漆原小梅の華麗な推測(連載版)

京野 薫

第一の華麗な推測

 目の前にある二皿のパスタ。


 そして隣の席には、向井君むかいくん

 ずっと憧れてた。

 一緒に居てホッと出来て、小説の趣味も一緒。

 私の大好きなサイコサスペンスをあそこまで理解してくれるなんて!

 ああ……神様。


 この漆原小梅うるしはらこうめ! オカルトは信じないけど、きっとこれはご先祖様のお導きでしょ。


 って……ちょっと独り言多過ぎだった。


 私は隣の席に座る向井君を見る。

 同じ部署の若手有望株。

 もうすぐ三十路の私に対してまだ二十五才。


 年下好きの私にピッタリじゃ無い? くふふ……

 そしてもう半月もせずにメリークリスマスイブ。

 ここでバチコン! と決めちゃいたい。

 なので失敗は許されないのですよ。


 私が捻り出した嘘八百。

 どうしても見たいサスペンス映画があるけど、一人じゃ怖くて見られない! って言う片腹痛くなるような戯言にも向井君はニッコリと微笑んで、付き合ってくれた。

 ああ……控えめに言って、結婚したいし同じお墓に入りたい。


「あの……漆原さん?」


「へえ!? ど、どうしたの! 私、何か粗相した?」


「いえ……ずっと黙って、難しい顔してるから何かあったのかな、って」


「う、ううん……大丈夫。何でも無い。天地神明に誓って」


 首を振って必死にそう言うと、向井君はクスッと笑った。


「漆原先輩って面白いですね。なんか和むな」


 はうあ!?

 そ、それって……


 落ち着いて考えて、小梅。

 ここはきっとこの恋のターニングポイント!


(面白い)(なんか和む)

 この二つの言葉の示す意味は!


 えっと……「面白い」って事はさ。

 つまり(心が幸せになる)

 つまり(同じ時間が幸せ)

 つまり(一緒に居たい)

 つまり……(結婚したい!)


 はうあ!? 嘘でしょ!


 し……しかもよ、小梅。


 もう一言!


 彼は「なんか和む」と言った。

 つまり……

(なんか和む)

 つまり(同じ場所に居ても楽しい)

 つまり(同じ時間を過ごしたい)

 つまり(一緒に居たい)

 つまり……(結婚したい!)


 ふおお!?

 これ、やっぱりプロポーズじゃん!

 間違いない。

 私のこれまで読みあさってきたミステリーや心理サスペンスの知識がそう告げてる!


 う、嬉しいよ……

 私、今死んでも世界最高に幸せな女として死ねる。


 じゃあ、どう答えようか。


 ここでアッサリ「うん、お願いします」じゃ、安っぽい女と見られる。

 私は三十路。

 彼は二十五。

 ここは大人の女の妖艶な魅力で向井君をメロメロのギトギトにして、身も心も私無しでは生きられないくらいにしないと……


 そのためには……何言おうか……


「あの……漆原さん? えっと……大丈夫ですか」


 来た! プロポーズの返事の催促!


 ……ふっ、まったく若い男の子は肉食動物なんだから。

 いくら年上の妖艶な女子が隣にいるからって、そんながっつかなくても。


 大丈夫よ。

 あと二週間後に迫ったクリスマスイブの夜に……あげる。

 なんつって! きゃああ!


「ほんと、すいません。やっぱ、体調悪いですよね……」


 やばい、緊張して何言ってるか聞いてなかった。

 いいや、とにかく彼からのプロポーズへの返事を……


「ふふっ。私、そんなに軽い女じゃないわ。それでも、いいの?」


「……へ?」


 向井君は文字通り目をパチクリさせた。

 あえて言葉にするなら「この女、何言ってるんだ」としか言えないような。


「……はへ?」


「えっと……ごめんなさい、漆原さん。僕、女性と二人でどこか行った経験無くて。ホント、鈍くてご免なさい」


「えっと……」


 へええ……ひょっとして……違う?

 なんで?


 私は盛大にへこんだ。

 大丈夫。

 私、頑張る。


「あの……へへ、向井君ってカルボナーラ好きなんだね! 奇遇だな! 私も一週間のうち六日間食べてるくらい大好き!」


「あ……はは……凄いですね。飽きちゃわないようにしてくださいね」


「もちろん大丈夫。イカスミパスタとローテーションするから!」


「あ、僕もイカスミパスタ好きなんですよ。あれ、何かクセになりますよね。うわ、話してたら食べたくなってきた」


 むむっ!

 その言葉……


(話してたら食べたくなった)

 つまり(小梅さんの好きな食べ物が好き)

 つまり(小梅さんと一緒に食べたい)

 つまり(同じ空間で過ごしたい)

 つまり……(同棲したい!)


 やっぱそうじゃん!

 これだけの手がかり揃って違ってたら、ミステリー作家ぶち切れ案件じゃん。


 よ、よし……よっし!


「あの……漆原さん? パスタ……冷めますよ」


「ねえ、ベッドどうする? ダブルに……しちゃう?」


 きゃああ! 

 言っちゃった……言っちゃったよ!

 ついに魔性の女の毒牙が若い男の急所にグサッ!


 さ、さあ……返事やいかに。


「……え? 漆原さん? ダ、ダブ……え?」


「……へ?」


 ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇


 ああ……終わった。


 もうヤダ。

 このデート終わったら、死んでやる。

 お金かからず手軽で苦しまず美しく死ねる方法探すもん……


 私はイタリアンを出ると、トボトボと歩いた。

 後ろを歩く向井君の顔など見れない。

 とほ……もう絶対ヘンテコリンな女だと思われた。


 ミステリー小説を100冊以上読んできた私の直感がズッキュン告げてる。

 もう二度と彼の顔見れない。


 ううん、それどころか彼がポロッと漏らした言葉を聞いた友人がSNSにそれ書いて、私の事が広がって一気に炎上するんだ。

 そして「ミステリー好き美少女のサイコな言動」つって、デジタルタトゥーになってずっと残り続けるんだ……

 そうに決まってる。


 その前に絶対楽に美しく死んで……


「あの……漆原さん」


「……ごめんね、向井君。今日は……怖かったよね? ……わた……し」


「え?」


「もう……迷惑かけないから。……へへ。今日は一生の宝物になった。この想い出抱いて、来世にはもっと……」


「今日、楽しかったです。漆原さんって、クールで仕事できるバリキャリ、って言われてたけど、お話しすると凄く……楽しいな、って」


「……へ?」


 向井君は心とろかすような微笑みで続けた。


「ホントですよ。だから、僕……もうお別れの時間か、って残念なくら……」


 ふおお!

 今……なんっつった!


(お別れの時間か、って残念)

 これ! 決定打!


(お別れの時間か、って残念)

 つまり(もっと居たかった)

 つまり(もっと過ごしたかった)

 つまり(この後も過ごしたい)

 つまり(夜も過ごしたい)

 つまり(朝まで……)


 きゃああ! ダメでしょ! ダメだってば!

 私、勝負下着じゃ無いもん!

 それに向井君とは、海辺の月明かりで満たされたシックな黒と白を基調にしたお部屋でシッポリ……って決めてるんだから!


 ああ……でも……冷静に考えて、小梅。

 ここで彼を年上女性の妖艶な魅力とテクで……って、キスもしたこと無いけど。


 でも、これは最大のチャンス。

 ここを逃したら、訳分かんないおかしな女に向井君捕まっちゃう。

 その前に私が毛布のように包んで守ってドップリベッタリ……へへ。


 よっしゃ! 決定!

 よ……よっし! よっし!


「あの……漆原さん。何か……ありました?」


「向井君。優しくしてくれるなら……いいよ」


「……へ?」


「……はへ?」


 向井君の表情はまさに(何言ってるんだ、この女)だった……とほ。

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