第2話 魔王様、どうぞお座りください!

「つまり……なんらかの影響で時空の歪みが発生し、魔王も勇者もいない世界と繋がってしまったということか」

 魔王様が外の様子を見ながら言いました。


「……だと思います。少なくとも、私たちの世界では、そういったものは作り話の中でしか存在しませんから」

 コフィも信じられないといった様子で答えます。


「そうか。……すまなかった。数々の非礼、許してほしい」

 状況を理解した魔王様は、深く頭を下げました。コフィも慌てて頭を下げます。


「いえいえ、わたしも突然のことでびっくりしちゃって! ごめんなさい!」

「では、これで失礼する」


 魔王様が扉を開けて外へ出ようとすると。


 ビュウウゥゥゥ!

「あわわわわ! 魔王様!?」


 コフィが止めるよりも先に、大雨と風が勢いよくお店の中へ入り込んできます。魔王様は慌てて扉を閉めましたが、彼の顔は雨でびしょ濡れになってしまいました。

 鎧にはクスノキの葉っぱもくっついています。


 またしても魔王様の眉間に深いしわがよりました。


「どうやって元の世界に戻ればいいんだ……?」

「その前に、タオルをどうぞ!」


 コフィがカウンターの下から真っ白いタオルを探して、かけよりました。

 天気は一向に良くなる気配がありません。


「すまない」


 タオルを受け取った魔王様は、顔についた水滴を拭き取りました。最後に、頭から生えている二本のツノにも、丁寧にタオルを当てていきます。


(角も作り物じゃなさそう……本当に違う世界からきたんだ……)


 コフィは思わず、魔王様のツノに見入ってしまいました。仮装ではない、動物に生えているのと同じ、本物のツノのように見えました。


「どうした? 俺のツノがそんなに珍しいか?」

「ひぇっ! あっ! ご、ごめんなさい……初めて見たもので!」

「ふっ、普通の人間なら俺を見ただけで卒倒するのだがな……本当に違う世界へ迷い込んでしまったらしい」


 魔王様は嬉しそうな、困ったような、複雑な表情をうかべました。

 コフィはタオルを受け取り、カウンターへ戻ります。


「しかし、帰り方がわからないとなると……困ったな」

「まあまあ、この大雨ですし、ちょっとゆっくりされていってはいかがですか?」


 コフィはカウンター越しに、窓の外を眺めている魔王様に話しかけました。


 魔王様は、コフィに案内されて、カウンターテーブルの前の椅子に腰掛けました。ガチャリと鎧が音を立てます。


「どうぞ、魔王様」


 魔王様は鼻先にただようコーヒーの香りに顔をあげました。

 目の前には、白いカップが置かれていました。中には、琥珀色に輝くコーヒー。白い湯気がふわっと上がります。同時にコーヒーのいい香りが漂います。


 コフィに勧められて、魔王様はゆっくりとカップのハンドルをつまみました。

 中に入った液体を怪しそうな目つきで眺めます。


「……なんだ、これは?」


 異なる世界からやってきた魔王様は本当にコーヒーのことを知らないようです。コフィは嫌な顔ひとつせずに、丁寧に教えます。


「これはコーヒーと言います。疲れた体を癒してくれますよ」

「……回復薬か何かか?」

「ふふふ、違います。ただの飲み物です」


 なかなかコーヒーに口をつけようとしないので、コフィが危険な飲み物ではないことを説明します。先ほど淹れた濃いめのコーヒーを一口飲みました。


「ね、おいしいですよ」と、笑顔を見せると、魔王様は恐る恐る手に持ったコーヒーカップを口に近づけました。



 一口。ずずっ。



 ごくりと音を立てて喉が動きます。魔王様は目を閉じてコーヒーを味わい、ゆっくりと目を開けました。


「……苦い。しかしその中にすっきりとした酸味が広がるな」

「どうです? 気に入っていただけました?」

「……ああ。落ち着くよ」


 これまでで一番穏やかな表情を見せた魔王様を見て、コフィもまた嬉しくなるのでした。

 あっという間に、魔王様の持っているコーヒーカップは空になってしまいました。ふう、と一つ息を吐き、残念そうな顔をする魔王様はコフィに尋ねます。


「……、名前はなんという?」

「私ですか? コフィと言います」

「コフィ、もしよかったら――」


 魔王様が言い終える前に、コフィは目の前のコップにコーヒーをそっと注ぎました。


 ふわぁっ。

 再び、あたりにコーヒーのいい香りが漂います。


「おかわり、どうぞ」

「――!? なぜわかったのだ?」

「ふふふ、もっと飲みたいって顔をしておりましたから。どうぞ、魔王様」


 コフィに勧められて、魔王様はコーヒーカップを手に取りました。しかし、一度持ち上げて、再びテーブルの上へ戻します。


「すまない、トイレを貸してくれないか」

「トイレなら、あの奥に――」


 ガチャリと鎧が音を立てます。

 魔王様は立ち上がり、小走りにトイレへ向かいました。バタンと扉を閉める音が響きます。


(魔王様もトイレに行くんだ……って、当然か。コーヒー飲んだらね……)


 ところが、いつまで経っても、魔王様はトイレから出てくることはありませんでした。


 不思議に思って、コフィがトイレのドアをノックすると、返事がありません。ドアノブを回すと、鍵はかかっていませんでした。


 ガチャリ。


 扉を開けると、窓ひとつないトイレの中には誰もいなかったのです。

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2025年12月28日 17:00 毎週 日曜日 17:00

魔王様、コーヒーのおかわりはいかがですか? まめいえ @mameie_clock

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