もしかして、第4回は……。

和立 初月

第1話

 忘年会の催し(ジェスチャーゲーム)について


 以前通達した通り、社内忘年会において毎年恒例となっている、ジェスチャーゲームを行いたいと思っております。

 第1回の開催より、好評を博したこのジェスチャーゲームですが、今回は記念すべき第十回となります。担当課は以下のように決定いたしましたので、当日までに準備をよろしくお願いします。


 日時       12月4日 19時~

 場所       フリューゲルホテル 大ホール 舞

 第10回テーマ  該当社員に通知済

 担当課      企画課 新入社員 〇〇


 その他不明な点がございましたら人事部にご質問ください。

 



「今日も沈んでいく夕日が眩しいぜ……」

 先輩が、ブラインドの隙間に右手の人差し指を差し込んで、窓の外の景色を眺めている。男女問わず、だれもがイケメンというほどの整った顔立ちに、すらりとした体躯。社内でも1、2を争うほどの人気と聞く。……私は特に興味ないのだけれど。なぜかといえば……。

「先輩……あの、こんな埃まみれの備品倉庫の一番奥の埃が密集するような場所で、そんなこと言ってても、まっっったく画になってないですよ……」

 そう。顔は良いのに、何なら声も良いのに、場所が場所だけにすべてを台無しにしているこのギャップ。それがまた良い、というのは私にはよく分からないのだ。

 さらに、たばこ……ではなく左手にココアシガレットを持っているあたりで、さらにマイナスポイントがぐんと下がる。下がるどころか、すでに地面に落ちている。

「お前も見るか? オレンジ色に染まる街の景色も乙なもんだぜ」

 私は、それには応えず先輩の気が済むまで、その場から動かずに立ち尽くしていた。

 こうは言っているが、私は決して先輩が嫌いなわけではない。新入社員として入社した時から、お世話になっている先輩。仕事ではとても頼もしい。入社したてで右も左もわからない私に、懇切丁寧に仕事を教えてくれた。些細なミスで落ち込んでいるときも「このくらい、気にするな。元気を出せ」と缶コーヒーをどこからともなく差し出してくれた。研修期間を終えた後も、今は先輩の補助としてその仕事ぶりを間近で見せてもらえて、とても勉強になっている。だからこそ、だからこそ、だ。今回の一件も先輩に教えを乞おうと人目のつかないこの部屋に先輩を誘い出した。

「……おっと、夕日に見とれちまってて忘れてた。なんの用だった?」

 ひとしきり眺めて満足したのか、ようやく先輩が帰ってきた。……いや、ここにはいるんだけれど。心ごと帰ってきたと言うべきか。

「これなんですけど……」

 私は先日の書類を一枚、先輩に手渡した。

「あぁ……これか。えーっとなになに……今回のお題は『ぼくにもできそう』か。これはまた……」

 書類を斜め読みするなりふむふむと一人で勝手に納得している様子で何度もうなずく。

「お前が言いたいことは分かった。……しかし、だからこそここに俺を呼びつけたのか?」

「? 一体どういうことです?」

 思わず質問に質問で返してしまったが、先輩は皆まで言うなとばかりに、私についてくるように促した。

「こっちだ。確かこのあたりに……あった」

 等間隔で並べられた棚を三つほど見分して、先輩は書類がファイリングされたファイルを取り出し……なぜかその奥の何もない空間に手を突っ込んだ。

「先輩……そんな所に何もないです……よ?」

 薄暗い倉庫の中、暗闇にしか見えない棚の奥から先輩が取り出したのは小さく折りたたまれた茶封筒だった。

「これは……」

「過去のジェスチャーゲームの映像だ。これを見て参考にしたかったんだろ?」

 先輩はさも当然というように、私に茶封筒の中身を差し出した。




「なんですか……これ……」

「過去の英雄たちの記録だ」

「いや、そんなかっこよく言ったって意味ないですからね」

 そんなやり取りのあと、先輩はスマートフォンにSDカードを挿入した。

 ちなみに現在、目の前の画面に映し出されている映像は、宴会場での過去のジェスチャーゲームの映像だった。

「さて、第3回は研究開発課の新入社員、斉木君が挑戦します。制限時間は1分です。皆様、盛大な拍手をお願いします」

 司会進行と思しき人物が、斉木さんへ「どうぞ」と合図をすると、斉木さんは目の前の長机に置かれた様々な道具を使って、何かを必死に訴えかけていた。

 ヘルメットをかぶって、のこぎりや金槌を持ってみたり、薪やテントのペグを持ってみたり、抱き枕を手に取って、抱きしめたまま目を閉じたり……。

「日曜大工!」

「ソロキャン!」

「めっちゃ強いハグ!」

 各々、思いついた答えを斉木さんに投げるが、そのどれもが外れているのか必死に×と両手で示しながら、次のジェスチャーを必死に考え……最終的に正解者は現れなかった。

「残念ですが、タイムアップです。というわけで、研究開発課はばt」

 映像は不自然にそこで、途切れて次の第5回の映像へと切り替わっていた。

「あれ? 先輩、今も映像が変なところで途切れてませんでした?」

「あぁ、気にするな。そういうこともあるさ」

「……それ、絶対何かあるやつじゃないですか」

 第1回、第2回と順に見てきていまだ成功者は現れていないようだった。

 第1回のお題が蒐集、第2回がアメリカの入学式。

 言わずもがな、これを身振り手振りだけで表現するのはさすがに無茶振りが過ぎるとの配慮から、第2回からは関連した小道具が準備されるようになったらしいのだが、それにしても、難しいだろう。アメリカの入学式の、正解の(模範解答でも可)ジェスチャーなんてあるのか……?

 そんなことを考えていたら、第5回の映像が終わっていた。ちなみに第5回は第一座右の銘だったそうだ。……んー……。




「第9回のお題は『ママにならないで』です。制限時間は一分です。それではどうぞ」

 映像はついに去年の映像に。例によって、机上には様々な小道具がちりばめられている。今回は、やはりママ関係の小道具が用意されていた。このゲームの唯一の良心は、ちゃんとテーマに関連していそうな小道具が毎回用意されること位か。

「さて、今年はお前なわけだが……聞かなかったことにしてやるからテーマを教えてくれ」

「……『ぼくにもできそう』です」

 今年のテーマを聞いて、先輩は真剣に悩み始めた。やはり、この先輩は頼りになる。時々阿呆な言動もするけれど、後輩の面倒はしっかりと見てくれる。私もこの先輩を見習って、後輩が入ってきたときにはしっかりと指導しよう。そう心に決めた。

 そして、先輩は顔を上げるなり、これ以上ないくらいの清々しい笑顔で一言。

「がんばれ☆」

「いや、それだけですか!」

「心配するな、一分モノボケをすると考えれば良い。小道具に関してはちゃんと人事部で用意してくれるから。お前の気持ちはよく分かる。お題の難しさも十分に理解できる。だからこそ、やりがいがあるじゃないか。応援してる。何せ俺の見込んだ後輩だからな」

 励ましているのか、アドバイスなのかよくわからないことを言って、それでもしっかりと背中を押してくれる先輩に私は深々と頭を下げる。

 そうだ、それこそ先人達の映像を見て、学んだことがある。

 それは「ぼくにもできそう」ということだ。

「あ、そういえば先輩。第4回のお題って何だったんですか? ってか誰がやったんです……?」

「……」

「……先輩?」

「記憶にございません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしかして、第4回は……。 和立 初月 @dolce2411

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る