番外編 その後の話 「魚氷上」

 ふあー、とあくびをした。肩の荷がおりてやっとのんびりと過ごすことができる。

 辺りはまだ雪が深く積もっている。人同士の戦いや、人ならざる者の戦いに巻き込まれてこの山が丸焦げになりそうな時期もあったが。今こうしていつもと同じ冬を迎えることができた。

 何も変わらないのはつまらないと思っていたが、何も変わらない事こそ安心するというのもまた事実でほっとしている。まだまだ寒いが、冬は冬で趣がある。


「あ?」


 目の端で何か動いたような気がした。寒い冬で動きまわるのと言ったらウサギがイタチぐらいしか思い付かない。寒い中ご苦労なことだと思っていると。


「先代様!」

「カア!?」


 突然人間の言葉で喋りかけられて驚いて鳴いていた。

 この山の神、だったもの。既に別の者に神の座を明け渡しているので今はカラスのような何か、となっている。


「びっくりした、お前かよ」


 バサバサと地面のほうに降りていくとそこにいたのは真っ白な瓜坊だった。いつの頃からかこの山に住み着いていた人ならざるもの。代替わりを受け入れた人間が一人は嫌だ、どうしても迎え入れたい子がいるからその子を助けて欲しいと言われて、仕方がないから命を芽吹かせた。

 後はゆっくりと隠居生活をと思っていたのだが。


「何か用か」

「どうしても僕の頭に生えているのが何なのか知りたくて」


 瓜坊の頭からは双葉が生えている。種が芽を出したからこの瓜坊は命が戻ったのだ。


「杉」

「スギ!?」


 瓜坊はびくりと体を震わせる。杉はとても巨大になるからだ。成長に時間はかかるが何せこの子はもう寿命がないようなものである。巨大な木に成長しブルブル震えながら木を支える自分の姿を想像したらしく、目を丸くしてわたわたと慌て始めた。

 その様子がなんだか面白く、こいつはからかいがいがあるなと思って内心ニヤリとしていたが。

 凄まじい殺気を感じて慌ててその場から飛び退いていた。今しがた自分がいたところに壊れかけた社が吹っ飛んでくる。社は大きな杉にぶつかるとなんとかその場にとどまった。だいぶ、崩れかけているが。


「嘘を教えないでください。杉の芽は双葉じゃないでしょう」


 そう言いながらものすごいものをブン投げてきた男、現在の山の神であるハクは楽しそうに笑っている。


「あなたの家を持ってきてあげましたよ。木にくくりつけますから今度からそこを寝床にしてください」

「あぶねえな、わざとだろ! もうちょっと年寄りを労われよ!」


 カアカアと鳴きながら文句を言った。何せこのカラスモドキ、実は五百年以上生きている。


「それに寝床はいらねえよ、飼われてる鳥じゃあるめえし。それも雪で潰れるだろうがどう見ても」

「ボロボロですからねえ」

「ボロボロにとどめを刺したのはお前だろうが!」


 二人の会話に瓜坊、暁明はふふっと笑う。なんだかおじいちゃんと孫の攻防戦のように見えたからだ。そんな考えを読み取ったらしくハクも口元を袖で押さえて笑っている。


「何せ神としては新参者なもので、まだまだあなたの知恵をお借りしたく。ぼんやり過ごしているとあっという間にボケて山の肥やしにでもなりそうですから、たまにこうやって話にきますよ」

「一言も二言も余計なんだよお前はよ。俺はのんびりと余生を過ごすんだ、邪魔するんじゃねえや」


 うるさいのはかなわんと言ってどこかにバサバサと飛んで行ってしまった。


「結局僕の頭に生えてるの何だかわからなかった」

「まぁいいじゃないか。時が経てばやがて大きくなってわかるさ。というか、その葉の形は本当に木苺っぽいな」

「あ、そっか。本当は神様しか食べちゃダメなんだった。あの方が食べてたなら木苺だ。やった、これでいつでも好きなときに木苺が食べられる」


 キラキラと目を輝かせる暁明にハクは笑う。自分は山の神となったが、暁明はおそらくこの山の一部になったようなものだ。この子が健康な限りこの山は枯れることなく命の循環が続いていく。

 飛び立った先代を見送っていた暁明が、あれ、と何かに気がついたようだ。


「先代様、もしかして普通のカラスよりちょっと大きい?」


 飛び立った姿、翼がかなり大きく見えた。あの翼の大きさや形は烏と言うより鷹かとびのようにも見える。


「あの御方は烏ではないよ、どちらかと言えば人ならざる者、かな。のんびり過ごしたいと言うのは争いを好まない性格。暁明の他にもいたのだね、穏やかな性格の人ならざる者が」

「そっか。そういえばハク様はこの山に術を仕掛けたときものすごい雷を落としていたけれど。先代様は怒らなかったのかな」

「ああ、雷は私の術だけではない。ほとんどは先代の力だ。私がやったのは結界と稲妻一本だけだよ」

「え?」


 聞けば、まだこの山に来れていた時にいずれ争いの場になるだろうと何度か山の神を訪ねていたという。最初こそ取り合ってもらえなかった。しかしいずれ数多くの山の生き物たちの命を失ってしまうかもしれないという事、現状を鑑みて少しだけ手助けをしてやると約束してくれたのだ。


「私が初めて見た時はあの姿ではなかったから、神の座を譲り渡してだいぶ力が落ちたようだ。実際は鷹より二回りぐらい大きくて雷を操る。目は頭に三つ、翼に一つずつ。鳴き声一つで岩を吹き飛ばしたくらいだ」

「かっこいい! いつか見たいなあ、本来のお姿」


 わあ、とはしゃぐ暁明。ハクはそうだね、と飛び去った後を見つめていた。




 視線を感じてブルリと体を震わせる。


 人間ごときが自分に交渉しに来た時は、たまたまイライラしていて追い返そうと鳴き声で岩を吹き飛ばした。

 するとあの男、その飛んできた岩を刀で一刀両断してそうカッカしないで話し合いましょうとニコニコ笑いながら話しかけてきたのだ。自分の背丈と同じ位の長さがある、どうやって抜刀をするんだと聞いてみたくなるようなものすごい大太刀を携えて。

 笑ってはいるが目が全く笑っておらず、人とは思えない禍々しい気配までしていた。嫌だと言ったら間違いなく斬りかかってきていただろう。


 その様子にちょっとだけビビったのは内緒だ。


 あの男が死んだ時はこれ幸いと神の座を無理矢理押し付けようとしたのだが、結局なんやかんやうまいこと使われているだけのような気がする。人が良さそうな顔をしているくせに、腹の中は真っ黒だ。


「まあいいけどな。暇つぶしになるし」


 ふあー、と再びあくびをして目を閉じる。黒い体は太陽の光を十分に浴びて体が温まる。


春はまだ遠いがそれを楽しみに待つのが、冬の楽しみなのだ。


〈了〉

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