最終話 ほんとに、さよなら

桜が散って、街の色が少しずつ夏に変わり始めていた。


理香子さんと再会してから、もう三ヶ月。


あのときの衝撃も、胸の痛みも、少しずつ輪郭を失っていく。


相変わらず仕事は忙しくて、


新しく入った後輩のフォローに追われる毎日だ。


でも、ふとした瞬間に、


あの人が話してくれた何気ない言葉を思い出す。


——「焦らなくていいよ、湊くんはちゃんとやってるから。」


その声を思い出すたびに、


今の自分がようやく、あの言葉に追いついた気がする。


再会するまでは、理香子さんののとを時折考えて想ってた。


それが今となっては、いい思い出へと変わってる。


あの人に似た人を見かけても、振り返ることもしなくなった。


昼休み、オフィスの窓際でコーヒーを飲みながら、


携帯のカメラロールを開くと、


数年前の飲み会の写真が出てきた。


笑っている自分がいて、隣には理香子さんがいた。


指でそっと画面をなぞってから、写真を消した。


あの人は、俺の知らない誰かと、


新しい日々を生きている。


それを想像して、やっと「よかった」と思えるようになった。


あの夜、泣きたくなるほど恋しかった人。


今も、きっと特別な人。


でももう、求める愛じゃない。


これからは俺も、あの人の知らない誰かと、新しい日々を生きると思う。


それがいつからかは分からないけど、お互いが求め合う恋愛ができればいいなと思う。


駅前のカフェで、後輩が「湊さん、今度飲みに行きましょうよ」と笑う。


「いいよ」と返す自分の声が、


不思議なくらい軽かった。


歩道を抜ける風が心地いい。


季節の匂いを感じながら、


心の中で、そっと呟く。


駅のホームに立つ。


電車の風が頬を撫でて、ふと空を見上げた。


もう振り返らない。


——ほんとに、さよなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら、お姉さん。 深海 遥 @aono_log

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る