序章 3
鷹四郎は大顎が去った、その森の一角の広場を茫然と見回した。
瘴炎に焼かれ、翼や尾になぶられた武士たちが倒れ伏し、
石の祭壇の端には龍贄――千早が両手を口元に当てて、目を見開いていた。
千早の視線の先の血溜まりに、道嗣がうつ伏せに倒れていた。
大顎の翼は鎧もろとも、脇腹を抉ったようだった。
白灰色の鎧の脇が割れ、そこから血が止めどなく溢れていた。
「父上ェ……」
鷹四郎はよろめきながらも、道嗣に駆け寄った。
道嗣はうつ伏せの体勢から、ゆっくりと、震えながら鷹四郎へと顔を向けた。真っ青な唇と頬だった。
鷹四郎は崩れるように座り込み、道嗣の顔に迫った。すると、道嗣は唇をわななかせた。
「た、鷹、四郎……」
「父上!」
道嗣の目は虚ろで、半ば焦点は合っていなかった。苦しそうに口を動かし、
「
「何です? 父上……しっかり……!」
「真の、勇気を……。鷹四郎……」
その言葉を口にすると、ついに道嗣の唇は凍りつき、首が力なく傾ぎ、頬が地についた。
鷹四郎は両手を空中にわななかせ、思わず父へ抱きつきそうになるのを堪え、
「ち、父上ェェー!」
と裏返る声のままで呼びかけた。
気がつくと、周囲から別の声が聞こえてきた。
「道嗣殿ォ!」「これは、大変ぞ……」
「百龍の! 無事か?」「だめだ……。おお、鷹の旗の
◇
灰色の
その、伏せた亀のような城のずっと西に、葬列があった。
天鷹の都の、西の森の墓地に道嗣を葬るのだ。
立ち並ぶ旗は――
そこには白地に黒の、鷹の頭を横から描いた紋様が、雄々と描かれている。武神たる
そんな鳳勢国を代表する英傑を見送るだけに、葬列は稀に見る荘厳さを伴っていた。
いずれも喪章の黒い帯を腕に巻いていた。
連なるのは、灰色の具足の鳳勢武士たち。将軍や老中などの幕閣。文官や巫女。後方には老若男女問わず、英傑の死を嘆く人々が続く。
緩やかな太鼓と銅鑼の音。
風にはためく鷹頭旗の音。
いずれの頭にも、金属の輝きがあった。
銀や銅の輝きが光の色彩として、葬列を飾った。
男は兜や頭冠や鉢金。女は
響き渡るのは、武士たちが歌う『二番ノ武歌』。
浄く立ちなむ白花も 鳳勢の土に帰るなり
烈賀の旗に集いては 永遠の誉れに鉾捧ぐ
歌声には嗚咽が混じる。
足音と歌声と、楽器のこだまする中、葬列は進む。
鷹四郎は葬列の先頭で、白木の棺を見ていた。
森に囲まれた墓地乗せて最奥で、四角く掘られた穴についぞ、棺が納められたのだ。男たちは棺に通した綱を、ぎしりと緩め、綱を引き抜く。あとは土に埋めるだけだ。
三人の巫女たちがそんな棺を囲み、白花を落としてゆく。巫女たちの、銀の頭冠に、白の小袖に緋袴。
吉方より摘み、浄められた白花が、棺の白木に並んでゆく。――甘く爽やかな香り。
巫女たちは目を細め、手を合わせて
花開きては 浄しなるかな
長神の 銀の鱗に流るるは
鷹四郎はぼんやりと、浄歌を耳に聞く。
(これは、白花ノ浄歌。それに、
そんなことを思いながら、白花と歌に埋もれてゆく父の棺を見ていた。
空に甲高いよく通る声。――見上げると一羽の鷹が、雲の裂け目の青空を横切った。
暗雲が蠢く空に、龍が二匹、三匹と翼をはためかせ、飛び交っている。
天鷹の北の峻厳たる山脈――連牙峰。
その中枢で、岩山を玉座の如く敷いて、大顎は体を丸めていた。じくじくと疼く、左眼の傷を憎みながら。
――体の至るところと異なり、眼は癒えない。
その事実が忌々しかった。
大顎がふと天を仰ぐと、一喝するように「ギャッ」と吠える。すると、天を舞っていた数匹の龍は、叱られた子犬のように、大顎の視界から逃げるように飛び去った。
大顎はついで、あのうまそうな、乙女を思い浮かべる。
霊力が染みて舌になじみ、力がつきそうだ。あまつさえ、左眼も癒えるやも知れぬ。
人間どもの罠だとしても。――いや、だからこそそれを蹂躙し、喰い破ってやるのがいい。
そうしていずれ、鳳勢を平らげて顎下の憂いを取り除いたのち、各国を餌場としてやろう。
――大顎は赤く割れた舌を出すと、ぞろり生え揃った牙を舐め回す。
序章 おわり
白花滅龍譚 浅里絋太 @kou_sh
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