。
よく笑う女だ。
「夜中に食べる牛丼は格別に美味いな」
その深雪の意見には賛成だ。
夜中に食べる高カロリー食はたまらなく美味い。
体には良くないと思うけど。
深雪はスプーンで牛丼を食べていた。
お箸は渡し損になった。
僕は丼を持ち、三種のチーズ牛丼をかきこむ。
「この一緒についてくるあんまり具のない味噌汁がまたええねん」
そう言うと深雪はずずっと味噌汁をすする。
たしかにこのチープな味は癖になる。
僕もつられて味噌汁を飲む。
「ところで孝仁君は好きな映画とかあるん?」
何がところでなのか良く分からない。
まあだまって牛丼をたべるのもなんだし、僕は深雪の質問に答える事にした。
「バッグトゥ・ザ・フューチャーかな」
少し前に三週連続でTV放送したのをたまたま見て、面白かったのを思いだした。
「けっこう古いのが好きなんやね」
深雪は言う。
「テレビでやってたから」
「ああっやってたな。若い時のマイケル・J・フォックスってかっこええよな。マイケル・J・フォックスのJってなんやろな」
僕はさあと深雪に答える。
「深雪さんは映画とか見るんですか」
僕が聞くと深雪はふふんっとと胸をはる。
胸をはるので谷間が見えて、思わず見てしまう。
自身の性欲に嫌気がさす。
どうして蛇顔キャバ嬢の胸の谷間をみてしまうのだ。
「私も古い映画けっこうみるよ。せやなスタンド・バイ・ミーとか好きやな。少年時代のリバー・フェニックスがほんまにイケメンやねん」
リバー・フェニックスって聞いたことがあるな。たしかインディー・ジョーンズの少年時代を演じていたっけ。
僕がそういうと何故か深雪が自慢げにせやなと胸をはる。
だから、それはやめて欲しい。
また胸の谷間をみてしまう。
「スタンド・バイ・ミーってどんな映画ですか?」
スタンド・バイ・ミーという映画はタイトルは知っているが内容はあまり知らない。
「なんか少年四人が死体を探す話やねん。ほんで最後にジャック・バウアーが出てくるねん」
なんだそれは。
どうしてラストがアメリカドラマの24になるんだ。
僕は聞くんじゃなかったと後悔する。
「邦画だったら何が好きなんですか?」
話題を変えるために僕は話をふる。
「せやな、いろいろと好きなもんあるんやけど、金田一耕助かな。豊川悦司の八つ墓村が好きなんよ」
深雪はまた胸をはる。
だからその癖やめてくれないかな。
それをされるたびに胸の谷間に視線がいくじゃないか。
「金田一ってじっちゃんの名にかけてっていうのですか」
僕が言うと深雪はちゃうちゃうと手のひらを顔の前で左右に振る。
ちゃうちゃうとは犬の種類か。
いや、大阪弁で違うという意味だ。
「そのお祖父ちゃんのほうやで。豊川悦司の金田一耕助って酷評されてるけど、うちは好きやねん」
深雪の好きやねんという単語が耳にひっかかり、前半はよくききとれなかった。
「アニメも好きやで。ほらあの犬のホームズとかリバイバル上映観に行ったねん」
犬のホームズとはなんだと僕が不思議がってると深雪はスマートフォンの画面を見せてきた。
どうやら犬を擬人化させたシャーロック・ホームズというアニメが昔あったらしい。
しかも監督が宮崎駿ということに正直驚いた。
しかし、こんな古いアニメを好きだなんて深雪は何歳だ。三十二歳というのが疑わしくなってきた。
「ほんなら孝仁君、今度一緒に映画観に行かへん」
何がほんならなのか良く分からないが僕は深雪と映画を観に行く約束をしてしまった。
しかもラインまで交換してしまった。
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