行楽ものに殴られて

萬多渓雷

それが生き甲斐なんだ

 十一月のとある夜。


 日付が変わるその時を古賀総一(ハンドルネーム:オールワン)はパソコンの前で待っていた。


「いよいよですね隊長」


「うむ。そうろう、そうろう」


 通話相手はネットで知り合った友人で、ハンドルネームは"マスターそるじゃー"。


 通称、隊長だ。


 九州の高校に通う総一と隊長は同じアニメが好きだったことでSNSで知り合い仲が良かった。


 社会人の隊長の財力に羨ましく思いながら総一はその日、アニメ『彼女の涙は金平糖』通称カノコンの新作グッツの発表を待っていた。


「隊長はまだロンドンにいるのですか?」


「うむ。こちらはまだ明るいぞ。仕事を抜け出している」


「お忙しいのに—」


「馬鹿者!オールワン少佐、覚えておけ。


社会人が働き金を稼ぐのは、仕事をしたいからではない。


自分の人生を彩るためだ。


本来の目的を失ってはいけない。


仕事が忙しいのを理由に、この時間を断念するなんてことは本末転倒なのだよ。」


「さすが隊長!


…まことや、そちらの生活はもう慣れましたか?」


「ああ、幾分な。


しかし飯はやっぱり日本料理屋に行ってしまうな。


あと、やはり車の運転はまだ慣れないのだ。


左折する時は少し緊張してしまうよ。」




 イギリスは日本と同様に左側通行である。




その違和感に気づかないほど総一は隊長のことをしたっていた。


 その日発表されるグッズはクリスマスのデザインのものと予想しており、漏れなく『限定』という言葉に弱い二人は、どんなものが発表されるかと今か今かと待っていた。






 総一はこの日のみならず、ここ数ヶ月非常に繊細な生活を送っている。


 好きなアニメはカノコンだけではなく数多あるが、現在問題を抱えているのはカノコンともう一つあり、それは『ロックンロール・ルージュ』通称RrRの映画である。


 OVA作品(オリジナル・ビデオ・アニメーション。スピンオフのようなもの)が来年の1月末に放映が決まっている。


 総一はRrRのユキノというキャラクターの声優、小鳥遊早苗のファンであり、その映画を二十回は見ようと発表をされた四月からお金を貯めはじめていた。


 夏限定やハロウィンコスチューム、急遽発表されたポップアップ——と、いくつもの誘惑をほどほどに、そこそこに耐えてここまでやってきた。


 また、一ヶ月後には冬休みに入り、週二で入っているコンビニのアルバイトのシフトを増やすつもりであるのに加え、総一の気概は先月の修学旅行にまで影響を与えていた。




 旅行先は東京で、総一は両親へのお土産に高額な菓子をいくつか買ってくると話し、母から多めにお小遣いをもらった。


 しかし、総一の考えは実に不純で、その資金をそのまま"アニメ資金"に入れるつもりでいた。




「ごめんなさい。買うたっちゃけど、新幹線に全部忘れてきてしもうて」




 総一は涙を流しながら母にそう報告した。


 母は頭を撫でてくれたが、総一はその優しさに安心したのではなく、東京限定のアニメグッズのボールペンが買って早々に折れてしまったことを思い出して泣いていた。






 時刻は零時零分。隊長と総一はカノコンの公式ホームページの更新ボタンをクリックした。


 長めのロードの後、表示された新規グッズページにアクセスした。




「「ぐっ!!!!ぐぅああああああああ!!!」」




 なぜこうも毎回期待超えてくるのかと不思議に思うほど、新しいグッズを見るたび二人はこうして雄叫びを上げるのだ。


 赤や緑を基調としたコスチュームを纏ったキャラクターたちが総一の目をうるうると見てくる。


 カノコンのキャラクターはもちろんどれも魅力的なものだが、総一の一番の推しはブロンドの髪に褐色の肌をしているヒロインの友人、南杏珠だった。


 杏珠のコスチュームはサンタクロースのコスチュームではなく、褐色肌によくあったトナカイのモチーフで、丈が短いタイトなワンピースに角のカチューシャを付けている。


 杏珠は少し照るような可愛い顔をしていた。


 キャラクター総出のタペストリーや各キャラクターのアクリルスタンド。


 ランダムブロマイドからラバーチャーム——。


 覚悟はしていたが、どれも生きていく上での装備として申し分ないクオリティだった。




「オールワン少佐!!!一番下!見るのである!」




 どれを購入しようかと悩み、なかなかページを見進められていなかった総一に隊長は息を荒くしながら言った。


 総一は商品の吟味を一度止め隊長の指示に従った。




「こ、これは




…二万四千…だと」




 隊長と共に見たその最後の商品はクリスマスコスチュームを着ているヒロイン、有栖川姫花と南杏珠の高額フィギュアだった。


 その金額は予定していた一万円の予算を優に超えてきた。


「素晴らしい。買おう。俺は買うぞ」


「しかし隊長!


俺、これ行ったら、他が買えないどころか映画が…」


 総一は頭を抱えた。


 作品そのものにも感銘を受けていたため、キャラクター総出のグッズも買おうと思っていた。


 しかしそんな中、こうも乱暴に、こうも神々しく天使が現れてしまった総一は叫びを押し殺しながら狼狽えた。


「オールワン。聞いてくれ。」


「隊長…俺、どうすれば…」


 隊長は今、真っ先に推しである有栖川姫花のフィギュアを購入したと話した。


 クレジット決済のため、すぐに購入が確定したその大人の力に総一は嫉妬し、なんて残酷なことをするんだと隊長を恨んだ。


「俺は、他のグッズを買わない!」


「え!なんで?隊長のようなお方が!


いつもは全部買う勢いなのに」




「それがひめかたんへの愛。


これをオンリーワンにしてやらねばと思ったのだ」




 総一はハッとした。


 なんでもかんでも買えることが素晴らしいのではない。


 買える余裕があることは大人であるが、納得した選択をできるかが本質的に大事なのだと気付かされた。


 なんでも買える財力にではなく、自分が選んだ行動に自信を強く持っている隊長をかっこいいと思ったんだと総一は再確認した。


「オールワン。君の杏珠への想いは強い。


わかっているさ。そしてカノコンへの愛も。


…悩むのもわかる。どうするかは君が決めろ。


だがな、一つ覚えておいてほしい。


迷う理由が値段ならば買え。


買う理由が値段ならば買うな。」


「た、隊長…!」


「冬のバイトを増やすんだろ。


大丈夫。


その後のことは買ってから考えろ!」


 隊長は総一の背中を押すと、仕事に戻ると言い残し通話を切った。


 総一は隊長からのありがたいアドバイス受け、強い覚悟を持ち杏珠の高額フィギュアだけをカートに入れ決済ページに進んだ。






「もってくれよジャンバルジャン!


俺のハイケイデンスに!!!」


 総一は気が変わらないうちに決済してしまおうと"アニメ資金"の入った封筒を握ってコンビニへ向かっていた。


 『ジャンバルジャン』というのは自分の愛車である自転車のことで、名前の由来は、高校の音楽の授業でいつの日か見させられたミュージカルに出てきた屈強で体の強い主人公の名前から拝借した。


 小学校高学年から乗っているそのママチャリは一日に何度もチェーンが外れてしまい、カゴには常に直すときに使う軍手が入っている。


 コンビニまで残り数百メートルとなった下り坂で自転車のチェーンが外れた。


 総一はそれに構わずペダルの回転を緩めなかった。


 下っているのか漕いでいるのかわからなくなるほど彼は杏珠のことで頭がいっぱいだった。


 コンビニに到着し、息を整える時間も間も要さず、顔を赤くした総一は自動ドアにぶつかりながら入店した。




 喉がカラカラで冷蔵棚にある飲み物を手に取ろうと思ったが、"好き"の全てにお金を使うんだと我慢しレジに向かった。


 子供の頃から好きな『ウルトラライダーマン』のくじ券を取り、




「これ十回と、あと支払いをお願いします。」




と店員に伝え、税込三万五千二百円を支払った。






 チェーンを直したときに付けた軍手をまだ外していないと気付いたのは、帰宅し自室の扉を閉めたときだった。


 総一はやり切った。


 隊長のおかげで決断した今回の購入劇に大きな充実感を感じていた。


 滴る汗もわざと拭わないほど総一は自分の決断に気持ちよくなっていた。


 体の熱も徐々に下がっていき、隊長に『支払い終えてきました。僕も杏珠のフィギュアだけ。これからのことは、これから考えます。』とメッセージを送り、全身の力が抜けたようにベットに腰掛けた。




 この部屋に、あの杏珠が加わる——。


 フィギュアをどこに置こうかと自分の部屋のレイアウトを見渡した。




 すると壁にかかっているRrRのユキノのタペストリーが目に入る。




「…あぁ…そんな…そんなことって…」




 総一は杏珠への気持ちで自分が盲目になっていたことに気づき、誰かに持ち上げられたように体が勝手に立ち上がった。


 そのタペストリーは今年の一月、お正月シーズン限定の巫女コスチュームを着ているものだった。


 つまり、来年一月も各アニメ、このキュートで特別感満載のグッズが販売されると気づいてしまった。


 家を出る前に比べ薄くなっている封筒は手からこぼれ落ち、総一は勢いよく四這になり絶望した。




 大きな音が鳴ったことに驚き心配に思った総一の母が部屋をゆっくり開けた。


「そうちゃん?どうしたと?大丈夫ね?」




「……お母ちゃん。来年はお年玉ばいただけんやろうか……」




 総一は、職業不明の隊長の背中が遥か遠くにあるのだと思い知ったのだった。

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行楽ものに殴られて 萬多渓雷 @banta_keirai

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