第二の華麗な推測

「あ、そうだ姉さん。ちょっと言いたい事あんだけど……って、その手なに?」


 眉を潜めて睨みつけてくる我が弟の健次けんじ

 その愛おしい顔を不敵な笑みで見ると、再度手を伸ばした。


「ふっ、前置きなんてこの私には不要なんだから。とっとと渡しなさい、クリスマスプレゼント」


「……は?」


「は? じゃないっつうの。こんなの初歩的な推理でしょ。今日は12月23日。クリスマスイブイブ。あんたは明日、彼女としっぽりどっぷりの時間を過ごす。翌日は仕事の後に、野郎たちとリア充アピールのための飲み会」


「その昭和のオッサンみたいな言い方やめろっつたよな……後、微妙にムカつく言い回しだよね」


「と、なると愛しい姉と過ごす時間は取れない。悔しさと贖罪の念に潰されそうなアンタはこう考える」


 私は右手の人差し指を宙でクルクル回す。


「大好きなお姉さんにせめて気持ちだけでも伝えたい。そうだ! 姉さんこの前、欲しいアクセがあるって言ってたな。せめてそれだけでも……と思うのは自然な流れ」


「……ほうほう。続きは?」


「これ、決定打。あんたのジャケットの右ポケットが不自然に膨らんでいる。それ、丁度アクセの箱くらいの大きさ。そして部屋に入るや否や、何度も右ポケットを触っている。これは心理学的には大切なものを隠し、守ろうとする行為。これ、すなわち宝物のようなお姉さんへのクリスマスプレゼントを守ろう、と言う気持ちの表れ……って、痛い! いきなり頭叩かないでよ! お馬鹿になるじゃん」


「手遅れだろうが、スカタン」


 と、言いながら健次は右ポケットから小さな箱を取り出す。


「あ~! ほらほら、ドンピシャじゃん! とっととよこしなさいよ」


「根本的な部分、大はずれ。こいつは紗菜さなへのプレゼント。お前には一円も使う気ない。あと、守ろうとしてたのは事実だが、それはどこかのクソ卑しい女にばれてアレコレ勘違いされるのがめんどくさかったから。今みたいに」


「……私の推理に寄ると、その『今』ってのは今?」


「お前、推理ってつけたら何でもオッケーと思うの、やめような。そうだよ。あと、言っとくとお前に対して悔しさも贖罪の思いも一ミリもない」


「ぐぐ……」


「大体、お前……推理推理ってうるさいけど、お前のは推理じゃなくて『願望』じゃん」


 そう言ってからかうような笑みを見せる健次に、思わずひるむ。


「証拠は……あるの。そんなこと言って証拠無かったら、分かってるでしょうね!」


「なんで証拠いるんだよ。それ、探偵じゃなくて犯人のセリフじゃねえか。ミステリーを歪んだ捉え方すんなって。大体、そんなにプレゼント欲しかったら、この前言ってた後輩の人からもらえばいいじゃん」


 ……ぐ。

 私は思わずひるんだ。


「その言い方やめてよ。メンタル来る」


「……あ……なんか、ごめん」


 目を逸らす健次を思わずにらみつけた。

 うう……向井君……


 そう。

 この前のお食事デート。

 本来はあそこでバチコン! と決めて、今頃は熱く爛れたクリスマスイブの構想を練ってる……はずだった。

 そして、来年の今頃は出来ちゃった結婚に向けての段取り進めてるはずだったのに。


「あれから連絡ない。ねえ、ここから導き出される推理、聞かせて」


「……言っちゃって、いいの? マジで。姉さん再起不能になると思うけど」


「やっぱ聞くのやだ! くうう……なんでよ! 見た目だって悪くない。賢く、優しく、明るく、元気。三十路だけど、これも年上女性の妖しい魅力じゃん! しかも、殺人事件が起こったら解決だってしてくれる! こんな有料物件がなんで売れ残ってるわけ? 理解不能なんですけど……」


「まず、推理ごっこやめな。それあると、やけに判断こじらすから。それで前の彼氏にもいきなりハネムーンベビーの話しして秒で振られたんだろうが」


「ごっこじゃない! 私にとって推理は呼吸と同じなの。推理しない私なんて、釣られた魚と一緒」


「じゃあ、ちゃんと考えろ。妄想じゃなく」


 ぐぐぐ……こんちくしょう。

 奥歯をギリギリ鳴らしてると、スマホから某民放のミステリードラマのテーマが流れる。

 誰よ……ったく。

 ダラダラと確認した私は、瞬間息が止まった。


 向井……君。


 そこには向井君からのデートのお礼と、ラインが遅れたことへの謝罪。

 そして……そして……「また機会があったら、ぜひ」との言葉!


 これは……

 むむっ! 私の中の灰色の脳細胞がプチプチ目覚めた!


 デートのお礼と返事の謝罪。

 つまり「デートを大切に思ってた」


 そして運命を分ける一文はこれ!

『また機会があったら、ぜひ』

 ……冷静に分析するのよ、小梅。

 この推理を誤ったら、この恋は……破滅。


「……姉さん、どしたの? 押しが結婚でもした?」


「やかましい。今、推理中」


 ふむ……ここから導き出される真実は……


『また機会があったら、ぜひ』

 つまり「彼は私に会いたがっている!」

 つまり……


 ストップ……待ちなさい、小梅。

 今、頭の中で三段論法を組み立てようとしたでしょう。

 つまり……いや、ダメ。


 落ち着いて。冷静に。

 今回は推理のクオリティを上げるパートなんだから。


 ……でも。

 でもね。

 冷静に思考を組み立てようか。


『また機会があったら、ぜひ』って、嫌だったら出てこない言葉だと思わない?


 うん。そうよ!

 これは……勝ち確。


 ふむ……ふむ!

 この推理、正解と告げている!

 どこから見ても反論の余地が無い!


 私は弾丸の速さで返信すると、思わず含み笑いがもれた。


「ふっ……ふふ……ふっ……」


「……どしたの?」


「きゃあ~! みろ、バカ健次! 私は勝った!」


 そう言って満面のドヤ顔でラインの画面を見せる。


「もうこれ、勝ち確でしょ。ざま見ろ、私にもイブは来た!」


「……この返事……送ったんだ……『24日の夜、お会いしましょう。友達のお店の個室、予約しました。飛び切りのお洒落してきます。楽しみで眠れそうにありません』ってやつ……うわあ、既読着いちゃってる」


「善は急げ! 向井君の気が変わらないうちに、と思ってね」


 そう言ってドヤ顔をする私を健次は、微妙な笑みで見た。


「あ~、そう。あ……ま、がんばれ」


「は? 頑張るのは私じゃなくて向井君でしょ。イブは男子が頑張るイベントなんだから」


「あのさ……念のため言うけど……社交辞令……ま、いいや。もう手遅れか」


 は?

 なに、その疲れきった笑みは?


 ……ま、いいや。

 くふふ……向井君とのイブデート。

 ここで絶対決めるんだ。

 京香のお店でもあるし、完全に私のホーム!

 これは勝ち確でしょ……

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漆原小梅の華麗な推測(連載版) 京野 薫 @kkyono

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