第3話 午前2時──スタジオが目を覚ます
午前2時。
外の世界がまだ深い闇に沈んでいる時間、情報番組「STARTING!」のスタジオだけがゆっくりと目を覚ましていた。
照明テストの白い光が天井から降り、まだ眠たげな床に影を作る。
機材チェックの電子音がぽつりぽつりと響き、やがてスタッフが一人、また一人と集まり始めた。
天海うららは控室で目を開けた。
短い睡眠でも、彼女の表情には疲れを感じさせない不思議な気品がある。
「……おはよう、今日もよろしくね」
鏡の中の自分にそう言い、軽く笑う。
■午前2時30分──メイクルーム
メイク担当の久住が笑顔で迎える。
「天海さん、今日は台風特集がメインだから、少しきりっとした感じにしますね」
「お願いします」
メイクの筆が肌を滑り、うららの顔は“朝の顔”へと変わっていく。
この瞬間、彼女は毎回小さく背筋を正す。
“ここから私はスイッチを入れるんだ”という合図のように。
そこへ、半分寝かけた氷室ケンタがふらりと入ってきた。
「天海さーん……僕、寝ながら歩いてませんよね……?」
「ケンタさん、それ完全に寝不足の人の発言です」
久住が笑うと、うららもつられて笑った。
その笑顔が、メイクルームをほんのり明るく照らす。
■午前3時──台本最終チェック
スタジオ横の会議スペース。
黒崎チーフと森下プロデューサー、藤田エイジ、構成作家が台本の最終更新に追われていた。
「進路がさらに北寄りに修正されました。風速も予測より強いです」
氷室が資料を片手に駆け込む。
黒崎は眉をひそめた。
「現場リポートは中止だ。新庄ルリにはスタジオ待機で映像を読むだけに切り替える」
「了解です!」
エイジがすぐに連絡を取り始める。
この瞬発力こそ、生放送チームの生命線だ。
うららはそのやり取りを黙って見つめながら、胸の奥で思った。
“みんな、この番組を守るために必死に走ってるんだな”
■午前4時──スタジオリハーサル
照明が本番さながらに点灯し、スタジオは一気に“朝の表情”となる。
カメラの赤ランプはまだ点かないが、緊張感はすでに本番同然だ。
「それではリハ、台風パートからいきまーす!」
エイジの声が響く。
うららは台本を握り、カメラに向かってリハーサル用の声を出す。
「おはようございます。『STARTING!』の天海うららです。本日は台風接近の影響で──」
その声がスタジオ全体に広がり、スタッフの背筋が自然と伸びた。
布施マキがちらりと彼女を見る。
「……やっぱり、あの子がいると空気が締まるわね」
黒崎チーフも小さくうなずいた。
「天海うららは“朝の象徴”だ。
俺たちはあの声に合わせて、朝を作るんだよ」
■午前4時55分──スタンバイ
スタジオ全体が、まるで息を止めたように静まり返る。
モニターには、あと5分を示すカウント。
うららは深呼吸した。
エイジがそっと近づき、小声で言う。
「天海さん……今日も、誰より頼りにしてますから」
「ありがとう。……行ってくるね」
ヘッドホンを軽く触り、マイクを整える。
照明が少し強くなる。
黒崎チーフの声がイヤモニから聴こえた。
「うらら、頼むぞ。今日の朝は、君の声で始まる」
“分かっています”
うららは静かにうなずいた。
■午前5時──本番5秒前
カウントが始まる。
5──4──3──2──
すべての音が消えた。
1── ON AIR
カメラの赤ランプが灯る。
うららは完璧な笑顔で画面の向こうを見つめ、大きく口を開いた。
「おはようございます。『STARTING!』、天海うららです──」
その声は、嵐の朝に立ち向かう人々へ向けた、やさしく強い“朝の合図”だった。
MORNING WOMAN 旭 @nobuasahi7
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