番外編 その後の話 「水沢腹堅」
薪割りをしていたが、ふと手を止めて山を見る。雪化粧となっている山は真っ白だ、木も全て雪で埋まってしまって何も見えない。
あの山にもともと神がいたのは知っていた。いわゆる素晴らしい神なのか、ただの化け物が山の主となったのかは知らないが。
その山の神が世代交代をしたことで山の雰囲気がだいぶ変わったと思う。人で言うとその人を取り巻く空気が変わった、とでも言えばいいのか。なんでもなかった山がずいぶんと厳かな雰囲気になった。
草木や動物など従来そこにいる生き物たちにとっては何も感じないだろう。しかし人ならざる者にとっては少々居心地が悪い山になったはずだ。あの山にはもう人ならざる者は近づこうとしない。
あの子は、元気だろうか。ぼんやりとそんなことを考える。兄と共にいるのだから何も心配ないと思うが、まっすぐで優しいあの子がどうしているかなあと思う事は多々ある。自分を、友達だと言ってくれた優しいあの子。
ずっと山を見つめているといろいろなものが見えてくる。冬眠している熊、枯れた木の中で群がって寒さをしのいでいるてんとう虫。いろいろなものが見える中で、白いものがピュッと走っていくのが見えた。
真っ白な雪の中で動き回る白いものなどあの子しかいない。元気そうだな、とほっとしていると急に山の中の風景が見えなくなった。
瞬きをして山全体を見ると何か白いもので覆われているようにも見える。それは霧よりも薄く、曇っている日の遠くが見えづらい現象のような大したものではないが。おそらく普通の人が見たらそんなものは見えない、己の目だからそう見えるのだ。
「結界を張られたか」
おそらく兄だ、見つめているのがばれていたらしい。すると風に乗って耳元でこんな声が聞こえた。
「覗くな、助平」
ダダダダ、と凄まじい勢いで走ってきているのはおそらく甥だろうなと思う。なんとなく何があったのかも想像がついた。
スッパーン、と凄い音を立てて引き戸を開けて入ってきたのは案の定橈鬼だった。
「性格悪い!!」
開口一番がこれだ。誰が、と言っていないが間違いなく兄のことを言っているのだろう。
「誰が兄様を覗くか、俺はウリっ子が元気かどうか気になっただけだ!」
橈鬼はかなり遠くのものまで見通せる。千里眼とは違うようだが山の中の様子も見ることができると言っていたので、あのうり坊が元気にしているか見ていたのだろう。
そこをハクが結界を張って見えなくしてしまったようだ。さらに余計な一言を言ってきたようである。
「ウリを覗いていたから、そういうことを言われたんだろうが」
「いいだろ別に、迷惑かけてない! どれだけ心が狭いんだ!」
「自分の大切なものをジロジロ見られたらいい気分はしないだろう」
その言葉に橈鬼はムスっとした様子で黙り込む。あの二人の絆がどれほど強いかわかっているからだ。戸の横に立てかけてある木刀を持った。
「みてろよ、雪が溶けて地面が渇いてきたら絶対にあの山に登ってやる」
「そんなのお前、もっと強い結界を張ってお前を追い出すに決まってるだろ」
「だったら俺はその結界を破る術を作る! それに俺は兄様じゃなくてウリっ子に会いに行くんだ!」
そう言うとそのまま外に出て行ってしまった。おそらく素振りなどの鍛錬に行ったのだろう。
橈鬼はあらゆることを器用にこなし、他の子の倍以上の速さで仕事終わらせてしまう。空き時間が多いので最近では真面目に武術に打ち込み始めたようだ。焚猛に手ほどきもしてもらっている。
やれやれと大きなため息をついた。確かにこの兄弟はほとんど接点がなく兄弟らしい事は全くしてこなかった。橈鬼が白を兄として慕っているわけでもない。むしろ一線引いているようにも見える。
しかし白は確かに橈鬼を気にかけている姿が多々あった。可愛がっていたわけではないが、自分と同じ境遇でしかも子供という立場だ。周りに利用されないように画策をしていたように思える。
そういったことを差し引いても、それなりに弟として想っているのだろう。こうやって煽るようなことをしてくるのも弟にかまっているだけだ。
いらないものは捨て、時には仲間を見殺しにし、そのことにあまり心も痛めない。人の感情らしい感情が白にはあまりなかった。ウリと出会って変わったが。
橈鬼よりもずっと頭が良く、あらゆることを器用にこなしていた。神童だと褒め称えられていたくらいだ。だが穏やかで優しいというのも全て演技だった。本当の白は、叔父である焚猛にも計り知れない。
子供の頃から知っている身としては、知恵のまわる悪ガキがそのまま大きくなったと言う印象なのだが。
「ウリが儂らを気にかけているから、会いに来させようとしたってところか。まったく、それならそうと素直に言えばいいものを」
昔から素直ではなかったので、あいつならこういう手段を取るか、と。焚猛は苦笑しながら木刀を持つ。
今のところはまだまだ橈鬼は弱い。しかしあっという間に自分の実力を抜いて強くなってしまうだろう。教えられる事は今のうちにしっかり叩き込んでおきたい。橈鬼が強くなってしまってからではうまく指南できなくなってしまう。
大切なのは剣の技ではなく、その力を何のためにどう使うのか。それをあの子には学び、考えていってほしい。ウリのように。
「まあ、春には行くよ」
山に向かってそうつぶやいた。自分には神力がもうほとんどないので向こうの様子はわからないが、きっと白には届いていると信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます