クリスマスの奇跡〜ぼっち同盟から始まった恋〜

ゆずか

クリスマスの奇跡〜ぼっち同盟から始まった恋

 世の中がクリスマスシーズンで浮かれている中、私はひとり絶望していた。

「ごめん桜井さん。24日と25日のラストに入れる人がいないんだよね……。良かったら入ってくれないかな?」

 店長から深々と頭を下げられ、とても断りにくい雰囲気を放っている。

「分かり……ました」

 渋々、ラストまで働くことになってしまった……。


 あーあ……今年こそはクリスマスまでに彼氏つくって、楽しく過ごす予定だったのに……。あくまで予定ね。そう意気込んでたのにさ、結局12月になっても彼氏どころか、好きな人さえできなかった……。


 私の青春時代、バイトで終わってしまうのか。


 うう……来年こそと、毎回意気込んでいるけれど、大学入ってもうすぐ2年……。もうね、だんだんと諦めの境地にきていた。


「それで不貞腐れてんのか?」

 白い布巾でスプーンやフォークを拭いてるとき、同期の上条あおいが話しかけてきた。

「だって、今年こそは彼氏とクリスマス過ごすハズだったんだよ!?」

「ひより……もしかして彼氏できたのか?」

 蒼が目を丸くしている。私は首を左右に振った。

「いないよ。いないけどさ、そういう夢くらい見たっていいでしょう?」

 蒼はなんだかホッとした表情をしている。

「まあな。ちなみに、俺も今年こそは彼女とクリスマス過ごせたらいいなって思って、休み希望出してたんだ」

「抜けがけは許さないわよ」

「俺も結局、できなかったよ。だから、どっちも暇になったし……」

「ならさ! その日一緒にシフト入らない!? ぼっち同士仲良く働こ!」

「えーー、ひよりとクリスマス過ごすんかよ。味気ね」

(味気ないって何ーー!?)

「なによ失礼ねーー! 嫌ならいいわよ」

「うそうそ。楽しみにしてるよ。じゃあ店長に言っとくわ」

 蒼は嬉しそうな表情で店長のところへ行った。とりあえず、ぼっち仲間が見つかってひと安心。クリスマスまでの間に、蒼に彼女ができないように祈っとこ。


 翌日の夕方、講義終わりに蒼から写真付きメッセージがきていた。

『店長とクリスマスの飾り付け。BGMもクリスマスソングに変わってるよ』

 写真にはピースした蒼の自撮りと、背景にクリスマスツリーが映り込んでいる。

『ツリーよく見えないし、蒼の自撮り需要ない』

 そう送ると、すぐに返信がきた。

『そんなこと言うなよーー!(泣)』

 泣き顔の絵文字を見て思わずクスッと笑ってしまった。蒼って本当かまってちゃんなんだよね。嬉しいこととか、悲しいことあると、何でも共有してくるし。そういうところが、子どもっぽく感じる。もう二十歳なんだから、もう少し落ち着いてほしい。


 ある日、バイトに行くと控え室で、テンション高い同僚に話しかけられた。

「ねえねえ聞いて! 私、彼氏できた!」

「そうなんだ。良かったじゃん。どこで知り合ったの?」

「大学のサークル。夏に一緒に花火大会に行ったときから気になってたって!」

「いいなぁ。じゃあクリスマスはもちろん?」

「うん……。奮発して夜景の見えるレストランで過ごすことになったんだ」

「いいなぁ。憧れるんだけど。私は虚しくバイトだよ……」

 自分で言ってて悲しくなってくる。ため息を吐くと、同僚が悪戯っぽく耳元で囁いてきた。

「でも、上条くんと働けるんでしょ? 充分羨ましいけどね」

「えっ?」

 思わず訊き返してしまった。羨ましい? なんで?

「上条くんさ、明るくてノリいいでしょ? それに店長からも信頼されてるし。上条くんのこと好きな人も結構いるって聞くし。だから、みんなクリスマスに上条くんが働くって知ってしったとき、絶望してたよ」

 蒼が人気あるの知らなかった。私の中では、ただのチャラいヤツだと思ってたから。


「こんちはーー」

 青のニット帽を被り、マフラーを巻いた蒼が出勤してきた。ふと目が合い、当たり前のように話しかけられた。

「ひより! 今日ラストまで?」

「そうだけど」

「俺も! じゃあ一緒に帰ろうな」

「しょうがないなぁ。いいよ」

「よっしゃ! 今日もバイト頑張ろ」

 蒼が更衣室へ向かったのを見て、同僚がニヤニヤしながら言った。

「えっ?」

 何のことか聞こうと思ったら、同僚はニヤけたまま、仕事へ戻っていった。


(噂ってなんなの?)


 その日は、同僚の言葉が頭から離れなかった。そして気付いたら、蒼のことを無意識に目で追っていた。

「ひより。クリスマス限定のフラペチーノと苺のケーキがめちゃくちゃ美味そう」

 蒼がポスターを見ながら、ブラックボードに描いていた。ベリースノーフラペチーノとベリーベリーショートケーキか。

「確かに美味しそう。いつから?」

「来週かららしい。グループチャットに送られてきてるから、ドリンクのレシピ覚えてこいってさ。てか、それよりも……」

 蒼の顔が突然耳元まで近づいたから、一瞬ドキッとした。

「クリスマスの営業終わりに、店長からクリスマスプレゼントがあるってよ」

「えっ!? 本当に?」

「マジマジ。楽しみだよな」

 蒼は再びブラックボードのデザインに戻った。しかし、蒼のイラスト本当可愛いんだよね。メニュー変わるたびに、店長がお願いするの分かる気がする。


「できた!」

「どれどれ」

 店長がブラックボードを見にやってきた。店長は腕を組んで「いいじゃん」って頷いている。

「あざーーす。じゃあ置きに行ってきます」

 嬉しそうな表情でブラックボードを入口扉近くに置きに行った蒼。入店してきた女性のお客さんたちが、ブラックボードをスマホで撮影してから、席へ向かった。


(蒼のボード大人気だなぁ)


 でも、蒼の人気はそれだけじゃなかった。蒼は主にバリスタをすることが多く、ラテアートもめちゃくちゃ上手い。描いてほしい模様をお客さんに訊いてから描くんだって。だから、蒼が働く日は決まってラテアートが多い。私は主にレジが多いんだけど、蒼と組むと本当に、ラテアートしか入ってこない。隣で蒼がプリンターから出てきたチビ伝票を見ながら、オーダーを捌いていく。エスプレッソを抽出しながら、お客さんと話していた。

「ラテアートの模様ご希望ございますか?」

 話しかけられたお客さんは頬を赤らめながら、リクエストした。

「じゃあ……猫で」

「かしこまりました!」

 ミルクピッチャーをカップに近づけて、手際よく模様を描いていく。そして、可愛らしい猫が浮かび上がってきた。

「お待たせ致しました」

 カウンターにカップを置くと、お客さんは「可愛い」と呟き、大事そうに持って席へ向かった。蒼からカップを受け取ったお客さんは、自然とみんな笑顔になる。蒼の淹れるコーヒーに虜になったお客さんが何組もいる。


 しばらくして、お客さんが飲み終わったカップを返却口に戻しに来た。

「ごちそうさまでした」

「恐れ入ります」

 お客さんからカップを受け取って、軽くすすいでから洗浄機に入れていく。洗い物をしているとき、蒼に肩をポンっと叩かれた。

「ひより。俺、休憩行くから、バリスタよろ」

「分かった」


 蒼はホイップ多めのキャラメルマキアートを作って、控え室へ行った。その間、私がバリスタをしていた。そのとき、カウンターの向こうから、

「あのぅ……」

 私と同い年くらいの女の人に声をかけられた。

「はい、どうされましたか?」

 女の人は、頬を赤らめながら私に訊ねた。

「さっきまでここにいた店員さんは……」

(……蒼のことかな?)

「休憩に入ってて、1時間は戻ってこないです」

「そうですか……」

「上条に何かご用ですか?」

 四つ折りの紙を私に差し出してきた。

「上条さんが休憩から戻りましたら渡してください。それでは」

 そう言ってその人は帰っていった。私は紙をじっと見つめた。

(……気になる)

 蒼が戻ってきたら渡そう。そう決めて、エプロンのポケットにそっとしまった。


「休憩ありがとうございました」

 蒼が戻ってきた。私はさっき受け取った紙の存在を思い出して、エプロンに手を突っ込んだ。

「蒼。さっきお客さんから渡してほしいって頼まれた」

 四つ折りの紙を渡した。すると中身を見ずに、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てていた。

「えっ!? 見ないの?」

 そう訊ねると、蒼は一瞬だけ真顔になってから、何事もなかったように表情を戻した。

「見なくても分かる。それより、ひより休憩だろ? ドリンク作ってやるよ」

「う、うん……」

 何事もなかったように仕事に戻った蒼。私にもホイップ多めのキャラメルマキアートを作ってくれた。


 控え室では女の子たちが蒼の話をしていた。

「上条くん目当てのお客さん、今日も多いね。さっき席を片付けていたらさ、上条くんいますかって訊かれたし」

「ねーー、本当人気だよね。お客さんから連絡先をもらうのも日常茶飯事だしさ」

「何で彼女いないんだろ。不思議だね。好きな人は?」

「風の噂だけどね……このお店にいるらしいよ。おそらく……」


 ガタン!


 うっかり物音を立ててしまって、女の子たちは一斉に私を見た後、気まずそうな表情で席を立った。

「お疲れ様でーーす……」

(えっ……何?)

 若干戸惑いながらも、テーブルにドリンクを置いて、カバンからパンを取り出した。

(蒼って好きな人いるんだ。意外……)

 静まり返った控え室で、甘すぎるキャラメルマキアートを飲んだ。


「休憩ありがとうございました」

 洗い場でグラスをすすいでいるとき、蒼がニマニマしながら話しかけてきた。

「俺特製キャラメルマキアート美味かっただろ?」

「ホイップ多すぎて胸焼けするかと思ったわ」

「マジか。じゃあ次は胸焼けさせないようにするよ」

「でも……味は良かった。ありがとう」

 気付いたら頬が熱くなっていた。何で私照れてるんだろ……。


 締め作業が終わって、更衣室で着替えてると「まだーー?」と催促の声。着替え終わって更衣室から出ると、蒼はスマホゲームをしていた。

「お待たせ」

「うし! 行こうか」

 2人でお店を出て駅まで向かう。蒼とは乗る電車も同じ方向だから、バイトが被るといつも送ってくれる。

「腹減ったんだけど、何か食ってかね?」

「いいよ。何食べたいの?」

「ラーメン食いてえ」

「ええ!? この時間のラーメンは太るからやだ!」

「そっかぁーー……」

 そこで蒼がロータリーの脇道にひっそり停まってるキッチンカーを目にした。

「キッチンカーだ! ちょっと見に行こうぜ」

 突然、蒼から手を掴まれて内心ドキッとした。

キッチンカーからは粉物の良い香りが漂ってくる。店員さんが私たちに笑顔を向ける。

「いらっしゃいませ! あと5分くらいで焼き上がるんですが、いかがでしょうか?」

「美味そう。ひより、たこ焼きは?」

「食べたい!」

「じゃあ2つお願いします」

「かしこまりました! 1つ500円です」

 お財布を出そうとしたら、蒼が千円札を取り出していた。

「今日は俺の奢りな」

「ありがとう」

 もうすぐたこ焼きができるタイミングで、店員さんから、キッチンカーの裏側に回るように言われて、2人で横並びに待つ。そして、熱々のソースたこ焼きと割り箸が提供された。

「わぁ〜〜。美味しそう。いただきます」

 はふはふしながら食べてると、蒼の視線を感じた。

「やけどに気をつけろよ?」

「うん……」

 蒼が気にかけてくれて、美味しく食べることができた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです!」

「ありがとうございます。今日初めてこの町に来たんだけど、若いカップルが食べに来てくれて嬉しかったです。良かったら、また来てください」


(カッ……カップル!?)


 内心焦っていると、顔を真っ赤にした蒼が慌てて訂正した。

「ち……違います! 俺たちはそんな関係じゃ……」


(えっ……?)


 戸惑っていると、蒼がスタスタと改札へ向かった。

「ちょっと蒼!」

 急いで追いかけると、ホームの椅子に座って恥ずかしそうに顔を押さえていた。私は隣に座って一緒に電車がくるのを待った。

「もうすぐクリスマス本番だね。お店忙しくなりそう。やだなぁ」

「25日締め終わったらさ、ひよりと行きたい所があるんだけど……」

「行きたい所?」

「場所は当日のお楽しみで」

「……うん。分かった」

 蒼が顔を上げて私に再び笑顔を見せる。

 そのときの私は蒼の顔を直視できなかった。


 そして、やってきたクリスマスイブ。案の定、カップル客で店内が賑わっていた。

「ひよりーー、レジ終わったら洗い場やってくんね。返却口から下げてはいるけど。追いつかない!」

「分かった!」

 レジがひと段落済んだ後、洗い物を洗浄機に入れて、レジ。洗浄機に入れておけば蒼が片付けながらオーダーを捌いてくれる。

「サンキュー。やっぱり、ひよりとの営業はサイコーだわ」

「私も蒼以外とは連携できないかも」

 しかし、イブでこんなに忙しいと明日はどうなっちゃうんだろう……。でも、店長からのプレゼントも気になるし。あと1日頑張ろ。


 クリスマス当日もカップルが多かったけど、洗い場をしながら蒼と話す余裕はあった。

「昨日よりは落ち着いてんね」

「みんなテーマパークとかお高いレストランに行ってんだろ。こんな日にバイトなんて虚しいよな」

 そういえば、私もクリスマスにバイトなんてしたくないから、彼氏つくろうとしてたんだ。それが今では蒼と働くのが楽しくなっている。なんだか不思議な気持ち。夜になると、さっきまで賑わっていた空間が一気に静かになった。閉店1時間前に店長が……。

「お客さんいないし、もう閉めちゃおうか」

「チェーン店なのにいいんですか!?」

 蒼が思わず訊き返すと、店長が笑顔で言った。

「クリスマスは売れないから、どの店舗も早く閉めるみたいだよ。クリスマス入ってくれて、本当ありがとね。控え室にプレゼント用意したから、好きなドリンクと一緒に遠慮なく食べてね」

「あざーーす! ひより、早く締めるぞ」

「うん!」


 締めが終わり、クリスマス限定フラペチーノを持って、2人で控え室へ。テーブルの上には七面鳥と今日までの売れ残ったケーキが置かれていた。

「店長太っ腹過ぎる! 冷めないうちに食おうぜ」

「うん、食べよう! ナイフとフォーク持ってくる」

「俺はかぶりつくから、フォークだけよろ」

 蒼は男子だなぁと、思わず笑った。フォークを手渡して、2人で手を合わせてから食べた。

「まさかバイト先でクリスマスらしいご飯食べられるなんて思わなかったね」

「確かに。シフト入って良かったよ。家だと七面鳥なんて出てこねえから」

「うちも」

「また来年も食いてえなぁ」

 来年って聞いて手が止まった。

「……来年は蒼に可愛い彼女できてるんじゃない?」

「さあな……」

 蒼はその一言だけ言ってすっかり黙ってしまった。てっきり笑って流されると思っていたから、少し戸惑ってる。それから、私たちは気まずい空気の中、食事を終えた。


 お互い帰る準備を済ませ、店長にお礼を言って店を出た。蒼は黙ったまま、私の手を掴んで一歩先を歩く。

(もしかして怒ってる?)

 蒼の背中を見つめながら思った。改札を抜けると、家とは反対の電車に乗った。


(一体どこまで行くんだろう……)


 蒼はいまだ黙ったままだ。行き先も告げられないまま、3駅ほどで大きな駅に着いた。

「人が多いから気をつけろよ」

「うん……」

 改札を出て少し歩くと、大きな公園が見えてきた。中に入ると、色とりどりのイルミネーションが、冬の空気に滲んでいる。それを見て思わず声が漏れた。

「きれい……」

 蒼もイルミネーションを眺めながら言った。

「だろ? ここのイルミネーションがめちゃくちゃ有名なんだ」

 蒼は私の両手をとって、真剣な表情で私の顔を見つめる。見たことない表情に心臓が……。

「ひより。言ってたよな。クリスマスは彼氏と過ごしたいって……」

「うん……」

「その夢……俺が叶えてもいいかな? 初めて会ったときから、ひよりのことが好きなんだ。良かったら付き合ってほしい」

 蒼の告白を聞いて涙が溢れた。

「おいおい、どうしたんだよ」

「だって……そんな長い間想われてるって、知らなかったから」

「マジかよ。結構分かりやすかったと思うんだけどな」

 指で涙を拭ってくれた。蒼が優しくて、益々涙が溢れてくる。嗚咽混じりに精一杯言葉を紡いだ。

「私も……蒼のこと好き」

 その瞬間、蒼が優しく抱きしめてくれた。

「ひより。来年のクリスマスも一緒に過ごそうな」

「うん!」


 きらめくイルミネーションに包まれ、我慢できず蒼に抱きついてキスをした。

 今日は私にとって忘れられない日になった。

 




 

 

 





 



 










 









 

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