第2話 夜のスタジオ、静かに燃える

午後八時。

 情報番組「STARTING!」のフロアは、昼間とは打って変わって静けさが支配していた。

 しかしそれは休んでいるわけではない。むしろここからが“朝の番組の本当の仕事”の始まりだ。


 天海うららは、スタッフルームの自販機でホットミルクティーを買い、ゆっくりと缶を手に温めながら歩いていた。

 「夜のスタジオって…なんか、落ち着くんだよね」


 廊下の向こうでは、サブディレクターの藤田エイジがノートパソコンを抱えたままダッシュしてくる。

 「天海さーん! 台風の進路、最新情報きました!」

 「もう? 早いね。どんな感じ?」

 「えっと……大きく西寄りにズレて、明日の朝には関東に最接近する可能性が高いです」


 うららの表情が引き締まる。

 朝の番組は天気との戦い。特に大型台風は全ての構成を塗り替えてしまう。


 「気象の氷室さんは?」

 「今、別室で原稿の書き直ししてます。真剣すぎて、声かけづらいっす」


 二人は気象ブースをそっと覗いた。

 氷室ケンタは、淡々と気象衛星の映像や各地の風速データを確認しながら、真剣な眼差しでモニターに向かっている。

 「……低気圧の巻き込みが強い。交通情報もセットで伝えないと」


 その横顔は、朝とは違うプロの顔だった。


 「みんな頑張ってるね……」

 呟くうららの声に、エイジが笑った。

 「うららさんも、ね」


 21時。

 会議室では黒崎チーフと森下プロデューサー、構成作家たちが集まり、翌朝の台本会議が始まっていた。


 「台風特集を最優先。エンタメと生活情報は後ろに回す」

 黒崎が冷静に指示する。

 「現場リポートは誰を?」

 森下が尋ねると、黒崎は少し黙ってから言った。

 「……新庄ルリでいこう」

 「新人を台風現場に出すんですか?」と作家が驚く。

 黒崎は静かに首を振った。

 「これは経験になる。だが、危険があると判断したら即撤退させる。安全第一だ」


 その言葉に、全員うなずいた。


 22時半。

 スタジオに戻ってきたうららは、台本の白紙部分を見つめていた。

 「明日の朝、本当にどうなるか分からないね……」

 すると布施マキが背後から現れ、缶コーヒーを差し出した。

 「不安なのは当然よ。でも、うららは強い。

  あなたが笑えば、視聴者は“今日も大丈夫だ”って思えるんだから」


 その言葉が、うららの胸の奥に静かに灯る。


 23時。

 スタジオ照明の明かりが落とされ、フロアはほぼ真っ暗。

 各部署が最後の作業を終え、スタッフが一人、また一人と帰っていく。


 帰り際、エイジがうららに声をかけた。

 「天海さん、明日は長丁場になりますから……早く休んでくださいね」

 「エイジこそ。無理しないようにね?」

 「ははっ、僕は大丈夫です! 明日も天海さんを守るために頑張りますから!」

 「守るって……大げさだよ」

 うららは笑うが、その言葉が少しだけ嬉しい。


 深夜0時。

 控室で一人、台本とニュース原稿を確認しながら、うららは静かに目を閉じた。

 “明日の朝、何が起こるんだろう”


 胸騒ぎのようなものを感じながらも、それを振り払うように彼女は深呼吸した。


 「……大丈夫。私たちなら、できる」


 そしてうららは、ゆっくり椅子にもたれた。

 明日の“戦い”は、もうすぐ始まる。

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