第2話 草むしり担当と伯爵令息 下
翌日、ローゼンベルグ家から呼び出されてサンドラは昨日の話を聞かれた。ローゼンベルグ家としては、サンドラがやったとは思っていないとのことだったが、ユリアンとマーガレットの縁談話がまとまるまでは庭園への出入りを禁じられた。
縁談がまとまった場合は、その後も立ち入り禁止が続くかもしれないとのことだった。
「おまえもそろそろ嫁にいきなさい。ちょうどいい感じに縁談が来ているんだ」
がっかりしながら家に戻ると、父親から見合い話を持ち出された。
「縁談ですって? 私に?」
「おまえの奇行は有名で、おまえに興味を持つ人間がなかなか現れなかったが、今回の縁談は掘り出し物だぞ。縁談が成立すれば新しい取引先も増えるかもしれないしな」
「え……待ってよ、お父さん。それ、商談とセットの縁談なんじゃ……」
実はサンドラには今まで縁談が持ち込まれたことが一度もない。
どうやら、庭師の真似事をしていることが原因らしい。両親は頭を痛めていたが、まだ若いから大丈夫だと祖父がとりなしてくれていた。いざとなったら祖父がツテをたどってくれるとも。
確かに商売をしている父のツテよりも、庭師の祖父のツテのほうが自分にしっくりくる縁談を持ってきそうだと思う。
とはいえ、両親の気持ちをないがしろにすることもできないわけで。
いつかは結婚しなくてはならない。
庭師の真似事の辞め時については考えていた。
庭師になりたかったけれど、現実的に無理そうだというのはもうわかっていた。
庭師になりたいと言い続けていたのは、庭いじりが好きだというのもあるが、祖父の関係者ならローゼンベルク家の庭園に出入りできるからだ。
庭師になりたいというのはとっくに口実でしかなかった。
しかし庭師の真似事をやめると、ローゼンベルグ家の庭には入れなくなる。
ユリアンとは気軽に話せなくなるのだ。
それがどうしてもいやで、目を背けていたのだ。
「ローゼンベルグ伯爵は、おまえとユリアン様が幼なじみであることを承知しておられる。だからこそ、お前がいつまでも屋敷に出入りしていることで、ユリアン様の結婚に悪影響が出ることを心配されているそうだ」
父もローゼンベルグ家から釘を刺されていたらしい。
「ちょうどいい機会だ。おまえは庭師にはなれないんだから、そろそろ普通の娘に戻りなさい」
そんなふうに言われては、何も言えない。
――私がユリアンの結婚を邪魔している可能性があるとは思わなかったわ。
いよいよ潮時かもしれない。
どのみち庭師にはなれないのだし、ユリアンのことも、自分にはどうすることもできない。どんなに好きでも、彼は貴族で、自分は平民。
ユリアンは、触れることができる幻だ。
本当はとても遠い。
***
見合いの日がやってきた。サンドラは気の進まない足取りで、父親とともに町の中心部にあるレストランに向かった。
相手は隣町の商人の息子だという話だったが、詳しいことは聞かされていなかった。
今日は、いつものサンドラらしくないフォーマルなワンピース姿である。髪の毛もきれいにセットし、最大限のおしゃれをしているものの、サンドラの心は重かった。
どうせなら、この姿をユリアンに見せたかった。どういう反応をするだろう?
ユリアンとは庭師のかっこうでしか会ったことがない。
レストランの中で待っていたが、約束の時間になっても相手が現れない。
「お父さん、日時を間違えたんじゃないの?」
「そんなはずはないが……」
不安になって、隣にいる父とそんな話をしていた時だった。
「申し訳ございません、お待たせしました」
背後から声をかけられて振り返ると、レストランの人間と思わしき男性が立っていた。だが、なんだか雰囲気がおかしい。服装はレストランの制服なのだが、髪型や無精ひげが、このレストランの従業員らしくない。
「見合いの件ですが、先方様の要求で急に部屋を変更することになりまして」
男性は薄笑いを浮かべて切り出す。
「部屋を変更?」
「ええ、こちらへどうぞ。あ、お嬢様だけでお願いします」
どういうことだろう?
父と顔を見合わせたものの、そう言われては従うしかない。
サンドラは席を立つと男性について歩いていった。
広い店内を抜けて、従業員が忙しく働く店の裏側に入る。
「ねえ、本当にこっちであっているの?」
サンドラが不安になって聞くと、
「ええ、こちらの奥でお待ちですよ」
男性がちらりと振り返って答える。
不安を抱えたまま裏口を抜けて、路地裏に出る。
そこには数人の男たちが待ち構えていた。全員が粗末な服装で、明らかに良からぬ企みを抱いているように見えた。
「これはいったいなんなの」
本当は後ずさりしたかったが、サンドラが出てきた裏口のドアの前には、案内してきた男がいるので、無理だった。
「残念ながら、お見合いは中止です。代わりに、我々と楽しい時間を過ごしていただこうと思いまして」
ここまで案内してきた男が言う。
「いやです!」
叫んだものの、男たちに囲まれて身動きが取れない。そのとき、路地の奥から上品な笑い声が聞こえてきた。
「まあ、思った以上にうまくいっているようですね」
現れたのはマーガレットだった。
満足そうに微笑んでいる。
「マーガレット様? どうしてここに」
サンドラが驚いて聞くと、
「どうしてって、決まっているでしょう。あなたのせいで、ユリアン様との見合いが取り消しになったのです」
マーガレットの表情が怒りに歪んだ。
「だから、お返しをしてあげようと思って」
「はあ?」
「この男たちに襲われたという噂が流れれば、あなたはもう誰とも結婚できないでしょう。そうすれば、ユリアン様もあなたのことを諦めざるを得なくなる。私が最後まで見届けて、証言してあげるから」
「卑怯者……!」
「なんとでもおっしゃいなさいな。私に楯突いた罰よ。さあ、始めなさい」
マーガレットに楯突いた覚えはないのだが、相当に不興を買ったのは間違いないようだ。
マーガレットの号令を受けて、男たちがじりじりとサンドラに近付く。
「誰か――――!」
路地の入口方向にはマーガレットがいるから近づけない。サンドラは叫びながら路地の奥に向かって逃げ始めたが、奥は行き止まりだった。
「誰か―――――! お父さぁ――――んっ!」
サンドラは必死で叫んだ。
すぐ近くに父がいるのにサンドラの声は届かない。
男たちがニヤニヤ笑いながらサンドラに近付く。
「こういう時は、僕の名前を呼んでほしいものだよね」
その時、上の方から凛とした声が響いた。
はっとしてサンドラが声のしたほうに目を向けると、レストランの高い塀の上に、見慣れた金髪の青年が立っていた。
しかし、いつものユリアンとは何かが違っていた。普段の優しげな表情はなく、代わりに鋭い眼光が男たちを睨んでいる。
「ユリアン!」
サンドラは安堵の声を上げた。
「ユリアン様? どうしてここに」
マーガレットも声をあげた。
「庭師が孫娘の見合い話について教えてくれてね。おかしいなぁ、サンドラの家に持ち込まれる縁談は全部僕のところに報告が来るはずなのに、今回に限ってはなんにも知らせがなくて」
ユリアンの言葉にサンドラは呆然となった。
なに、それ。初耳である。
「確認したら、サンドラのお父さんの会社は取引に失敗して穴埋めできる新規の取引相手を探していたようだね。そこに付け込んで、お父さんのところに仕事と縁談をセットで持ち込んだ。だからサンドラのお父さんは、僕に縁談の話をしなかったわけだ。僕に縁談を潰されたら困るから」
と、いうことは、もしかしてサンドラには今までにも何度も縁談が来ていたが、ユリアンが潰していたということか?
――どうして?
「で、サンドラの相手はどんなヤツか拝んでやろうと見張っていたら、サンドラだけ連れ出されるじゃないか。連れ出すまでの悪知恵はまわったのに、ずいぶん詰めが甘いね?」
危なげもなく塀の上を歩いてサンドラに近付くと、サンドラと男たちの間に立ちはだかるように、音もなくユリアンが塀から飛び降りる。
「くそっ、邪魔が入ったか」
男たちの一人が毒づいた。
「だが、貴族の坊ちゃん一人に何ができる?」
「言われ慣れてる」
「待ちなさい、おまえたち! その人を傷つけてはだめよ!」
ユリアンが嘯く声と、マーガレットの悲鳴が重なる。
男たちが一斉にユリアンに襲いかかる。
サンドラは思わず目を閉じた。
しかし、予想していた混乱は起こらなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。四人の男たちが全員地面に倒れ、ユリアンが一人立っていたのだ。
「嘘」
サンドラは息を呑んだ。
ユリアンは武器を持っていない。
だが、ユリアンが男たちを倒したのは明白だ。ユリアンの髪と衣服がわずかに乱れているから。
ユリアンが王都の士官学校で非常に優秀な成績を修め、国王陛下から近衛騎士にと望まれているというのは本当だったのか。
「マーガレット嬢、小さい頃から君は想像力が欠如していると思っていたが、大きくなってもそれは変わらないんだな」
ユリアンがマーガレットを振り返り、厳しい口調で話しかける。普段の、気弱で優しいユリアンからは想像ができない冷たい声だった。
「そんな……あなた、そんなに強かったの……?」
「サンドラに手を出した君を、僕は絶対に許さない」
マーガレットが怯えながら後ずさる。
ユリアンは、サンドラに背を向けているのでどんな顔をしているのかはわからないが、マーガレットの様子を見れば相当に怖い顔をしているようだ。
「ベルクハイム伯爵の顔を立てて今回は見逃す。この次にこのようなことをすれば、容赦しない。わかったか」
マーガレットはがくがく震えながら頷くと、慌てて逃げ去った。
「サンドラ、大丈夫? けがはない?」
くるりとサンドラに振り返ったユリアンは、いつものユリアンだった。
「ユ……ユリアン、あなた、本当に強かったのね」
「うーん……まあね……」
「近衛騎士に推薦されたというのも本当なのね」
「まあ、本当だけど、近衛騎士になるつもりはないよ」
「どうして? ものすごい名誉じゃない」
「近衛騎士になったら、王都に住まなければならない。そうすると、君のそばにいられなくなる」
「私の?」
「うん」
ユリアンは真剣な表情になった。
「僕が強くなりたかったのは、君を守りたいからだし。近衛騎士になったら、君を守れないじゃないか」
「えっ……そうなの!?」
「そうだよ。それとも、僕と一緒に王都に来てくれる?」
「えっ……? いや、それは……」
どういう意味の「一緒に来て」なんだろう。
鼓動が早くなる。
見合い用におめかしした自分を見つめるユリアンの視線が、いつもより熱っぽいことに気づいた。
「あの、ユリアン……?」
つまりそういうこと?
「ちょうどいいか。……サンドラ」
ユリアンが突然、彼女の前に片膝をつく。
「僕と結婚してください」
ユリアンがサンドラの手を取って指先に口づける。
つまりそういうことだった!
「……はっ?」
突然のプロポーズにサンドラはパニックになった。
結婚?
ユリアンが私と結婚?
「求婚は外堀を埋めてからと思っていたけど、君を先に手に入れておいたほうがいい気がした」
「何言ってるの。結婚? あなたは伯爵家の跡取り息子で、私は平民の娘よ。結婚なんてできるはずないじゃない」
「そんなの、抜け道はいくらでもあるから」
ユリアンが立ちあがってサンドラを覗き込む。
いつものユリアンとは少し違う。
いつもの気弱さが消えて、すごく、頼もしく見える。
こんな顔も持っていたの?
知らなかった。
いつもの優しいユリアンも好きだったが、今の凛々しい姿にはドキドキしてしまう。顔が熱い。きっと赤くなっているに違いない。
「脈ありかな」
その様子を見て、ユリアンがにっこりと笑った。
「か……勝手に決めないでよ! っていうか、ユリアン、あなた、私のことが好きだったの?」
「うん、そうだよ」
「あっさり認めるわね。もう少しためらったりとか恥ずかしがったりとかしないものなのかしら」
「恥ずかしがったほうがよかった? じゃあ、やり直すから、サンドラももう一回言って? あなた、私のことが好きだったの、って」
「なんでよっ。ていうか、ユリアンの性格が違う~~~~私の知ってるユリアンじゃない~~~~! 私のかわいいユリアンを返して――っ」
嘆くサンドラを「まあまあ」となだめながら、ユリアンが路地の表へと誘う。
「こんな路地裏で求婚されても嬉しくないよね。求婚についてはやり直しさせてほしい」
「やり直すって、本当に本気なの?」
「うん。まあ、そのうちにね。せっかくいいレストランに来たんだから、食事をして帰ろう。サンドラもおめかししているし、ちょうどサンドラのお父さんもいることだしね」
レストランの中で父を待たせていることを思い出し、サンドラは頷いた。
サンドラは知らなかった。
ユリアンの頭の中では、どうやってサンドラを口説き落とすか、綿密な作戦が立てられていることを。
幼なじみの伯爵令息が草むしり担当の私に突然プロポーズしてきたのですが!?【カクヨムコン版】 平瀬ほづみ @hodumi0125
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